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LN東條戦記第2部「変革宰相」  作者: 異不丸
第1章 内はすなわち教化を醇厚にし
11/53

8 現役復帰


昭和16年11月7日金曜日、陸軍参謀本部。


参謀総長が杉山大将から多田大将へ、次長が塚田中将から本間中将へ交代した。

多田駿大将は、9月から予備役に編入されていたが、今回、現役復帰の上で、参謀総長に親補された。軍政の陸軍大臣・海軍大臣と違って、軍令補翼の参謀総長や軍令部総長は現役武官のしばりはなく、予備役招集でもかまわない。まず現役に復帰させるというのは異例である。



多田が東條首相と会談したのは先週だった。

東條と多田の関係は4年前の一件から良好ではない。今年7月に大将就任と同時に、北支那方面軍司令官から軍事参議官になった。それが2か月後の9月には予備役編入となった。陸軍大臣の東條の仕業に違いない。予備役に追い込んでおいて、いまさら話があるとは面白くないが、土肥原大将のたっての頼みである。会うだけは会うことにした。


「曲げてお願いがあります。国策についてはお聞き及びのとおりです」

「土肥原大将からそれは聞いた」

「ここは陸軍も和平策同調であることを、人事で示さねばなりません」

「話だけは聞こう」

「杉山大将と山田大将が退任の意向です。多田大将には参謀総長をお願いしたい」

さすがに多田も驚く。

「私に参謀総長か、それは思い切ったものだ。東條、変わったな」

「ご承知の通り、陸軍一の変節漢と呼ばれています」

「わかった。確かに、国策再検討において日米開戦を阻止した。それは認める」

「はい。これから仏印・支那からの撤兵を始めます」

「それは止むを得ん。しかし」

「はい。それだけでは陸軍も国民も変わりません。勝手な理屈をつけて、夜郎自大が蔓延るでしょう」

「ほう、これは手厳しい」

「考えてもください。支那撤兵ともなれば、今200万いる兵を半減せねばなりません」

「ふむ、すべてを関東軍への増援とはいかぬか」

「いずれ臨時軍事費特別会計も閉じます。いまいる陸軍将校を整理せねばならぬのです」


多田は、興味を覚えた。今の現役将校は、過半が予備役になるだろう。そして、今の予備役が退役となる。予備役の多田にとって他人事ではない。陸軍にとっては、支那撤兵や日米不戦より大問題だ。さぞかし、陸相は恨まれるだろう。

「それは大変な難儀になるな」

「私はこれを陸軍変革の機会にしたいと思っている」

「ほう」

多田にとって、久し振りに話す東條の考えは新鮮なものだった。こいつは、大化けしたのかも知れん。


「どうも納得がいかん。参謀総長なら梅津がいるだろう。梅津の方が適役だし、大臣との仲も悪くはないと思うが」

「それでは、信賞必罰とはならんのです」

「信賞必罰とは?」

「今回は強硬派・積極派を主に整理します。穏健派・和平派が陸軍主流になったと明確に示さねばなりませぬ。どう繕っても支那事変は負け。であれば、支那事変積極派は懲します」

「穏やかではないな。事変積極派といえば、大臣も含めて陸軍のほぼ全員ではないのか?」

「そこです。正確には、近衛一次内閣でトラウトマン工作を潰した者を標的にします」

「なに!」


トラウトマン工作時の参謀次長が多田であった。一時ではあるが、多田次長は、陸軍をトラウトマン仲介の和平にまとめあげたのだった。しかし近衛首相と海軍大臣の反対で潰された。帷幕上奏も阻止された。

米内め。今日の帝国の苦境を思うと、多田は今でも忸怩たる思いがある。


「支那撤兵で、ソ連は帝国が弱気と誤解するかもしれません。そのようにさせる動きが内外で起きるでしょう。梅津閣下には不動を守ってもらいたいのです。関東軍をまとめてもらわないといかんのです」

多田は、ようやく東條の考えが理解できたように思えた。いまや、東條総理は、名の通り、陸軍だけでなく、帝国全体の去就を見つめているようだ。器が中の人を作るのか。


「多田大将には現役に復帰していただきます」

「なに。召集ではないのか!」

「現役大将として参謀総長に親補です」

「ふぅむ」

そもそも予備役から現役復帰は異例である。過去に例があったか?

「本気はわかった。すこし考えさせてくれ」

「ありがたい。お願いします。それから」

「それから?」

「次長には陸士19期の本間雅晴中将を予定しておりますが、合わせて検討願いたい」

本間中将は、現参謀次長の塚田中将と同期である。

「わかった。数日中に返事する」



結局、多田は参謀総長を引き受けることにした。

今、参謀総長室にいて、参謀次長の本間中将の申告を受けている。

「よろしく頼むよ」

「はっ。身の引き締まる思いです」


多田駿が参謀次長を務めたのは昭和12年8月から昭和13年12月。ほぼ同じ頃、本間雅晴も参謀本部第二部長(情報部長)を務めている。当時のトラウトマン工作の前準備には本間も関わっていた。


「閣下。現役復帰とはご祝着です」

「ふん。縮軍のおりに現役復帰となれば、東條追従のそしりは逃れまい」

「なにを仰る」

「言いたい奴には言わせておくさ」

「現役復帰ならば、容易に更迭はありません」

「そうだったな」

「ですから、ご祝着です」

「ありがとう」

「閣下、部内はぴりぴりしております」

「本間、どう思う?」


参謀本部内、特に第一部(作戦部)では思い切った人事が進行中であった。田中作戦部長をはじめ、服部作戦課長、辻班長など、主戦派・開戦派は更迭された。早々に予備役入りではないかと噂されている。代わりに、宮崎繁三郎少将や八原博通中佐などが着任中である。


「北、ですか?」

「北なら、梅津がここにいるだろう」

「では、やはり」

「今回のことで、和戦の決定は政府に移ったようだ」

「それはよろしいかと」

「ならば、粛々と進めようではないか、撤兵を」

「はい。月曜は省部会議です」

「うむ。軍務局の草案を精査してくれ」

「異例ですね」

「作戦参謀が総入れ替えとなれば、已むを得ん」

「陸軍省も相当動いております」

「冨永人事局長が首だ。武藤軍務局長も出て、後任は栗林らしい」

「田中兵務局長は変わらず」

「佐藤軍務課長もそのまま。わからん」

「木村次官も出て、後には中村明人が」

「中村は憲兵隊司令官からだから、これはわかる」

「ああ」

「山下が陸相になった時の抑えだな」



撤兵作戦の担当部署、第一部では宮崎少将が、部員を前に訓示を行っていた。

「よいか。外交中であるので、軍機であるが」

「しかし、交渉がなれば、即日、兵を帰す」

「言わずもがな、諸君の大半が前線から着任した」

「前線の兵がどんな思いでいるか、よく知っている」

「つまらん意地で遅らせてどうする!」

「一日でも早く、兵が故郷の地を踏めるように」

「心して任務にあたれ。かかれ!」



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[一言] 米内は日本の膿。近衛も
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