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LN東條戦記第2部「変革宰相」  作者: 異不丸
第3章 敵の亡ぶる夫迄は
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6 帝都の秋夜


昭和16年11月16日。日曜日、夕方。東京府、用賀、東條私邸。


衆議院2日目は、日程通り、政府議案5件を可決して散会した。

東條首相が用賀の自宅に着いたのは、4時まえだった。


東條は自室で着替える。カツに手伝いさせながら軍服を脱ぐ。

「甘粕は来たか?」

「ええ、昼前に」

「それで、少しはよくなったか?」

「はい」

カツは、甘粕を中尉の頃から知っている。一通り首尾を話しながら、手拭いを渡す。

夫の襦袢は汗で濡れていた。

「そうか」

「今は幸枝や君枝たちと遊んでいますよ」

言われれば、奥の方から娘たちが燥ぐ声が聞こえる。

(ほっ)

「母さん、ありがとう」

「まあ」


そこへ、どやどやと娘たちが入ってくる。幸枝は12歳、君枝は9歳だ。手を引かれた甘粕が後ろにいる。

「「お父さま、お帰りなさい」」

「ああ」

「お疲れです。東條さん」

「うむ」

「あ。お父さまの顔、赤い」と、君枝が声を上げる。

「えーっ」と、幸枝は、父と母を交互に見る。

なぜか、カツは顔を伏せた。

「「あれぇ?」」

「げふんげふん。甘粕君、行こうか」

「はい」

東條は、甘粕と書斎に向かった。



書斎に入った二人は煙草に火を点ける。

甘粕は、ふーっと、深く紫煙を吐き出した。

「ずいぶん疲れた顔をしていたそうだが」

「今回だけは、ちょっとやり過ぎました」

「無理を言ったかな」

「いや、いずれは対決の必要がありました」

「すると、佐富とも」

「根こそぎ渡すということでしたので」

「そうだったな」


二人が話し込んでいると、カツに案内されて志郎が入ってくる。

「やあ」

「甘粕さん、元気になりましたね」

「まあね。おかげさまだ」

カツは、お茶を置くと出て行く。


甘粕は、話を続ける。

「ああいう商売だから、佐富には替え玉も複数」

「では、同僚だった甘粕さんでも?」

「うん。向こうも情報網はある、東京にもね」

「そうですね」

「新民に来た海軍特務を使ってみた。本人確認にね」

「ああ、南満洲油田の時の」

「ずいぶんとややこしい段取りをやったものだ」

「それでわかったことがあります。海軍特務には2派がある」

「「!」」


「海軍内部で防諜を行うのが、本来の海軍特務でしたが」

「「・・」」

「上海や海南島の進駐が長くなるにつれ、第2の特務が」

「それが、佐富らにも通じていたのか?」

「満蒙の奥地ですよ。海岸線からは遠い」

「芥子は海岸には育たない」

「「あっ」」

「昨日の件は、それでしたか」

「そうらしいな」

「吾朗君には叱られるか」

「山本五十六暗殺を企んだ男だからな」

「それはもう2年も前です」

「その三国同盟を離脱しようとは」

「「皮肉なものです」」

「あれ」

「「ん」」

「ひょっとして、英国も?」

「海軍は昔から英海軍とは特別です」

「なんということだ。親ソ派だけなく」

「親英派と言えば海軍全体ですよ」

「うぅむ」



志郎は時計を見て、まとめにかかる。

「海軍特務に2部門ありと吾朗に特電を打ちます」

「うむ」

「1つは想定通り、内向きの防諜班」

「はい」

「2つめが、利権と金か。ま、海軍だけではないが」

「「そうですね」」

「げふんげふん」

「その金の使い道がまだ見えない」

「それだな」


「それから・・」

志郎には、甘粕への報告事項があった。

「甘粕さん、途中経過が来ています」

「え?」

「例の民俗学者ですよ」

「ああ」

「なかなか鋭いですね」

「すると?」

「当たらずとも遠からずです」

「そうですか。では、いずれは」

「まだ感じません」

「わしも感じない。まだ先だろう」

「それならいいです」



カツが呼びに来た。星野と鮎川が着いたらしい。

三人は、星野と鮎川のいる座敷に移る。

鮎川義介は先週で61歳になった。東條英機と山口志郎が同い年で57歳。

甘粕正彦が50歳で、星野直樹が一番若く49歳である。

しばらく乾杯と世間話が続いた、そのあと。



「高等班で民間を優先したのは何故ですか」と星野が志郎に聞く。

「国防第一主義です」志郎が答える。

「ならば、陸海軍の研究所や工廠を先に・・」

「いや志郎さんの方針は正しい」

鮎川が星野を諭す。

「たしかに帝国は最新の技術を誇る分野もあるが」

「いまだに2世代3世代前のものもある」

「要するにちぐはぐです。揃っていません」

「この場合、先進技術も後進技術に引っ張られることになる」

「つまりは、後進製品となります。兵器もね」

「なるほど。そうなのか」


「後進分野を引き揚げるのはもちろんだが、闇雲ではいけない」

「全分野の技術の水準が揃うことが望ましい」

「どうやって」

「効率ですね。一番早く確実なやり方を模索します」

「模擬実験ですか?」

「いや、模擬計算です」

「どの分野のどの技術か、既にわかっていると」

「ええ、技術の進歩の系統は分析してあります」

「やはり、すごいもんだ」

「計算できることの方がすごいと思う」

「対象を絞りましたから」

「3つあったかな」

「はい、3つです」


「まず、標準兵装の系統化と平準化です」

「さらっというが、標準部品、代替互換、大量生産、それに民間製造か」

「そうです。軍営工廠や軍需工場だけでは限界があります」

「新兵器の開発ではない」

「すでにある兵器を使えるようにするのが先決です」

「今ある兵器が使えないと?」

「使えますが、壊れやすいし、修理しにくい」

「その意味ですか」

「貴重な国費で作る兵器だ。耐久性も整備性も要る」

「そうですね」

「鮎川総裁はご存知だと思いますが」

「ん?」

鮎川の満州重工業は、中島知久平の中島航空機と組んで、満州飛行機製造を立ち上げていた。昭和13年のことである。


「例えば、新鋭の1式は7.7mm機関銃2門搭載です」

「うむ」

「米国は12.7mmを4門です」

「「・・」」

「武装を大口径に換装したり、門数を増やすと重量が増加します」

「重量が増えると速度が落ちる、だから発動機を大型に」

「はい。無線機など電気兵装を充実するにも」

「発動機も大型化すれば、主翼だけでなく機体全体の増強が」

「2門が4門になれば、整備や補給の手間も二倍に」

「「あああ」」

「陸海軍が戦術用兵思想を公開しないからか」

「それもありますが、副次的でしょう」

「技師たちは各国新鋭機の情報は知っている」

「要は、何を基本にするかです」

「航空機の場合は、エンジンか」東條が唸る。


「兵器とは武器の移動手段であり、また運用拠点なのです」

「そういうことか」

「爆弾を運搬する機械で、かつ火砲を発射する陣地なのか」

「大きいものを、数多く発砲するなら大型が良い」

「兵や陣地を保護する装甲も必要だな」

「大馬力の大型貨物車、大艦巨砲ではないか」

「いや、志郎さんの言いたいことは、そうではない」

「大型発動機でこそ高速発揮が可能なのです」

「なるほど」鮎川が頷く。


「軽量化での高速実現は邪道なのだな」

「本邦では発動機に合わせる機体設計や兵装選択が多い」

「機体や発動機から兵器装甲まで軽量化するのは本末転倒か」

「まずは大馬力の発動機を造り、必要なら材料で軽量化を図る」

「機体もそうか。大口径、装甲に見合う機体」

「軽量化を疎かにすべきではありませんが、優先順位は不動です」

「たしかに、金属材料や冶金・加工技術は遅れている」

「その通りです、鮎川さん」

「ふぅぅむ。根深い問題だ」

「ですから」

「技術の平準化と系統的な開発体制の構築は正しい」

鮎川が結論を出す。



「あとの2つは何ですか?」

それまで黙って飲んでいた甘粕が口をはさむ。

「2つめは、自存性確保のための資源生産と加工技術」

「食糧と水産加工、それに・・」

「林業、鉱業はもちろん、医療と薬品も含みます」

「外国への依存度を減らすのだな」

「国民が生存できなければ、国は成立しません」

「食品と衛生の確保は、国として最低限の義務だ」

「「うんうん」」

「すると3つめは」

「輸出品の開発と生産です。技術や資源の輸入のために」

星野が深く首肯する。

「それが日昌丸か!」

秋の夜は長い。五人は語りながら、飲んだ。




同じ頃、賀屋蔵相と重光外相は、東京府某所の居酒屋で飲んでいた。

大本営政府連絡会議の最終日以来、二人は一緒に飲むようになった。


「奈々さん、いつものを頼む」

「はーい、ビールと塩辛と枝豆ですね」

「しかし、よくこの季節に枝豆があるな」

「営業機密ですよーん、だ」

「「あっはっは」」


乾杯だけビールで、次は熱燗だ。

「あれです。外相。存分にやってください」

「どういうことです?」

「戦争になっても予算は心配ありません」

「しかし蔵相。国策は」

「いや、そうじゃありません」

「と言われますと?」

「あれです。失敗したら戦争になる、では思うことも言えない」

「はい」

「ですから、そんな心配しないで、存分に交渉してくださいと」

「ああ」

「戦争になっても5年、6年は大丈夫です。そういう気構えで」

「そうか、背水の陣じゃないのですね」

「出るときは強気に出てくださいよ、とことん」

「なるほど」

「東條さんも豊田さんもいる。負けません」

「その気で行けと」

「そうです」

「よし。飲みましょう」

「はい。飲みましょう」

「「あっはっは」」

秋の夜は長い。




同じく、同じ頃。東京府、麻布飯倉、水交社本部。


2階の一室で、豊田海軍大臣は海軍人事の構想を練っていた。

(陸助は参謀本部だけでなく、陸軍省も刷新した)

今夜は日本酒である。ぐい。

(海軍も軍令部の人事は替えんといかんな)

(永野さんはやり過ぎた。山本さんもだ)


徳利が空く絶妙の頃合で、八重が入って来る。

「今夜はお一人ですのね、閣下」

「ああ、秋の酒は独り静かに飲むべし、だよ」

「閣下、立冬は過ぎましたですが?」

「暦はそうだが、実感は秋だろ?」

「そうですわ」

「立春は2月だが冬じゃないか」

「はいはい。どうぞ、おひとつ」

八重は酌をする。

「ありがとう。八重さん」

「うふふ」

八重は酒を取り替えると、出て行く。


「第一委員会の四人も煩い」

「岡田さんや米内さんも、そろそろ」

首相の陸助からは、親ソ派の粛正も頼まれていた。豊田とて否はない。

「やはり元帥宮さまか。う~ん」

「どういう段取りでいくかな」

豊田はぶつぶつ呟きながら、盃を重ねていた。


秋の夜は長い。




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