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LN東條戦記第2部「変革宰相」  作者: 異不丸
第3章 敵の亡ぶる夫迄は
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番外 暴走の白ひげ山羊

!ユニークアクセス1万突破感謝!





【新大使】


駐米大使を野村吉三郎から吉田茂に交代させるように、重光外相が指示されたのは10月19日だった。吉田夫人の雪子が逝ったのは10月7日で、まだ2週間。日米交渉は待ったなしだが、せめて忌明けまで待てないものか。


重光は思案した。女性の忌明けは35日目というから、11月10日の後に出発ではどうだろうか。東條首相は了承した。日米交渉は命を擦り減らす激務になるだろう。思い残すことがあっては、全力を尽くせない。重光は感謝した。


しかし諸般の事情、多くは米国の都合で実際は11月4日の出航となった。重光は吉田に申し訳なくて仕方がなかった。せめてもの、ほかのことは聞いてやりたい。それが、混乱のもとになった。






【グレートノーザン鉄道】


重光外相は、グルー米大使を外務省に招いた。7月の在米日本資産凍結令以来、次々と閉鎖されている日米航路の再開についてである。吉田新大使の赴任には、日米交流の象徴ともいえるシアトル航路を使いたい。ついては、シアトルからワシントンまでの横断鉄道も便宜を図ってもらいたい。


グルー米大使は承知した。日米交渉の妥結は本国政府も望むところだ。画期的な条件を預かったという新大使の赴任と早期着任に、なにを躊躇することがあるだろうか。グルーは早速、電報を打った。

それが10月20日のことだ。この時点で、重光は、まだ吉田を口説いていなかった。



グレートノーザン鉄道は、このところ苦境にあった。米国政府の実質上の対日禁輸で、主力事業のシカゴ-シアトル間の貨物輸送が落ち込んでいた。もちろん、代替貨物はある。それは、対英レンドリースの拡大による貨物輸送だ。しかし、十分ではない。シアトルをはじめとする北西部は資源産地であり、レンドリースの対象は製品だ。


つまり、横断鉄道の東行きの往路はそれなりの貨物量があったものの、西に戻る復路は空荷に近い。ライバルのUP鉄道の牙城であるサンフランシスコ-シカゴ間には原料産地が少なく製品工場が多いので、貨物量は減っていない。このままでは、業績はじり貧で、差も開かれるばかりだ。


GN鉄道は、往路復路共に満載が期待できる日米貿易の再開とシアトル航路の復活を強く望んでいた。だから、日米交渉の動向には注目しており、情報網を構築して、ロビー活動も行っている。10月22日には、グルー大使の周辺から特別列車依頼の情報をつかんでいた。



GN鉄道のシカゴ-シアトル間の総責任者は、北西部担当総支配人だった。

一晩考えた総支配人は、翌日、社主に面会した。これを千載一遇の機会、起死回生の端緒としなければならない。翌週、GN鉄道の社主はホワイトハウスの閣僚と面会した。


ホワイトハウスが鉄道各社へ正式に打診する前に、GN鉄道のプレゼンテーションは完成していた。

『満洲鉄道の亜細亜号などメじゃありません』

社主のその一言で、ルーズベルト大統領は快諾したという。



ガーハイム総支配人は社主から全権を委任された。

早速、自分のオフィスでミーティングを開始する。秘書、運行主任、主任技師の3人がガーハイムのスタッフだ。

「社主は大統領に確約した。48時間でシカゴに着けると」

「「「サー、イエスサー」」」

「必要な機材と人材を挙げてくれ、いくらでもだ」

「「「サー、イエスサー」」」



シアトル-シカゴ間のおよそ3600kmは、GN最速の特急列車『エンパイヤビルダー』でも車中3泊から4泊かかる。それを半分に縮めようというのだ。正に、大陸横断超特急だ。

平均速度は毎時75kmだからたいしたことはない。蒸気機関でも最高速度は100kmは出る。ディーゼルなら150kmは楽勝だ。


すでにUP鉄道は、ロスアンジェルス-ニューヨーク間5200kmで平均速度91km、ロスアンジェルス-シカゴ間3700kmで95kmの記録を持っている。それに比べて75kmはいまさらの感はあるが、乗客がVIPで従来の倍の速度なら、話題になるだろう。


しかし、実際に検討すると課題は多い。GN鉄道は路線の大部分が単線であり、また前半行程はカスケード山脈やロッキー山脈の山間を、後半は大都市の市街地を通る。全工程の3分の2は標高500mを超える。トンネルや鉄橋も多く、全速を出せない。


スタッフは議論をはじめる。

「グレッシャーを過ぎれば、あとは下り勾配だ」

「速度を稼ぐのはここからだな」

「とにかく、出発したら加速加速で通そう」

ガーハイムが結論を下す。

「減速しない。そのためには、停車しない」

「「「サー、イエスサー」」」


大方針が決まると、スタッフは具体案を考える。

「GEから買ったばかりの新鋭のディーゼル機関車がある」

「EMD-FTか。しかし試験運転もろくにやっていない」

「機関士ならよその鉄道会社かGEから」

「そんな問題か」

「そんな問題だ」


「カスケードトンネルだけは電気機関車だ」

「何を言うか。ディーゼルで行けるだろう」

「馬鹿を言うな」

「なにを!」

「12kmもあるんだ。窒息するぞ」

「一気に駆け抜ければいい」

「勾配や速度制限がある」

「毎時30kmが限度だ」

「25分なら、大丈夫だろう」

「給油はどうする」

「停車がないなら、タンク車とポンプだ」

「配管はフレキシブルか」

「機関車が増える分、客車で重量を減らそう」

「アルミ製の車体だと軽くなる」

「わが社にあったっけ?」

「サー、乗客の人数と素性が必要です」

「そうだな」


「まだ確定ではないらしいが・・」

大使と家族、随員向けに、特別寝室が3室、一等寝室が5室。そのほかに、商社幹部や記者らに普通座席を12席。それが日本政府の要望である。

「ずいぶんと慎ましいな」

「浅間丸の一等室は200人以上ですが」

「満室ではないし、全員が華盛頓に行くわけでもない」

「そうですね」

「僕だったら、ゆっくりと旅行したいね」

「たしかに」

「ステーツの記者たちには20席あれば十分だろう」

「それなら、交代乗員も含めて1両でいい」


秘書が、客車の内装図つきカタログを出す。

「ええと、ドローイングルームが3室とコンパートメントが5室」

「・・これだな」

「コーチは60席前後」

「1両あれば十分か」

「バゲッジは要らないな」

「ああ、コーチ車にスペースが空く」

「ダイニングを入れて3両か?」

「これは贅沢な」

ガーハイムが口を出す。

「ああ、ダイニングと別にラウンジを付けてくれ」

「「「サー、イエスサー」」」

「ステーツと大統領の威信を示さないとね」

「では、サンルームのラウンジ車を」

「いいね」

「これで4両か、これなら」

「「うんうん」」



ガーハイムは一人考える。

(ふふ、やっとチャンスが巡って来た)

シカゴからシアトルまで2日で行けるとなれば、ビジネス客の注目を浴びる。ビジネス客は金を持っている。速いだけなら飛行機だが、数時間ではロマンスは生まれない。そう、アメリカ人ならロマンスだ、メイクラブだ。ラウンジ車と寝台車のコラボレーションでロマンスを売るのだ。映画でも作るか。

(ふっふっふ。ダブルベッド寝台車もあったな)


よし。次は貨物輸送だ。

荷主の要望は『速く、確実に』だ。貨物は、必ずしもシアトルからシカゴまでではない。中間駅まで、あるいは、中間駅からがある。いや多い。

ふ~む。荷捌きか。給油・給水や乗員交代で、中間駅での停車は、通常の営業運行では免れない。ならば、停車時間の短縮だろう。荷捌きを早くすれば、荷主の貨物は次の段階に移る。すなわち商業簿記上での上位に上がるのだ。当然、担当者の成績は上がる。

もちろん、運送時間を短縮し貨物を払い出せば、GN鉄道の簿記上でも見込利益は確定利益に上がる。

(よしよし)

本番までまだ数週間はある。その間にグッドアイデアは浮かぶだろう。

48時間の実績で、大々的に売り込んでやる。



スタッフを振り返り、ガーハイムが口をはさむ。

「ああ、あと1両追加だ。わが社の株主と将来の投資家が12人だ」

「「「サー、イエスサー」」」

「もちろん、私も乗るよ」

「「「サー、イエスサー」」」

「金はかけていい。会社に損は出さない」

「「「サー、イエスサー」」」

「すべて元は取る。適正利益もね」

「「「サー、イエスサー」」」

「なあに。日本政府が出してくれる」

「「「サー、イエスサー」」」

「ワシントンの日本大使館の金庫には50万ドルもあるのだ」

「「「サー、イエスサー」」」






【帝国吉田号】


重光外相は、野村在米大使からの電報を見て卒倒した。

「まさか。いくらなんでも」

10分後、気を取り直した重光は天羽次官を呼んで善後策を考える。

「通常運行の倍の速度だから2倍、通常旅客の半分以下だから2倍だと」

「うん」

「2倍の2倍で、しめて通常の4倍の値段」

「そうなのだよ」

「合理的ですね」

「えっ」

「出来る限りはすると約束されたのは、大臣ですね」

「ああ」

「呑むしかありませんね」

「えーっ」


天羽次官が出て行った後、グルー大使が入って来る。

「ノーマルのダブルスピード、そして、パッセンジャーはハーフダウン」

「イエス」

「コストはダブルのダブルでフォータイムですか」

「イエス」

「この見積はベリーリーズナブルです」

「ノーッ」


重光は反省する。はじめから、三菱商事か三井物産の駐米支店を使えばよかった。外交官には商取引は無理なのだ。まだ概算だから、安くなる余地はあるかも知れない。

重光は知らなかった。グルー大使も野村大使もGN鉄道からリベートをもらう約束をしていたのだ。



GN鉄道では、運行計画の詳細に入っていた。

従来の倍の速度だから、閉塞区間も長くとらなければならない。さらに無停車だから、支線や他社線と連結している駅では待避線や分岐器には注意が必要だ。

「発車時刻や通過時刻は早まる可能性がある」

「「「サー、イエスサー」」」

「閉塞は6時間は考えてくれ」

「「「サー、イエスサー」」」


「他社線の進入を断るしかないな」

「それでは損害補償が発生する」

「それはまずい」

「進入できないことにしよう」

「事故の偽装はまずいぞ」

「わが社の評判が落ちる」

「では、連邦政府の要請」

「政府だって補償はいやだろ」

「じゃ想定外の事件」

「例えば」

「ホーボーが線路に居座ったとか」

「それはいいが、区間は長いぞ」

「全米のホーボーが必要だな」


いくら日本政府から法外な料金を取ると言っても、それはそれ。経費は抑えるべきだ。

特別列車の運行は、当然ながら他の列車の運行に影響が出る。特別列車の通過待ちまで、停めたり遅延させる列車は最低限にするべきだ。他社線への連結もそうだ。

「11月11日はベテランズデー」

「この日はまずい」

「退役軍人から睨まれる」

「11月26日はサンクスギビングデーだ」

「今年からナショナルホリデーになったな」

「うん、前後に貨物や乗客の増加が見込まれる」

「じゃ、この間か?」

「「うんうん」」

需要曲線を分析した結果、シアトル発は11月17日午前零時となった。



社主が国務省に報告に行く。

ガーハイムは、日本郵船のシアトル支店に電話をかける。

「ああ、そうだ。11月16日の午前中に着くように」

「イエスサー。前に言った午後2時ではまずいですか」

「だめだ」

「では、バンクーバー島寄港を止めます」

「それでいい」

「理由づけは」

「うちから国務省に言っておくよ」


その日の内に、シアトル市での歓迎行事の情報が入った。市長本人からである。

「12時から日本人会の歓迎式典、18時から市庁舎での晩餐会・・」

「冗談じゃない」

「でも、昼前に着くのでしょう」

「なにを言うか」

シアトル入港を早めたのは、歓迎式典のためではない。

「だって、深夜零時の発車なら」

「市長。君にはGN鉄道からリベートが」

「はい。政治献金をいただいております」

「では理解してくれ」

ガーハイムは、日本人会の歓迎式典を潰し、晩餐会を午餐会に変更させた。


計画は48時間で進んでいるが、ガーハイムはもっと短縮できると考えていた。

平均速度90km毎時なら、文句なしに記録になる。ひそかに秘書に計算させたら可能だという。そのためのグッドアイデアもあった。

さらに、ガーハイムは、投資家の12人と到着時刻を早められるかの賭けを一人で引き受けていた。

そのため、ガーハイム自身が秘書と共に特別列車に乗り込む。



重光外相は、野村在米大使からの電報を見て仰け反った。

「えええ、」

電報には、11月4日出航、11月16日早朝に入港、と書かれてあった。

「むむむ」

「大臣、日米友好です」

「そうなのだが」

「米国の国民祝日とあれば」

「そうなのだが」

「大臣」

「わかった。吉田さんと会う」

重光は吉田に懇願し、その結果、さまざまな要求を呑むことになる。



ついに、特別列車『エンパイヤビルダー吉田号』の運行と編成が完成した。

自信満々で、ガーハイムはシアトルに乗り込んだ。秘書のジョーカーも一緒である。

二人は、キング街停車場の待避線で特別列車を見上げる。


①電気式ディーゼル機関車FTA、

①電気式ディーゼル機関車FTB、

②タンク車、給油ポンプ付き、

③電気式ディーゼル機関車FTA、

③電気式ディーゼル機関車FTB、

④コーチ車(乗員、新聞記者ほか40名、荷物)、

⑤食堂車、

⑥特別寝台7ドローイング(株主、投資家、ガーハイム)、

⑦特別寝台3ドローイング+6コンパートメント(吉田一行)、

⑧ラウンジ&サンルーム展望車、

⑨電気式ディーゼル機関車FTA、

⑨電気式ディーゼル機関車FTB。



列車編成は全部で9両である。

EMD-FT機関車は客車の半分の長さだが、運転席のあるFTAと運転席のないFTBの2つを合わせて1ユニットである。電気機関車なら倍以上の馬力が出せる。ディーゼルエンジンと燃料、発電装置を積む必要がないからだ。しかし、GN鉄道の電気架線は、カスケードトンネルの前後120kmしかない。主任技師は、余裕も考えて機関車3ユニットとした。


コーチ車は座席車である。リクライニング付きのゆったりしたシートが60席の一等仕様車、その20席を外して、鉄道電話と荷物スペースを設けた。

コンパートメントは二人用の寝台個室である。部屋にはトイレとシャワーが着いている。もちろん、一等仕様だから2段ベッドではない。

ドローイングは、コンパートメントより大きく、大人三人がゆっくり起居できる。トイレとシャワー付きなのはもちろんである。


食堂車は、乗客が少ない分、高級な食材と酒類を大量に積み込んでいた。ラウンジは、天井にも窓があるサンルーム仕様で、アルミ製車体は軽い。ウェイトレスとバーテンダーは、シカゴの一流バーの美人を選りすぐった。


2両目の軽油タンクからは、電動ポンプで前後4両の機関車の軽油タンクに配管してある。剥き出しだが、フレキシブルパイプだから、シカゴまでは持つだろう。

9両目の機関車には配管してないが、FTBの蒸気発生器を外して、ドラム缶と手廻しポンプを積み込んだ。



「完璧じゃないか、我が列車は」

ガーハイムは、閲兵式よろしく悦に入る。ジョーカーが敬礼する。

答礼を終えたガーハイムは怒鳴る。

「作戦開始だ」

「サー、イエスサー」


これから市庁舎での午餐会に出席する。飲食したいわけではない。

市長を脅かして、式次第を早めるのだ。

メディア向けには、11月19日午前零時シカゴ着と言ってある。

これが例えば、18日午後6時に到着すれば、6時間縮めて42時間だ。

出発時刻を早めるだけで、走る前に時間は縮まるのだ。





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