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LN東條戦記第2部「変革宰相」  作者: 異不丸
第2章 外はすなわち国交を親善にし
16/53

1 用賀

昭和16年11月9日、日曜日。東京府、用賀、東條私邸。


東條首相は、毎週末の日曜日は用賀の自邸で休養となっている。

といっても、休める筈がない。今は小康を保っているが、帝国は対米英開戦の瀬戸際まで来ていたのだ。毎週の日曜日は、私邸で、

 朝一番で、山口親子と進捗確認。

 それから、閣僚の誰かを招いて懇談。

 午後は、政財界の要人と懸案を密談。

 夜は、満洲組で飲む。たまにゲストも入る。

不本意ではあるが、そういう風になっていた。否も応もない。東條も家族も、ご奉公である。



朝8時前、訪れた山口志郎を書斎に通すと、東條は窓掛けと施錠を確認する。

USBでお互いの情報を交換し、進捗を共有する。交換したデータは、二人の持つノートPC内の志郎謹製プログラムによって、読み取り・書き換え・処理・レポートが行われる。

二人は、レポートに表示されたコードを読み上げて、一致するかどうかを確認する。


「pc98好ll428オン・・・」

「・・・428オンwk773ll茶」

「一致しました。次に吾朗の暗号通信です」

「いいぞ」

「○○×△□○凹」

「○○×△□○凹。入れた」


出張中の吾朗の通信量は限定されるので、暗号に向くように略式化されていた。

それから二人は、それぞれの定型処理を行って、現在の進捗を確認する。画面は、東條の希望があって、数値やグラフだけでなく、テキストも表示されていた。



『晴れ、時々曇り (^_^;』

「「・・・」」



「まあ、順調かな。先週よりは平均してきた」

「そうですね、海軍特務の情報が大きかったです」

「国内の進捗は良好だが、国外がな」

「外交や海外は、目盛間隔が大きいですから」

「仕方がないな。海外の世論や動向は、国内ほど読み切れない」

「将来もそうでしょう。国内と同じ密度の情報収集は不可能です」

「志郎さん、不可能ではないでしょう。コストが合わないだけだ」

「あはは、一本とられましたね」


二人は、コーヒーを啜り、煙草を吸いながら、話を続ける。

昨日の夜、八重が報告して来た情報が話題の中心となった。


「水交社が海軍特務の本拠だったとは」

「海軍の予備役軍人が主体なら、わからんわけだ」

「逓信相の寺島健中将も、もう一度・・」

「うむ」

「後任の堀悌吉予備役中将がそうだったら、厄介ですね」

「彼は切れ者だ。梅津さんや小畑さんより上かもな」

「浦賀船渠は洗い直しましょう」

「株主や資本金の出処も含めてな」

「商工省からですね」


東條と志郎があちらで今回の準備を始めた時、最も困難だったのは帝国海軍に関する情報だった。ほかの国内の政治・経済・陸軍の情報は、公開資料が一定の幅で手に入った。確度や品質も、情報ソースに応じて安定していた。東條の記憶から、政府や陸軍に関しては、掘り下げることも出来た。海外の情報は、公開情報だけで十分なほどであった。


帝国海軍に関する情報は、艦艇や兵器については詳細すぎるほどの情報があふれていた。敗戦したとはいえ、ここまで公開されていいのかと思ったほどである。敗戦が確定した時に、試作機や設計資料を焼き払った陸軍とは正逆であった。むしろ、米国が日本海軍の情報隠蔽に尽力した。機密情報がソ連に流れないように、だ。


しかし、作戦や戦闘に関する情報は十分残されていなかった。戦闘記録はあったが、後で手を加えられた証跡があった。作戦に関しては、その立案経過や採用判定などが立案者・査定者も含めて判明しない。海軍軍人の言行もそうだった。前線で戦った将兵の証言はあるのだが、断片的で連結できない。最も重要な将官の証言が異常に少なかった。組織的な工作、情報の隠蔽や改変・削除が行われたふしがある。


志郎が考えたのは、海軍独自の防諜機関の存在である。それも、外からの諜報を防ぐのが目的ではなく、内からの漏洩・漏出を防ぐ。そのためには、海軍軍政や官衙の頂点から最前線の末端指揮官までを抑えることが出来る。相当に強力で緻密な組織でなければならない。設立の動機は、疑獄事件と軍縮交渉だろう。


「逓信省の所管改編はどうしますか?」

「鉄道省と合わせるのは簡単だが、通信の方がね」

「内務省だけでなく情報局や外務省もからみますね」

「総研の案を星野さんにあずけてある」

「わかりました。いずれにせよ」

「海軍に関しては吾朗君待ちだ」

「吾朗の帰国までに私たちがやれることは少ない」

「そうだ。今の収集体制でいいだろう」

「吾朗は、米国での海軍特務も見て判断したいそうです」

「それが最善だろう。はたして内向きなのか、外向きなのか」


「では、しばらく、八重は他に回します」

「売れっ子になるのも痛し痒しか」

「建白会の参加者洗脳に回しますよ」

「ああ、禄雄と菜々では足りんだろう」

「なにせ、百人近いですから」

「ほんとにあれでいいのかな?」

「星野さんや中野さんも賛成されました」

「そうなのだが。土肥原さんも突飛なことを」

「いいと思いますよ。土肥原さんの存在は心強い」

「洗脳が解けているそうだが、まさか1つじゃあるまい」

「1層目は解けていた方が、却っていいそうです」

「ふうん」

「2層目、3層目は吾朗しかわからないでしょうね」



東條は、画面を見ながら、総研高等班の状況を聞く。志郎が答える。

総力戦研究所高等班の10人は、すでに帝国の要件定義と基本設計を終わり、それぞれの設計書を交換し合っての机上演習に入っていた。


「星野さんが言ってたよ。人の一生を数値化するのはどうなのかと」

「はい。班員も大なり小なり疑問を持っていました」

「過去形かね。今は納得しているのか」

「任務ですからね。本分を尽くすには、滅私が必要です」

「それはそうだ。重光さんも言っていたよ」

「はい」

「職業外交官には、日本式でなく欧米式の思考が求められる」

「外交官もそうですね」

「それができない者は、結局は帝国のために尽くすことができない」

「滅私とは、我慢や質素のことではないのです」

「うむ。武士の情けなどを唱える輩は、高級将校には不要だ」

「そうです。公務員たるもの、任務に私情を反映してはいけない」

「それが臣だな」

「それで、班員に言いました」

「ほう、なんと」

「数値化に人情をこめたいのであれば、工夫しなさいと」

「なるほど」


迂遠で煩雑だろうが、やろうと思えば、工夫ができないことはない。人情を、「選択肢の多様さ」とするか、「数値のブレ幅」とするか、それが班員の本分である。

非情だと否定すれば、国民のモデル化は出来ず、国家のグランドデザインも完成しない。収入の多寡だけで幸福にはなれないと思うのならば、職業選択を要件に取り込むべきなのだ。


「高文も見直すべきかな?」

「任務ごとですから、採用後・入省後の研修が本筋でしょう」

「たしかに省ごとに任務は違うが、共通部分もあるだろう」

「帝大に講座をつくるのはいいでしょうね」

「陸大や海大もな」

「安達中将は、すでに思案されてるでしょう」

「そう、だな」

「むしろ、内大、蔵大とか」

「内務大学に大蔵大学か、これはまいった」

「「あっはっは」」



日支交渉全権の松井石根陸軍大将は、今日、重慶に入る。

「いよいよ日支交渉開始ですね」

「ああ」

「お言葉があったとか」

「やれやれ、長い耳だな。あったよ」

「では」

「あのように賜れば、閣下も必死だろう」

「陛下も」

「うむ。畏れ多いことだ」



今週の予定を確かめると、志郎は立ちあがった。東條が玄関まで見送りに出る。

「そうだ、東條さん」

「ん?」

「萱場製作所から新式義足が完成したと」

「ちょうどいい。これから重光さんが来るし、午後は中野さんだ」

「はい。数日中に届けられるとお伝えください」

「よし、わかった。喜ぶぞ!」



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