#03 青年と白騎士
「いやぁ、美味かった美味かった。
サラは料理上手いんだなぁ、ごちそうさん!」
「ふっふっふー! お姉ちゃんの代わりにずっと家事は私がやってるからね!」
「え、じゃあリズさんって料理とか出来ないのか」
「で、出来なくはないですよ!? 本気……そう、本気を出せば私にだってこれくらい余裕です!」
いやはや、俺が何も食べてなかったことを加味してもサラの料理はかなり美味かった。出された料理はハンバーグという物だったらしいが、何か懐かしさを感じるところがあったな。
もしかしたら記憶を失う前にも食べたことがあるのかもしれない。いや、あるのだろう。有名な料理らしいし。
「お姉ちゃん、料理全く出来ないじゃん。パンすらまともに焼けないのにさ」
「えぇ……」
「あ、あれは火力が強すぎただけです!
それにパンなんて焼かなくても食べれます!」
どうやら、生活能力に関しては姉であるリズさんの方はダメダメらしい。
まあ研究室の仕事と学校両立してるって言ってたし忙しいのだろう。
「そういや、二人の親御さんとかは?」
「父は今は離れて暮らしています。母は少し前に亡くなりました」
「あー……スマン、悪いこと聞いちゃったか」
「謝らなくていいよ?
お母さんはね、病気で死んじゃったんだ。それからは遠くで働いてるお父さんの仕送りで暮らしてるんだけど、無理させたくないってお姉ちゃんが研究室の仕事始めたの」
「今も仕送りは貰ってるんですけどね、何とか最低限の分で生活できるようにはなりました」
何というか、俺には真似できないことだと思った。
母親を亡くしたばかりで辛いだろうに、それを感じさせないように、あまつさえ父親に負担を掛けないようにと頑張っているのだ。
「確か、研究室の給料って俺にも入るんだっけ?」
「ええ。それはシキさんが自由にしてもらって構いませんよ」
「いや、俺が貰う分のうち8割くらいはリズさんが貰ってくれ」
人一人分の食費が増えただけでもかなり変わる筈だ。
これからここに住ませてもらうっていう話なら、これくらいはするのが道理というものだろう。
「で、ですがシキさんが働いて得る分の給金なんですよ?」
「じゃあ渡すのは俺が此処で暮らす分の食費と家賃ってことにしておいてくれよ」
どうせ何か買う物がある訳でも無いし、何よりせめてこれくらいしないと俺の気が済まない。
「……わかりました。そこまで言うならそういうことにしましょうか」
「っていうか、なんかもう働ける体で話進めてるけどホントに雇ってもらえるのか? リズさんアルバイトならそんな権限無いんじゃ?」
「いえ、実は今日その権限を貰って来たのです。
協力者の選抜を私が自由にしてよい、と。結構此方も切羽詰まってきてるので、出来るだけ協力者は早急に欲しいのです」
それは、魔人が増える頻度が狭まってきているということなのだろうか。
白騎士なる存在がいるならそこまで焦らなくても……あ、そういやコッチも研究室の対象って言ってたっけ。
「まぁこの話は今日はここで終わりにしましょう。
そろそろお風呂に入って寝ないと明日に差し支えますし、ね?」
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「ふー……」
風呂にも全員入り終わり、俺は熱を冷ます為に今マンションの外に出ていた。
目の前には住宅街が広がっている。こういった街並みは何風の街並みというのだろう。こういった知識の記憶すら無いのは不便だなぁ。
「記憶かぁ……」
どうして記憶が無いのだろう。
ここ一週間のうちに何度も自問したその疑問の答えは、今の俺に出せる筈なんか無かった。
それでも、やはり記憶を取り戻したくはある。
記憶とは人が持つ情報の全てだ。
俺という人間が持っていた情報。それだけはどうしても取り戻したい。
「―――お前は、誰でもない」
「へ……?」
唐突に、声がした。
その声のした方向を急いで見渡す。
そこに、居た。
白銀の出で立ちした……話に聞いた、姿の持ち主。
「し、白騎士……ってやつか……!?」
白銀のフルプレート。
くぐもった声は男か女か判断することが出来ない。
だが、ただ立っているだけであるにもかかわらず。
その姿からは、圧倒的と言えるまでの存在感が感じられた。
「―――お前達が私をそう呼ぶ以上、私はそう名乗ろう」
「いや……この際アンタが白騎士かどうかはどうでもいい!
アンタ、俺のことを何か知っているのか!?」
「―――知らない。私はお前のことを知らないし、だからこそ、誰よりもお前を知っている」
「答えになってねぇぞ!」
「―――答えなど初めから無い。今話したことこそがお前の全てだ」
どういうことだ!?
いや、一つハッキリしたことがある。コイツは俺の何かを知っている!
少なくともコイツは、俺が記憶を失うことになった要因に絡んでいる筈だ!
「―――私から忠告だ。魔人には関わるな」
「何……!?」
「―――お前が魔人に関わるようなことがあれば、私はお前をも攻撃しよう」
「おい待て! どういうことだ!」
「―――忠告はしたぞ。魔に最も近き男よ」
「……!? テメェ、やっぱり何か知って……!」
此方が言い終わるよりも早く、白騎士は夜の闇に紛れる様にその姿を消す。
好き放題言うだけ言って消えやがって……!
「シキさん? 先程から騒がしいですよ。他の住居者の方達の迷惑になるのでもう少し静かに……シキさん?」
「ああ、リズさんか……」
マンションの共通入口からサラさんが此方を見ていた。
俺が一人で騒いでると思ってる所を見ると、どうやら白騎士を見てはいなかったらしい。
「リズさん、アンタの仕事に協力する明確な理由が俺にも出来ちゃったよ」
「どうしたんです、急に」
「……さっき、白騎士って奴と遭遇した」
「えっ!?」
「魔人の一件に関わるなって言われてね、関わったら俺を攻撃するってさ」
「その話が本当であれば、むしろシキさんは私達に協力するべきでは無いのでは……?」
「そうはいかなくなっちまったんだよ。アイツは必ず俺の何かを知っている。
それが何かは知らんが、必ず何かを知っているんだ」
むしろ、白騎士がわざわざ俺の所に来て警告をして行ったことこそが答えだ。
俺と魔人を関わらせたくない何かがある。そしてそれが何なのかをアイツは知っている。
「とりあえず……今日シキさんが白騎士と遭遇したことは明日報告することにしましょう。
さ、部屋に戻りますよ。体が冷え切ってしまいます」
「ああ、そうだな」
白騎士、か。
まさか此処にきて妙な繋がりがあるなんてな……。