初恋をこじらせて(エルの言い分)
「喜べエル!ベルと結婚を前提に付き合うことになった!!」
これまで見たことがないくらい満面の笑みを浮かべる幼なじみからの唐突な報告に、僕は呆れたらいいのか怒ったらいいのか、はたまた嗤えばいいのかわからず、とりあえず、殴りかかったーー。
*
ヤツ――カイン・フォールウッドは物心ついた頃には常に一緒にいた幼なじみだ。
同い年なのに、子供の頃から体格がよくて、女顔の僕と違い男らしい精悍な顔つきだったから、一緒にいるとよく兄弟に間違われた。それでも、運動も成績も人並み程度なのは2人とも同じだった。
中等院の卒業を間近に控えたころ、そのまま高等院に進むと思っていた僕のもとに騎士養成学校選考試験の書類審査合格通知が届いた。そんなものに応募した覚えはないというのにだ。……まぁ、なんてことはない、ミーハーな母が勝手に応募していたというオチなのだが。
正直、騎士という職業に対して興味はなかったけれど、書類審査の倍率を聞いて気持ちが動いた。まさにほんの一握り。何千という応募から数十人しか合格しない試験に、何をやっても人並み程度の僕が受かったということに興味をもった。
そして面接試験当日、頼んでもいないのにカインのヤツは勝手についてきて、僕とのやりとりをみた学校長の目にとまり、2人揃って入学することになった。
「腐れ縁もここまでくると笑えるよな」なんて思っていた僕は多分、とても脳天気なアホだったんだろう。
卒業後、近衛騎士になる道を選んだ僕は、同じ道を選んだカインに大きく遅れをとることになる。
近衛騎士は、主人に忠誠を誓い、その人に生涯を捧げる…姿を見せることで国民を喜ばせる職業だ。
主人を見つけて初めて一人前の近衛騎士になる。主人がいない近衛騎士はあくまで「見習い」だ。
ヤツは早々に主人を選び、正式な近衛騎士となり、今じゃこの国で一番の人気者。
方や僕はいまだに主人を見つけることができずに見習いのままだ。
でもこれは、何も僕がヤツに劣っているとか出来が悪いからとかそういう訳ではない。
ヤツが限りなくアホだったから悪いのだ!
よりにもよってヤツは、この僕を、近衛騎士見習いである僕を主人に選びやがったんだ!
近衛騎士が近衛騎士を主人に選ぶなんて前代未聞だ。
本来、主人側には拒否権がある。ストーカー的な目的で主従関係を結ぼうとする不届き者が出ないように、主人選定には細かな規定がたくさんあり、主従関係を結んだあとも細かな禁則事項がたくさんある。
一つ、騎士の主人選定は、騎士の自由意志により、何人からの強制を受けない
一つ、主人候補は、騎士の忠誠を受け取らない自由がある
一つ、騎士は、主人の意に添わぬことをしてはならない
などなどだ。
しかし、あくまで「近衛騎士」というのは個人のためではなく国民のための職業だ。国民が喜んでなんぼなのだ。時に、個人の意志は大衆の欲望のもとに屈せざるを得ないことがある。
僕の場合はまさにそれだった。
初めてカインに忠誠を誓われた時、僕は当然拒否した。幼なじみを自分にかしずかせる趣味なんてない。
ところがヤツは諦めなかった。何度となく特攻し、何度となく断られ、最終手段に踏み切った。
国民審査だ。
どうしても主人候補が許可をくれない場合、国民が主人候補に代わって騎士を審査し、最終的に投票で主従関係を結ばせるか否か決めるという傍迷惑は制度だ。考えたヤツを僕の前で正座させて半日説教してやりたい。
ただ、この審査というのが非常に厳しく、多岐にわたる数々の試練をすべて国民の満足のいく形で突破しなければならず、とても人並み程度の能力では越えられない過酷なものなのだ。
どうせ耐えられない。
そう思っていたのに、ヤツは見たこともないような集中力と努力と根性で、すべての試練を突破してしまった。
また、そのがむしゃらな様子に、国民はひどく心を打たれた。そして、そうまでして主人にしたい相手というのが、チビで女顔の幼なじみの近衛騎士見習いだと分かると、国民の――特に、ある特殊な趣味をもつご婦人方の心に熱い火をつけてしまった。
こうして、カインの主人選定国民審査は圧倒的多数の賛成意見を持って可決され、僕はヤツの主人に選ばれた。そして僕は「近衛騎士の最愛の人」という不名誉な二つ名が一人歩きし、主人になってくれる人が一人もいなくなったのだ。
*
「ところでエル。まだ主人が決まらないのか?」
「誰のせいだと思ってるんだ誰の!!!」
他人事のような発言に、一気に沸点に達した僕はヤツに掴みかかった。
頭1つ分デカいヤツは軽々と僕の拳をよけてきょとんとした顔をする。
「お前が僕に四六時中くっついているせいだろう!誰に打診しても『2人の仲に割ってはいることはできない』とか『邪魔者あつかいされたくない』とか『君らのファンに殺されたくない』とか言って断られるんだぞ!どうしてくれるんだよ、僕が一生見習いだったら!」
「だから、ベルを主人にすればいいじゃないか。ベルなら誰も文句は言わない。ベルしかいないだろ」
その発言に僕は一気に鼻白んだ。
「そしたらまた昔みたいに3人で一緒にいられる。なあ、そうしろよ」
そう言って、「僕の」顔を愛おしそうに見つめる。
そして、視線を僕の髪に移すと一瞬眉をひそめる。
「……なぁ、エル。髪伸ばさないか?」
「……は?」
「いや、エルとベルは同じ顔だろ。でもベルは髪が長い。エルは髪が短い。エルが髪を伸ばしてくれたら、ベルと会ってるときもエルといるような気持ちになれるから」
「なら、ベルに髪を切ってもらえばいいだろ」
「……いや、さすがに女の子に髪を切れとは言えないだろ」
あぁ、そうだろうさ。お前はベルに髪を切れなんて言えないよな。
お前は昔からベルの長い髪がお気に入りだからな。
ベルに会っているときに、僕を思い出したいんじゃないだろう?
僕に会っているときに、ベルを思い出したいんだろう?
カインはベルが大好きだった。
記憶もおぼろなくらい幼いころは、僕よりもベルにばっかり構っていた気がする。
小学院に入って、ベルとクラスが分かれて、ベルに会えない寂しさから、カインは僕に構うようになった。過剰なまでに構うようになった。そして気づいたら、カイン自身も誰が好きなのか分からなくなっていってしまった。
今もカインは、なんやかんやと自分自身に言い訳をして、毎日ベルに会いに行く。
表向きは僕が邪険に扱うから、僕にそっくりなベルに会って癒されていることになっているけれど、実際は逆なはずだ。
カインは僕の向こうにベルを見ている。僕にベルとの共通点を見つけようとする。
だからこそ、僕はベルを主人に選ぶことはできない。
ベルならきっと拒否せず受け入れてくれるだろうけど、それをしてしまえば、ヤツの初恋はますますこじれるだろうから。いつまでも自分の気持ちに気づけないだろうから。
でも、永遠に続きそうな平行線にいい加減嫌気がさしていたのだ。
だからつい、うっかり、うかつにもあんなことを言ってしまった僕も悪かったんだろう。
「3人で一緒にいたいなら、カインがベルと結婚すればいいだろう。そしたらずっと一緒だ」
まさか、その言葉を鵜呑みにして本当にプロポーズしてくるほど、初恋をこじらせてるとは思わなかったんだから。
世界観(裏設定)
国名……とても長いので国民のほとんどは覚えていない。作者が考えるのが面倒だったからではない。決してない。(大事なことなので二回言う。)他国とほとんど接点がないため、国といえば住んでいるこの国のことなので、名前を知らなくても特に困っていない。他国では寿限無や円周率のように言えたらちょっとした特技として自慢できるネタ扱いされている。
外交……鎖国状態。豊かな資源に恵まれているので自給自足で特に困っていない。神の加護を受けており、害意のある者は入国することが出来ない。国民が出て行くことは可能なので留学させて外の知識を取り入れているため、産業も発達している。究極のご都合主義国。