表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LN東條戦記第2部「変革宰相」  作者: 異不丸
第1章 内はすなわち教化を醇厚にし
8/53

5 談合行政


昭和16年11月6日木曜日、総理官邸。


毎週2回、火曜と金曜の定例閣議の前日、つまり月曜と木曜には各省次官会議が開かれる。議題は閣議提出案件の事前調整である。だから、省庁間で対立するような案件が、閣議に持ち込まれることはない。予算と法令による省益と縄張りは、次官会議で決定されるのだ。ところが、東條内閣の発足から、すこし様子が変わってきた。


官邸の別の小部屋には、各省の参与官や参与と呼ばれる官僚たちが集まっていた。局長や部長と違って、建制の部署と部下を持たない、次官付きの高級参謀とも遊軍ともいえる存在である。参与官らは、案件や課題ごとに、部や課から要員を選抜して任務にあたる。大臣で言えば特命担当の国務大臣か。


東條内閣では、政策研究やその予備調査・予備研究、それらに関する資料作成が大幅に増えた。従来の3倍ほどにもだ。それら政策案の対象も複数省庁に渉り、従って省庁間の利害調整も甚大となっていた。早い話が、前例のない政策案ばかりである。参与官らは、これまで省庁間での出向も多かったので、こういう仕事にはまさに適役とされた。


「とは、言ってもなあ」

「こき使ってくれるよな」

「終電が多くなった」

「素面でだよ。飲む暇がない」

「なんのために高等文官試験に受かったのだ」

「そりゃ、ご奉公だろう」

「「あっはっは」」


どちらかというと、次官たちが省益や縄張りを奪い取ることを目的とするのに対して、参与官らは不要な予算や余計な法令を極力排除する。つまり、複数省庁の連携で不要不急の政策案件を潰すのが目的だった。もちろん、必要な仕事はちゃんとやる。全政策を拒否して内閣を潰してしまっては、本末転倒であって、彼らや省の利益もなくなってしまう。


そこが、軍官僚と違うところだ。軍官僚は引くことを知らない。奪うばかりで、何も捨てないから、肥大するばかりだ。ついには政府や国を食い尽くしてしまう。もとより、内閣の1つや2つ潰すのはなんとも感じてない。当然ながら、ここには軍官僚は呼ばれない。


「ま、これだけ忙しくては、僕らも喧嘩している暇がない」

「うん。その意味では、今度の内閣は優等だね」

「大きな方向は、大臣が総理から受けて来る」

「細かいことは、書記官長がばんばん決裁してくれる」

「僕らは仕事するしかないじゃないか」

「これは困ったぞ」

「「あっはっは」」



高文をパスした官僚たちにとって、特に参与官らにとって、仕事をするのは苦ではない。部下がいるからだ。まして、今回の内閣は総研を活用しているらしく、下りてくる政策案は妥当かつ具体的であり、さらに有効性も有用性も見込まれた。ならば、その政策案を実現することによって、さらなる省益と出世を計るのが参与官らの使命である。


そうなると、現内閣の寿命が関心の的となる。短命政権や不安定な世相では、一時しのぎの政策しか採用できない。臨機応変といえば聞こえはいいが、基盤となる政治環境や国際情勢が激変するのだから、つまりは朝令暮改となる。


重要政策の実現には、安定した内政や外交が必要である。変化する情勢の中で、内政外交を安定させるには、相応の指導力が内閣に要求される。実力ある長期政権でなければ実現できない政策があり、今、帝国はそれを必要としていた。東條内閣の実力は、新国策で証明された。あとは、どれだけ長く続くかだ。


「武藤中将が満洲に出張って山下中将を口説いているらしい」

「軍務局長が口説くって、なにを?」

「陸相就任だ」

「首相は陸相を降りられるのか」

「たいした自信だな。陸相を降りても、陸軍を抑えきれると判断されたか」


大蔵省は、すべての官庁の予算・執行を監理している。官費で出納をやるなら、証跡・証憑は残る。それらを伝えば、行動は推測できる。その気になれば、ほとんど、まるっと見通すことが出来た。官僚の情報網はすごいのだ。


「松井大将は週末に重慶に入る」

「日支交渉は今月中には結論が出るな」

「日米交渉もそれで捗る」

「年内には方向が見えるな」

「なら、山下中将の陸相就任は年明けか」

「ようやく、帝国の外交が安定する」

「やっと内政にかかれる」

「226以来、6年も放っておかれた」

「リフレが悪性インフレになってしまった」

「まずはそれだな」


動乱だ謀反だ、事変だ戦争だと、騒ぎに忙殺されていたが、実は経済行政が止まったままである。高橋蔵相が226事件で暗殺されて以来、長期的視野で経済を仕切った内閣はない。内外の騒乱に対応するだけで精一杯だった。しかも、高橋蔵相の次の馬場蔵相は、いきなり悪手を打っていた。


「あの時、財政を引き締めるべきだった」

「賀屋蔵相も谷口次官も承知されてる」

「では?」

「いきなりの引き締めは、首相が許さんそうだ」

「しかし、昨年並みの軍事予算では」

「首相も蔵相も狸だ」

「というと?」

「陸軍省予算で、工業振興策をやるらしい」

「上陸戦研究という名目で、貨客船の建造」

「兵器開発名義で、工作機械や金属産業、大学への支援」

「陸軍予算の半分近くは、陸軍の外に流れる」

「内務省の警備隊も、連隊区で訓練するとか」

「たいしたもんだ」

「頼もしいではないか」

「では僕らも本分を尽くすか」

「ああ」



内政の懸案は多い。参与官らは、まだ指示されていない政策課題を推定し、解決策を模索してみる。官僚たちにとって、今まで内閣から指令された試案、研究、調査、それに作成資料を連結して、その裏にある大いなる企図を想像するのは、難しいことではなかった。東条内閣の政策と実行予定は、予想できると思われた。


「これらをやろうというのか!」

「思った以上に、大掛かりだ」

「大変革だな」

「人が足りないではないか」

「翼賛会に出向させた者がいるだろう」

「もうすぐやめるらしいぞ」

「翼賛会をか?」

「ああ。いいことだ。役所や役場を増やしたようなものだった」

「だがアカはだめらしい、絶対に」

「この間、警保局でらむぜい関連の検挙リストを作ったが」

「半分を削除されて、さらに3倍が追加された」

「人数は2倍になったんだな」

「その削除分と追加分で、上の方針がわかる」

「どうわかる」

「影響の大きい順、影響が若年に及ぶ順」

「思想の先鋭さ、過激さは二の次らしい」

「すこぶる健全な思考じゃないか」

「長期政権は可能だな、少なくとも2年か」

「遣り甲斐があるじゃないか」

「そうとも、2年あればできる」

「ならば3年にして、1年は僕らのものにしよう」

「「あっはっは」」


参与官らは、今回の内閣の政策と方針、それに具体化の計画線表が明確になったところで、判定をした。帝国の経世済民を立て直し、財政を健全化するには、お誂えの内閣だ。今回やらなければ、もう間に合わなくなる。これが最後の機会だろう。一蓮托生だ。全面的に後援することに決定した。


「次回は、優先順位か?」

「ああ」

「外務省にも来てもらおう」

「そうだな。資源輸入の問題がある」

「それから、次回はアレもやりたい」

「官僚長官か」

「うむ。将来のためには、次官より上」

「閣僚に官僚代表を送らないと」

「やはり、書記官長を官房長官だな」

「ま、次回ということで」

「よし。諸君、お疲れ様」

「今日は、繰り出すぞ」

「集合は新橋駅前、ヒトナナマルゴ」

「よしっ。ヒトロクサンマルには音信不通だ」

「「あっはっは」」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ