序 大将宮
昭和16年11月。東久邇大将宮は、防衛総司令官に親補された。
防衛総司令官は、山田乙三大将が教育総監と共に兼任していたのだが、退任し予備役に入るという。
ここ数ヶ月、東久邇宮は近衛公爵と組んで、日支和平に関してお上に上奏していた。頭山満と蒋介石の巨頭会談の画策もした。だから、防衛総司令官の打診があった時も、それらが東條陸相に嫌われて、名ばかりの総軍司令官へまつりあげられるのだと思った。しかし、木戸内府によると違うらしい。東條は、首相就任後は和平に邁進していると言う。たしかに、新国策は和平に決した。わずか10日あまりの電光石火だ。東久邇宮は東條を見直した。それで話を聞く気になった。
まさに雀躍してやって来た東條は、冒頭から大風呂敷を広げた。2000機の航空機を預ってほしいという。
(馬鹿を言え、法螺を吹くにも限度がある)
東久邇宮は航空本部長をやったことがある。今、陸軍の航空機は複葉の練習機を入れて、やっと1000機を超えたぐらいだ。だいたい、防衛「総」司令官といっても、名目上、本土四方面軍の上級司令部というだけだ。関東軍や支那派遣軍と違って作戦軍ではなく、直轄部隊を持たない。総軍の実体はないはずだ。
にやにやと笑う大将宮に気づきもせず、東條はメモ帳を見ながら話し続ける。
「殿下。昨年の英国本土防空戦では、防衛側の英戦闘機は1000機でした」
「ほう」
「対する独逸の爆撃機は2000機」
「ふむ」
「帝国の海岸線は長い。ドーバー海峡だけの英独戦より多くが必要です」
「なるほど」
「南西は台湾沖縄の縦深がありますが、東日本はそのまま海岸線」
東條は生真面目に話し続ける。少しは、つきあってやるか。
「北は、千島北海道は縦深となるか?」
「そ、そうです。帝国は、中部から関東東北が弱点かと」
「帝国の人口密集地も主要工業地帯も太平洋側だな」
「そ、そうなのです」
「しかし、最寄の島嶼はない。米英には長距離渡洋爆撃機があるのか?」
「B17という長距離爆撃機が実戦配備されました」
「ほう。で、どこから来る?」
「B17の次期爆撃機は、航続6000km」
「え?」
「加えて、米最新空母は100機搭載可能とのこと」
「6隻で600機だな」
「空母は動けます。米軍は攻撃場所を選べるのです」
「「・・・」」
「それで2000機か」
「はい。詳細は参本の作戦課から航空担当をよこしますが」
大将宮は法螺話に倦んできた。いずれにせよ軍命だ。
「わかった。引き受ける」
「早速、ありがたい」
東條を見送って、大将宮は思った。
(ま、いい。直轄の飛行隊が付くというのなら、司令部偵察機で遊覧飛行でもやってやるさ)
着任の翌日、参謀本部作戦課から航空参謀が来た。加藤建夫少佐である。
東久邇大将宮は驚いた。加藤は支那事変のエースである。大将宮が航空本部長であった時、加藤大尉は飛行第2大隊第1中隊長であった。覚えている、部隊感状が出ているのだ。その後、航空本部員として欧米視察にも行っている。
「加藤か!」
「はっ、殿下。ご無沙汰しておりますっ」
「そうか、参本にいるのか」
「はっ、殿下。本日は防衛総軍の作戦と編制のご相談に参りました」
「待て。参謀長を呼ぶ」
防衛総参謀長の河辺虎四郎中将は砲兵出身だったが、ここ数年は航空畑の勤務だ。
「陸軍大臣は2000機と言われたが?」
「はっ。正しくは実働500機、保有1000機です」
「ほれ見ろ・・、え?」
「これは第1期の本土配備です。第2期は千島樺太、沖縄台湾を入れて、倍の2000機」
「「・・・」」
「第3期は、敵根拠地ないし空母攻撃用の爆撃機が加わりますので、5000機を超えるかと」
「「まさか!」」
「不足ですか?」
((とんでもない))
「参本では全陸軍で、実働機10000を目指しております」
「「い、いちまん!?」」
「足りませんか!」
((ぷるぷる))
加藤建夫は熱血漢であり、現役のエースだ。つまり、戦闘機に乗って敵機を撃墜したことがある、それも十数機。加藤は、エンジンや翼など機体ではなく、操縦士を狙撃して落とすらしい。対する大将宮も河辺も、航空兵ではないし狙撃兵でもない。
正直言って、加藤の目が怖い。
「ごほん。たしかに計画の1万機実働には数年かかります」
「「ほっ」」
「ですが、帝国空軍の設立には2万の実働機が必要なのです!」
「「え。く、くうぐん!?」」
「あれ?」
「「「・・・」」」
「えと、防衛総司令部の隷下には、北部軍、東部軍、中部軍、西部軍の軍管区と同じく4個防衛司令部」
「「ふうん」」
「各防衛司令部には隷下部隊として、1個飛行連隊。2個飛行場、2個予備飛行場、2個不時着場」
「「ええ」」
「さらに、1個航空補給廠、1個自動車化歩兵連隊、1個船舶機動大隊」
「「なんと」」
「えー、続いて、1個高射砲連隊、2個復旧工兵大隊、が付属します」
「「はあ」」
「総軍直轄は別です」
大将宮と河辺は、しばらくの間、頭の中で加藤の言葉を反芻した。
「「え~と」」
「?」
「人はいるのか?」
「は。航空兵ですか?」
「今聞いた規模だと、総軍司令部だけで100人では足りない」
「たしかに。加藤参謀、人事はどうなっておる?」
「連隊長と大隊長まではなんとか」
そう言って、加藤は書類を指し出す。河辺は、引っ手繰ると、ばっばっと捲って目を通す。
「これには、通信・兵站・主計の参謀が載っておらん!」
「はあ。それは総司令部のお役目かと?」
「加藤参謀、それでは・・・」
ゆったり話し出す大将宮だったが、河辺総参謀長がそれを許さない。
「総軍司令官!」
「ひっ!」
「失礼、総司令官宮殿下。本官はこれから参謀を物色に廻って来ます!」
「お、おぅ」
「殿下、予算を聞いておいて下さい!」
「は、はい!」
だだっと、河辺総参謀長は駆け出して行った。
ばたん。
「「・・・」」
大将宮は、ゆっくりと息を吐いた。
「加藤参謀」
「はっ」
「話を聞こう。お茶を飲め」
「はあ」
一通り参謀本部の考える防衛総軍を語ると、最後に加藤参謀は言った。
「総長は2ヶ月後に防空兵棋演習をお望みです」
「えっ?」
「「・・・」」
「エンジンの音、GO!GO!であります」
最敬礼をして、加藤隼戦闘隊長は去っていった。
「お望みって言われてもなあ」
大将宮は、机の上の書類を読み直してみる。
「えと。第1期は、各防衛司令部に1個飛行連隊、か」
「1個飛行連隊は2個飛行大隊。いいだろう」
「1個飛行大隊は、迎撃2個飛行中隊を基幹とする。なるほど」
「迎撃1個飛行中隊は4個小隊。ふんふん」
「1個小隊は、小隊長の2式複座戦闘機1機に、2式単座戦闘機4機の合計5機編制。え」
「2式?」