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LN東條戦記第2部「変革宰相」  作者: 異不丸
第3章 敵の亡ぶる夫迄は
30/53

3 用賀

昭和16年11月16日、日曜日。早朝。東京府、用賀、東條私邸。


山口志郎は、今朝は車で来た。

電車が物騒というより、東條首相の私邸までの検問を抜けるためである。昨日から、府内要所と要人邸周囲では厳戒態勢が敷かれている。

車は95式小型自動乗用車を4人乗りに拡張したもので、すなわち日本内燃機製のくろがね4起の改造実験車だ。


総力戦研究所高等班の最初の設計演習で採用された3つの改造案のうちの1つで、歩兵部隊に同行する通信車を想定していた。内燃機を水平対向型1500ccに換え、車体を伸ばして、無線機と発電機を積む車内空間を作る。無線機は通信距離10kmの九四式五号無線機で、附属の手廻し発電装置とは別に、内燃機と連結された発電機と蓄電池も搭載することになっていた。

通信兵の装備なので、制式化されれば「2式自走無線機弐型」となるか。


それまでのくろがね4起に比べて、車高が低くなり振動もかなり減らすことができた。ただし、新設計の車体外観は、量産化対応のために四角形と直線を多用している。丸いくろがねの印象は薄れて、もはや別の新型乗用車だ。それでは、目立つ。

今回、市街地での走行試験のために持ち出すにあたり、機密保持のために旧車体に近い偽装がされている。そのため、むしろ狭く窮屈になっていた。


車高に合わせて運転席も低く設置されたが、今は旧車体なので、背を伸ばさないと前方視界が悪い。小柄な運転兵は、時々、腰を浮かしながら口の中で何かつぶやいていた。

助手席の岩山伍長はまあ快適であるが、後席の志郎と清水少尉は体を寄せ合っていた。もともと、くろがね4起は、前席2、後席1の3人乗りである。

「なかなかうまくいかないものですね」

「まあね。車高は低く、地上高は高く」

「いえ、そうじゃなくて」

「え。車輪の大きさかい?」

「「・・・」」

95式小型自動乗用車改「自無弐」は、順調に検問を通過して、用賀の東條邸に滑り込んだ。



東條と志郎は、鍵をかけた書斎でデータ交換をして、進捗を確認する。

例によって、東條の画面には天気予報が表示される。


『晴れ d(^o^)』

「なに?」


「どうしました、東條さん」

「いや、晴れはないだろう」

「でも、順調に進んでいますよ」

「しかし、土肥原さんや田中の作戦は想定外だし」

「はい」

「海軍大臣の豊田大将の取り込みもまだだ」

「はい」

「曇りか雨じゃないのか?」

「ああ」

志郎は、コーヒーカップに口をつける。

「東條さん、重要なのは目的を達成することです」

「え?」

「自分の手順を実行することではありません」

「あっ」

「情報は蓄積され、結果は順調なのです。計画通りです」

「そうか」


「誰もが目的を掲げ、計画を立てる。計画は、目的達成の手段なのです」

「・・・」

「別の方法があれば、それを使っても良い」

「・・・」

「自分のやり方と違うとしても、妨害者や反対者とは限りません」

「ああ」

「東條さんの目的を果たすのが最重要であって」

「うん」

「東條さんが考えた手順や方法を、逐一実現することは二の次なのです」

「まいったなあ」

「誰もが、ここで判断を誤ります」

「なるほど」

「部下が工夫して売った5円より、自分の売り方での4円に固執する」

「うう」

「売り上げが1円伸びた事実を軽視すれば、部下はくさりますよ」

「士気は落ちるし、誰も付いてこなくなるか」

「組織の長がはまりやすい陥穽です」

「気をつけよう」



「明日、吾朗と吉田新大使がシアトルに着きます」

「いよいよ日米交渉、正念場だ」

「重光さんは?」

「松井閣下の報告電は外務省宛だ。特電もすべて教えている」

「仏印撤兵は?」

「やはり武藤をやることにした」

「むこうには岩畔さんもいますね」

「うん。その前に杉山さんの出番だ」

「ああ」

「田中も妙なところで人情家だな」

「はい。佐藤軍務課長もそうですね」

「あいつはただの熱血漢だろ」

「類は友を呼ぶ、といいます」

「志郎さん、それはないだろ」

「あっはっは」


「独逸の方ですが」

「うん。大島でいくことにした」

「やはり」

「いまさら、と重光さんがな」

「時間がありませんからね」

「駐独ドイツ大使に代わる人材はいないと」

「大島さんは、ヒ総統と直に会えますからね」

「それだよ」

「総統やナチス党幹部の信頼を得るには」

「数カ月では足りないさ、1年はかかる」

「それでは間に合わない」

「直接に手渡すのが要件だからね」

「大島大使でも二人きりは困難でしょう」

「なに、責任はとってもらうさ」

「・・・」


「その後の日独間の連絡だが」

「今回と違って嵩が必要ですね」

「商船は臨検に遭う。軍艦は開戦の事由にされる」

「潜水艦ですか」

「豊田海相に聞いてみた。その、北極回りをね」

「はい」

「現状装備では無理だと」

「では」

「3500トン級の大型潜水艦を新造すれば可能だそうだ」

「あいかわらずですね」

「まったく」

「すると、やはり」

「ああ。吾朗君の線か」

「もしくは、甘粕さんの線ですね」

「あれはどうなのかな」

「運貨筒はだめでしょう」

「曳航する当の商船が臨検されるからな」

「英米の音波探信儀はあなどれません」

「ゆ号もだめかね」

「研究は続けています。に号かぼ号でしょうね」

「・・・」



一段落した二人は、煙草に火を点ける。

「甘粕さんが、昨晩、みえられました」

志郎が昨晩のことを話すと、東條も心当たりがあった。

「阿片の件だな」

「はい」

「興安軍官学校からも出動させたという」

「すると」

「うむ、なかなか大掛かりになって来た」

「土肥原さんの三分の計ですね」

「しかし、満洲皇帝をどうやって動かすのか?」

「土肥原さんは溥儀皇帝が苦手で、直接は会えない」

「溥儀皇帝は家庭教師のジョンストンの洗脳を受けているしな」

「餅は餅屋といいますから」

「目的には沿っている。わかっているよ」

「はい」


「甘粕さんが、心配です」

「そうか」

「ちょっと負担が大きいのでは?」

「しかし、それをいえば吾朗君もそうだが」

「吾朗はいいです。ああいう子ですから」

「いいだろう。君の息子さんだ」

「東條さん、時間は?」

「ああ、今日は所信演説だったな」

「お願いします」

「なあに、うまくやるさ」


東條は立ち上がる。

「甘粕のことはカツに言っておく」

「はい」

「昼前には、ここに来るだろう」

「よろしくお願いします」

「志郎さん、今晩はどうだ」

「そう、ですね」

「3時にはもどれると思う」

「はい、そうしましょう」

「そうか、ありがとう」




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