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LN東條戦記第2部「変革宰相」  作者: 異不丸
第2章 外はすなわち国交を親善にし
18/53

3 求職100万人

昭和16年11月11日、火曜日。午後。東京府、陸軍省。


陸軍省参謀本部連絡会議。

陸軍省から、東條陸相、中村次官、栗林軍務局長。

参謀本部からは、多田総長、本間次長、宮崎作戦部長。

本日の議題は、撤兵作戦案とその後の縮軍である。


「大方針は、三長官会議の決定のとおりです」

「仏印撤兵の開始は、日米交渉と絡んでいます」

「吉田新大使着任のあと、11月末までには開始しよう」

「支那撤兵は、もう少し後で、おおよそ12月中か末」

「よかろう」

「関東軍は、一時20個師を超えるな」

「3個師の予算は満洲国から確保したい」

「本命は、防衛総司令部の航空増強か」

「内地師団6個に師団扱いの防衛司令部4個」

「飛行連隊と付属連隊で12個連隊」

「防衛総軍だけで、将官を10人、佐官80人を吸収できるか」

「いや、予備飛行場大隊や復旧工兵大隊もあります」

「佐官100人は大丈夫でしょう」

「次に、乙師団改編の南方連隊3個と島嶼連隊3個」

「戦時は師団昇格が前提です」

「なんとか整理予定の佐官の半分は吸収できそうだ」

「額田も一息つけるでしょう」

何といっても、まずは人事である。陸軍改革の成否は、将校の処遇如何によるのだ。



「予算は大丈夫なのか。縮軍と言うほど減るとは思えんが」

「閣僚も枢密院も、納得を得ています」

「金をやるから大人しくしろ、か」

「その、陸軍が叛乱すると、本気で思ってたんですか?」

「「「ごほんごほん」」」

「ああ、すみません」

「ここだけの話、文官らには」

「軍人にとっての優諚の重さがわからんのだ」

「なるほど」

「ま、跳ね返りは何人かいるだろうが」

「そこは、兵務局長も憲兵司令も配備している」

「その話はここまでにしておこう」

「気が滅入る」

「「「うんうん」」」


「おおよそ予算の3割がた減額か」

「兵隊を減らせば、給与は些少ですが、糧食その他の方が大きい」

「それにしても海軍のやり方は気に喰わん」

「陸軍が身を切って縮軍なのに、海軍は戦艦を2隻新造か」

「ここぞとばかりに」

「ほかにも海防艦を50隻新造です」

「「「ち、ちくしょーっ」」」

「ま、それはそれ。発動機やほかにも譲歩は得ています」

「それは、南満洲油田と引き換えだろう」

「まあまあ、総長」

「空軍が完整したら、思い知らせてやる」

(米内め!)という言葉は飲み込んだ。

「1年の辛抱です」

「「「うんうん」」」

人事と予算が終わって、それから戦略だ。

話の順序は逆だろうが、陸軍軍人も官僚であれば、これは仕方がない。



本土防衛の戦略と作戦、つまり敵軍上陸への対応は、水際で殲滅するものと縦深に引き込んでからの反撃がある。しかし、帝国陸軍でも、水際防御か深層防御のどちらが良策か、いまだに定見には至っていない。防御する一帯の地形、防衛核心までの距離、敵味方の投入可能な戦力など、検討する事項は多い。


これまで、帝国陸軍は、防衛線を外に出すことで解決して来た。蛍の光の歌詞のとおりだ。西日本の防衛線は、朝鮮から満洲へと。北は、千島・樺太へと。そして、南は、沖縄から台湾へと、いずれも本土の外へ、外へと広げてきた。しかし、外へ出る分だけ兵站の負担は増えるし、すべてが海上輸送となってしまう。海軍が拡大する根拠となるのだ。


一方で、東北・関東・東海の太平洋側海岸線は、要塞砲を数基増設しただけで、ほとんどは開国時のままなのだ。支那撤兵、満洲国内面指導の撤廃、朝鮮分離などが具体化してくれば、帝国の防衛線は、すなわち本土海岸線となってしまう。本土防衛の戦略と作戦の策定は急務であった。


陸軍は、まずは本土防衛の主力を航空戦力におき、防衛総司令部に任せることにした。太平洋側海岸線に対しては、暫定的に南方連隊と島嶼連隊とで、逆上陸能力と海上機動力を確保しておく。それから、机上演習を繰り返して、水際防御か深層防御のどちらを採用するかを決定しようと考えていた。



「防衛総軍と空軍はわかりますが」

「南方連隊と島嶼連隊のねらいは?」

「それは」

「やはり、米英は黙っとらんか」

「外務省は楽観してますが、そうは思えないのです」

「ふむ。支那撤兵でも妥結せんのか、米国は」

「いや、そこは妥結するでしょう」

「すると、独逸の敗北後か」

「まさかソ連とは組めません」

「三国同盟離脱だ。いまさら国際信義もあるまい」

「米ソが割れれば、敵の敵は味方かも」

「軍事的には、日ソ同盟は選択肢の1つ」

「「「ほほーっ」」」


「ですが、その後が怖い」

「帝国の共産化か」

「今現在でも、非常に親和性が高いのです」

「統制経済とか、新官僚とか、大政翼賛会とか」

「「「うんうん」」」

「正直、日本の社会が崩壊します」

「國體が?まさか」

「10年20年ではありません。100年200年では?」

「「「・・・」」」

「当面、目指すのは日米交渉、日米妥結ですが」

「100年先を考えれば、日英同盟か日米同盟です」

「「「ふ~む」」」


「よかろう。国体あっての帝国、帝国あっての陸軍だ」

「「「うんうん」」」

「それであの騒ぎなのだな」

「はて?」

「ふふふ、外国諜報団だよ」

「ぞる、いや、らむぜい」

「陸軍もだが、海軍にも入り込んでいるだろうな」

「聞くところによると、海軍将官にはソ連贔屓が多いと」

「米内め!」ついに口に出してしまった。米内光政は、在ソ駐在武官だったのだ。

「「「むむむ」」」



「大佐と下士官は、できるだけ残すとしても」

「中佐以下の将校と兵隊はどうするのだ」

「兵だけでもすごい数になるぞ」

「はい。現在が50個師団強で、およそ200万名」

「半減といえば、100万人が復員します」

「内務省はびくびくものだろう」

「武器の扱いに慣れた者が100万人も失業するのだ」

「実際、支那派遣軍の将兵が中心だから」

「つい先日まで戦闘しておった者たちだ」

「中共相手の治安戦をやっていた部隊は凄いぞ」

「戦争でなければ、犯罪者の集団ですから」

「「「ごほんごほん」」」

「求職百万人、殺傷歴あり!」

「「「ごほんごほん、ごほんっ」」」

「一度に全員ではないとはいえ」

「1ヶ月で数万人です」

「いや、むしろ10万に近い」

「「「う~む」」」


「兵務局長が、商工省や内務省地方局と精力的に折衝しています」

「田中少将が?」

「あれは頭はいい」

「たしかに、砲兵出身だから数学は得意だろうが」

「100万の再就職は引き受けるそうです」

「次官、大丈夫ですか?」

「いいんだよな、軍務局長」

「はい、人事局長と一緒に聞き取りしました」

「省部会議が1日遅れたのは、そのためです」

「ほう。それで?」

「北海道経由でクールダウンするそうです」

「「「く、クールダウン?!」」」

「確かに、北海道は寒い」

「頭を冷やすにはいい場所だろうが」

「待て。田中は、むかし縦深砲撃とか言ってなかったか?」

「ああ。覚えている。奥行数十kmに亘る一斉砲撃だな」

「いやな予感がする」

「「「まさか」」」



その頃、当の田中隆吉兵務局長は、内務省や商工省の官僚たちとやり合っていた。

陸軍省の戦備課長や軍事課長も同席している。実は、陸軍省内で、兵務局と整備局の所掌の線引きは明確ではない。今回の件も、軍紀、兵団根拠地の整備、動員と解除、それらすべてに関連しており、難しいところではあった。もちろん、陸軍大臣や教育総監と深い田中少将に遠慮して、出席は課長にしておく。


「一旦、戦地の頭と体の本能的反応を冷却し、穏やかにする」

「よろしいでしょう」

「その後に、農家なら実家、工員なら元の職場に戻す」

「他にも、商工省が、職歴・経験で、類似職場を確保します」

「売れ残った兵は、希望者を募り、開拓大隊か建設大隊を編成する」

「屯田兵から成った第7師団の例ですね」

「うむ。任地は、まず北海道だが、長野や新潟も」

「はい。商工省でお願いしている新幹地ですね」

「ただし、一回は全員を帰省させるぞ」

「問題ありません」

「そうか」


「それで、その過激反射去勢処置ですが」

「なにぃ!陸軍将兵を牛馬扱いするのか!」

「あ、すみません。地方局に研究者がおりまして」

「学術用語だそうです。すみません」

「本能的反応冷却期間だ。ばかもん!」

「失礼しました。それで効果のほどは?」

「わからん。なにせ、初めてのことだ」

「「えええ?」」

「内務省は、兵隊の玉を抜けというのか?」

「いえいえ、とんでもない。誤解があったら謝ります」

「ふん!」

「彼らは、支那戦線でお国の為に戦った英雄なのです」

「もちろん、承知していますし、尊敬も」

「牛馬犬猫の調教とは違う。卒業試験もできんぞ」

「そこですが、就職先の適性試験としてはどうでしょう?」

「「・・・」」

「なるほど」

「えへへ」


会議に参加している全員が承知しているのは、これから内地は労働者不足に陥るということだ。それは、朝鮮人150万人の送還が、既定となったからだ。

自由経済への回帰という別の難題も抱えている商工省官僚にとって、100万人の復員は朗報である。できれば、開拓大隊や建設大隊も潰して、復員兵全員を鉱工業へ投入したい。


内務省は、治安問題も主管している。昨日まで敵兵と殺し合っていた兵隊を、そのまま受け入れるのには抵抗があった。光明は一つ、彼らが日本人であり、内地は彼らの故郷であるということだ。十分に理解している。見も知らぬ密航の朝鮮人とは違う。

明治以来の帝国の情操・道徳教育の成果が、今、試されようとしていた。



「問題は待遇です」

「ええ?」

「給与を特別扱いしろとは言わない」

「ほっ」

「しかし、タコ部屋の類はご免である」

「「あああ」」

「本邦に、タコ部屋はありません」

「ふん、何を言うか。タコ部屋でなければ、ノミ倉でも納屋でもよい」

「ご存知で」

「お国の為に戦った英雄だぞ」

「配慮します。しかし、産業界にも損益や予算がありまして」

「そのための統制会ではないのか」

「あ、いや、その」


「帝国臣民として教育を受けて、兵役に就いた」

「あ」

「残る1つの納税義務を果たすには、職に就かねばならぬ」

「はい」

「彼ら兵隊に、帝国臣民の3大義務を全うさせたい」

「うっ」

「炭鉱、鉱山、土木。沖仲仕や荷役でもいい」

「うう」

「待遇だけは、改善してくれ。このとおりだ」

「「はいっ!」」



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