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LN東條戦記第2部「変革宰相」  作者: 異不丸
第4章 破れて逃ぐるは国の耻
52/53

10 日本変革

同じ頃。新橋。


新橋は、帝国ホテルと竹芝のちょうど中間である。とある料亭の一室で、背広の紳士たちが会合をしていた。

陸軍省兵務局長の田中隆吉少将が酌を受ける。今夜は、田中も背広である。


「どうでしょう、閣下」

「うむ。鈴木さんのところは200人だったね。問題ない」

「ありがとうございます、閣下。どうぞ」

「おう」

「閣下、うちは400人ほどお願いしたのですが」

「ええと、高橋君か。いいとも」

「あの」

「渡辺さんは300人だね。いいよ」

「「ああ、よかった」」


田中は、鉱山会社の社長3人にそれぞれ、復員除隊する兵士の就職を約束する。3人の鉱山では鉱夫が足りなくて、採掘量が減少していた。アカの一斉検挙で労働争議は減ったが、鉱夫自体も少なくなったのだ。周旋人によると、日本人も朝鮮人も成り手が見つからないという。今は、その周旋人とも連絡が取れなくなった。


「閣下。それで、給金のことなんですが」

「そりゃ、みなさんの会社の規定でしょう」

「「そ、それでよろしいですか」」

「陸軍は民間に介入しません」

「「よかった、よかった」」

「衣食住が成り立てばよろしい。納税は、できればの話だ」

「「はっ、はっ」」

「いや、さすが閣下は話が早い」

「なにぶん、商工省や内務省では埒が明かなくて」

「どうぞ、閣下」



3人は、笑顔になった。田中に酌をし、追加の料理を注文する。

その品数に満足すると、田中は大きく頷く。そして、言った。


「ただし、タコ部屋はいけませんぞ」

「「えっ」」

「ノミ倉も納屋もいけません」

「「そ、それは、もちろんです。えへへ」」

「それだけが条件です」

「「わ、わかりました」」


そこで、田中の隣に座っていた男が口を開く。


「来週、わたしが視察に行きます」

(((どきっ)))

「わたしは、タコ部屋があるかどうか、鼻でわかる」

(((ぎくっ)))

「矢次君には、陸軍省の顧問になってもらいました」

「えっ。翼賛会におられたのでは」

「翼賛会も商工会も辞めたよ。退職金がほしくてな」

「はあ」

「なにせ、金を貸していたアカが揃って死んじゃってね」

「「・・・」」



矢次一夫は、国策研究会を主宰し、そのまま大政翼賛会の幹部になっていた。

異色の履歴の持ち主だ。小学校を出た後、家出をして佐賀から東京に向かう途中に、騙されてタコ部屋に売られた。脱走して、また騙され、売られ、それを繰り返して20歳までをタコ部屋で過ごした。


その後、矢次は上京して書生となろうとするが、肌に合わない。結局、土建会社の飯場に住み着いた。その一方で、大岡周明や北一輝らに師事し、折からの労働争議の解決で名を挙げる。その人脈は、労働側や経営側だけでなく、財閥、政府、陸軍、右翼、そして共産党員にまでおよんだ。


「来週の都合のいい日を選んでおいてくれ」

「「あ。は、はい」」

「兵隊は1等兵だけじゃないぞ。ちゃんと上等兵も兵長も混ぜる」

「「は、はい。伍勤ですね」

「そう、士官は付かんが小隊単位だ。なにかと便利だろう」

「「そ、そうですよね」」


「安心したまえ。矢次君がいる限り、争議は起きない」

「「は、はあ」」

「まあ、アカは滅びてしまいましたがね」

「そうか、そうか。わっはっは」

「「「・・・」」」







翌日。

昭和16年11月30日、日曜日、東京府、用賀、東條自邸。


志郎は、一時間近く、東條の娘たちと遊んでいた。

8時を過ぎてようやく本人が書斎に入ってくる。志郎と向き合う。


「東條さん。ひょっとして、お疲れですか?」

「ああ、なにかこう」

「昨夜は盛り上がったのでしょう」

「うむ、まあ、その」

「?」

「聞いてくれ、志郎さん」

「はい」

「陸相を降りようと思う」

「はい。内相も、ですか?」

「うむ、総理に専念する」

「いいことです。陛下もご安堵されるでしょう」

「そ、そうか」


「ちょっと早い気もしますが」

「陸相兼務だと、どうしても」

「海相と張り合ってしまう?」

「そうなのだ。いずれ、大きく、しくじりそうでな」

「陸軍の面子ですね」

「うむ、海相の顔を見ると、ついつい」

「なるほど、わかります」

「それで、すでに?」

「木戸内府を通じて」

「東條さん、陛下から直にいただくべきです」

「それは、畏れ多い」

「いえ、ここは肝心ですよ」

「そうか、待ってくれ。う~む」


首相の陸相兼任は、もともとお上のご意向であった。

さらに、東條は治安対策のために内相兼任を希望し、容れられていた。


「どの区切りで?」

「どこまで被るか、だな」

「三国同盟離脱では」

「そうだな、そうしよう」

「はい」

「梅津さんにも、土肥原さんにも、松井閣下にも相談する」

「はい」

「だが、志郎さんに最初に話したかった」

「はい」




東條と志郎は、書斎でデータ交換をして、進捗を確認する。

例によって、東條の画面には天気予報が表示される。


『雨 (T_T)』

「えええっ」


東條は、初めての悪天候の予報に驚く。


「なぜだろう?」

「国外と国内の不均衡でしょうね」

「進みすぎと遅れすぎの差が開いたのか」

「それですよ。外交の進捗は早い」

「各国の変化も顕著になってきたな」

「ですが、帝国国内の変革は遅延している」

「ううむ。そうなるのか」

「満洲事変も支那事変も、もともとは国内問題に端を発しています」

「松井閣下の言われるとおりだ。帝国は国外に解決策を求めた」

「その国外の件を元に収めただけです、今はまだ」



志郎の言うとおり、国外問題は異常な速度で進んでいた。

松井大将が重慶に入ったのは11月9日、吉田大使が華府に入ったのは11月20日だ。さらに、伯林でも進展がある。尋常ではない。


「ソ連の動きも気になる」

「ソ連海軍が動くとは思いつきませんでした」

「帝国では、陸海軍は別の組織だが」

「ソ連では補完しあっている」

「いや、ソ連の方が正常なのか」

「・・・」

「土肥原さんはこれだけしか情報をくれない」

「予断防止でしょう、つまり」

「今は、動く時期ではない」

「はい」

「わしらが走ってはいけないからな」

「まあ」


対中、対米の次は英蘭仏への外交攻勢である。英国には印度問題で脅し、蘭国にも補償占領を匂わす。仏国には仏印防衛で懐柔する。



しかし、国内問題は、特定の代表者同士の交渉というわけには行かない。八千万の帝国臣民を得心させる必要があった。政策を決めて政令を発布しても、臣民がついてこなければ無意味なのだ。


「国内問題は、妨害勢力や阻害の排除が先行する」

「はい。そちらは、進んでいます」

「次は、国民の意識改革だが」

「まず、暮らしを変えてやる必要がありますから」

「景気をよくして仕事をつくる」

「それでようやく動こうかという気になりますが」

「なにもかも足りないからな、帝国には」

「人がいます。勤勉な国民が」

「そうだな。前向きに考えねば」


東條と志郎は、国内変革の段取りを反芻する。


意識改革の眼目は、土地と住宅に対する新しい認識だ。土地神話を崩し、移動往来を頻繁にする。集合住宅は分譲を止めて、賃貸しとする。地主よりも大家に権威を移す。土地整理を行い、山林を国の所有とする。


国内間の移動、往来、移住、引越しの動機付けは、求職や開拓に求める。農業を職業化、事業化することにより、余剰労働力を生成する。その行き先として、人工景気を背景とした産業を振興し、大規模開墾地を用意する。新幹地がそれだ。そこでは余剰労働力を吸収するために、水や電気などの他に、宅地や学校の整備も行う。


人工景気は、一巡すれば内需拡大の螺旋に入る。最初の周回を成功させることが肝心であった。その呼び水として、百万の復員兵、南満洲油田、米国からの緊急輸入品などが充てられる。日中講和の賠償金は、米国への決済に使われる。


「使えるものはなんでも使いましょう」

「とにかく、回すことだ。前進あるのみ」

「数十万人規模の国内往来が起きれば、成功なのです」

「すぐに百万規模となるか」

「十万人が北へ南へと移動するだけで、大変な内需が発生します」

「そうだな。列車、船、旅館に食堂」

「農村には往来移住に足る余剰所得を与え」

「行き先の新幹地には、職住を整備する」



「今更ながら、大変なことを企てたものだ」

「やることは明確であり、準備も進んでいます」

「ああ。実行するだけだ。最大の問題は」

「どう軟着陸させるか、ですね」

「事が事だ。お上にご心配は掛けたくない」

「はい。人は揃ってきました」

「そうだな。思ったより粒ぞろいだ」

「2週間もすれば吾朗も帰って来ますよ」

「全員が揃うな」

「はい」

「よし、やろう」


「では、これをどうぞ」

「おお、リポデーではないか!」

「持って来た最後の一本です」

「わしは全部飲んでしまってな。いいのかな」

「もう、試作と試飲に入ってます。飲み切っていいのですよ」

「そうか。では遠慮なく」

ごくごく。

「どうです、頑張れますか?」

「もちろん、24時間だ」

「よかった」

「「あっはっは」」




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