片思いをこじらせて(ベルの言い分)
「ベルにもあげる」
また「おまけ」か。毎年のことだからもういい加減慣れそうなものなのに、曲がりなりにも婚約者となった今年くらいは、と期待していた分、例年通りの言葉に心の底で落ち込みながら、顔には出さないように、いつものように素っ気ない態度でおまけの誕生日プレゼントを受け取った。
今年はなんだろう?
物心がついたころから、カインからの誕生日プレゼントはエルの好みを基準に選ばれている。
小学院のときにはくまのぬいぐるみ(エルの一番好きな動物)
中等院のときには文具セット(エルがお気に入りの筆箱を壊して落ち込んでた)
養成学校のときは護身用ナイフ(エルは他の生徒より弱っちいことを気にしてた)
去年はスカーフ(エルは騎士服のタイをファンに盗まれた)
全部、エルとおそろい。エルのついでに購入したとはっきり分かるものばかりだった。
……嬉しくなかった訳ではないけど。
私も小学院のとき、くまはともかくぬいぐるみは好きだったし。
中等院のときは、新しいペンが欲しいなと思ってたとこだったし。
侍女養成学校のとき、近所に変質者が出るって噂があってナイフは心強かったし。
侍女にとって、スカーフは必須アイテムだからいくつあっても困らないし。
でも1回くらい、私のためだけに選んだプレゼントをもらいたいなって思ってしまうのは仕方がないじゃない?
いいんだけどね、別に。
そんな、ちょっと、いや大分すねた気持ちでいたから、包みをといて出てきたものに、私は自分の目を疑った。
「……髪飾り?」
「うん。ベルの黒髪にこの銀の髪飾りが映えるかなと思って」
エルの髪の毛は短い。だからバレッタタイプの髪飾りをつけることはできない。
いや、仮に出来たとしても、女性用としか考えられない髪飾りをエルに贈るわけがない。
はじめてカインが「私だけの」プレゼントを贈ってくれた!
嬉しさと恥ずかしさで顔が一気に熱をもつ。
喜びで震える手で、そっと髪飾りをなでた。ひんやりとした感触が手に残る。
「あ、ありがとう」
口から出たのは消え入るような声だった。
嬉しいのに、抱きつきたいほど嬉しいのに。
可愛らしく笑って喜びを表現できない自分の不器用さがうらめしい。
「嬉しい?」
カインの、珍しく不安そうな声に慌てて顔を上げると、私はぎこちなく笑ってみせた。
涙目で、体は震えてて、多分すごくブサイクだったと思うけど、精一杯の笑顔で。
「嬉しい」
「……そっか」
「うん」
「……そっか、よかった」
そういって嬉しそうに笑ったカインの笑顔は、エルを見ているときと同じ笑顔で、また心がぎゅっと痛んだけど、気づかないふりをした。
「貸して。つけてあげる」
私の手から髪飾りを奪うと、カインは私の後ろにまわって髪の毛を持ち上げた。
「……ベルの髪は相変わらず綺麗だな」
「頑張って手入れしてるもの」
「そっか。やっぱり手入れは大事なんだな。エルも昔はベルみたいに綺麗だったのに、最近はちょっとぱさぱさしてきたんだよな」
「エルは髪を洗った後乾かさないんだもの。痛むから止めた方がいいっていってるのに『その方が好都合だ』とか意味の分からないことをいうの」
「痛んだ方がいいって?どういう意味だ?」
「よく分からないわ、変な子だから」
「変な子か……はい、できた」
カインは頭をぽんと叩くと、肩をつかんで私の体を反転させた。
向かい合う形になった私は照れくささを隠すため、にっと笑ってみせた。
「似合う?」
「似合う。やっぱり髪飾りにしてよかった、エルとおそろいの指輪じゃなくて」
カインの爆弾発言に、私の時間が10秒ほど止まった。
「…………指輪?」
私の声のトーンが半音ほど下がったことにも気づかず、カインはいつものにやけきった顔で惚気始めた。
「エルの誕生日プレゼントを買いに雑貨屋に入ったら銀の指輪を見つけたんだ。すごくいいデザインだったからすぐに購入したんだけど、指輪は1点ものでそれしかなくて、ベルのプレゼントはどうしようかと思ってふと隣の棚を見たらこの髪飾りが飾ってあったから、これだ!と思って……ベル?どうした?」
怒りと羞恥で下を向いて打ち震える私の顔をのぞき込もうと、身をかがめてきた男のあごに、私は下から拳を振り上げた。
どうしたもこうしたもねえ!
どこの世界に婚約者を差し置いて、婚約者の弟に指輪を贈る男がいるんだ!
初めて私のために選んでくれたプレゼントね(ハート)
なんて感激していた自分が馬鹿みたいじゃないか!
いや、みたいじゃなくてただの馬鹿だ!
「こんなもの――――」
つけたもらった髪飾りを乱暴に取り外すと、あごを押さえて呆気にとられているカインに投げつけようとしたけれど――――それでも、やっぱり初めてもらったおそろいじゃないプレゼントは捨てがたく、振り上げた手をゆっくり下ろすと
「くれるならもらうけど、嬉しいけど嬉しくなんてないんだから!!」
と意味の分からないことを叫んで逃げ出した私は、もう逃げ場がないほど片思いをこじらせている。
世界観(裏設定)
内政……代表者を選挙で選ぶ民主主義。
皇帝……他国でいう皇帝とは定義が異なる。国の創始者の子孫で、国民の興味や好奇心の対象になるのが役目。職業ではないので歴代皇帝の職場は様々。数代前の皇帝があまりにプライバシーがないことにキレて、国民の興味を分散するために騎士制度を導入した。