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回復役(ヒーラー)なんぞやってられるか!  作者: こしひかり
【第一章】回復役(ヒーラー)、引退します。
4/50

踏破者の実力

背筋が凍る。

両足はガクガクと震えだし止まらない。

なんでこんな草原に体長2mの熊がいるんだよ!?そんな敵が出るなんて聞いたこと―――。


「グォォォォ!!」


こっちのことなどお構い無しで熊は前足を高々と掲げると、俺に向かって振り下ろす。

こういうのを走馬灯っていうんだっけか?熊の動きがやけに遅く見える。ゆっくり、ゆっくりとコマ送りのように。




……あれ?これもしかして避けるんじゃね?


まだ震えている両足をなんとか踏ん張らせ、思いきって俺は後方へと飛び退く。

イメージ的には軽くこう…ピョンって感じ。


「へ?」


だったんだが―――。


「うぉぉぉ!?」


ギュンっと風を切る音と共に俺の体はもの凄い速度で移動する。

それはあまりにも想定外の勢い。勿論着地が上手くいくはずもなく尻餅をつく。


「いってぇぇ……えぇぇ!?」


さっきから変な声しかあげてない。知らない人が見たら奇人変人扱いされそうだ。

でも仕方ないだろ?

なにせ先程まで目と鼻の先にいたはずの熊との距離が5メートルも離れているのだから。


「おいおい…どうなってんだよ俺の体…。」


運動神経は悪いほうではない。だからといって、飛び抜けて超人というわけでもない。ごくごく普通の一般人だ。

そんな俺にこんな動き出来るわけ――。


「………そうだった。」


そうだ。そうだよ椎名優樹24歳独身!今のお前はユキじゃないか!

千年(サウザンド)記憶(メモリー)】のサービス開始からのベテランで数々の強敵をほふり、ついには偽りの塔すら踏破した歴戦の戦士じゃないか!

……厳密には回復役(ヒーラー)だけど。


うん。なんかやれる気がしてきたぞ。

優樹、勇気100倍ですってね!


……

………


ま、まぁそんなわけで目の前にいる敵の熊を睨みつける。熊の方は自身の攻撃が空振りしたことが余程悔しかったのだろう。

こっち目掛けて猛スピードで突っ込んでくる。

だが残念だったな熊よ。もう私はさっきまでの私とは違うのだ!


意識を集中させる。


すると、先程の走馬灯と同じで熊の動きがスローモーションになる。

いや、違うな。敵が遅くなっているんじゃない。

"俺が速くなっている"!


【神速術】


ユキが覚えている補助スキルの1つ。

ゲームにおいて、このスキルは使用することにより術者の詠唱速度を一定時間3倍に引き上げる効果がある。

つまり今のお前は赤い角付きと同じなのだ。


熊はまだまだこちらに辿り着く様子はない。とならばやることはただ1つ!

戦闘が開始して勿論最初にやるべきことは!!


「プロテクト!」


そう口にすると俺の全身を薄い緑の膜が何十にも被い、スッと音も立てずに消えていく。

予想通り。俺はニヤリと頬を緩めた。

どうやらスキルは声にすれば勝手に発動するようだ。なんという親切な設定だろう。


だが俺のターンはまだまだ終わらない!

見てろよ!熊野郎!偽りの塔全階層クリアは伊達じゃないんだ!


「ストーンウォール!」


そう唱えると、足下の土は盛り上がり1枚の大きな壁となって現れる。そしてこれも先のスキル【プロテクト】同様に消える。

肝心の熊といえば、やっと残り1メートルといった距離。

ふむ。もう1つぐらいはいけるか。


「光剣の輝き!」


俺を中心に十本の輝く剣が姿を現す。そして剣はグルグルと回りを、切っ先をこちらに向けて一斉に放たれ俺の体を貫く。

だが痛みはない。それどころか体の底から力がみなぎってくる!


補助スキル【プロテクト】

これは味方全体の物理・魔法防御を長時間上げるスキル。

戦闘前に必ず回復役(ヒーラー)が行う作業の1つだ。


補助スキル【ストーンウォール】

このスキルは対象に見れない魔法の壁を造り出し、ある程度の攻撃を無力化させるもの。

その名の通り属性は土。他にも何種類かの壁があるが、その説明はまたにしよう。


最後に補助スキル【光剣の輝き】

対象の物理攻撃を上げ、更には改心(クリティカル)一撃(ヒット)率も上昇させるスキル。


これらのスキルは回復役(ヒーラー)として最も基本的なもの。

出来て当たり前ではなく、やって当然のこと。

敵との戦闘開始前に強化(バフ)の準備をせず、ただ無謀に突っ込むのは脳筋のやることだ。

なのに、あのなんちゃって忍者ときたら『ぐふふwww当たらなければどうということはないでござる^^』とか言って何度も突っ込みやがって…。


「グォォォォ!!」


なんてことを考えていると、いつの間にか目の前に熊がいる。そして先程のリプレイ映像のごとく再度腕を振り下ろしてきた。

神速術は既に効果が切れている為、今度は通常速度で襲いかかってくる。

だが心配はいらない。なぜなら俺は回復役(ヒーラー) だから。

敵の攻撃を受け止めるのは壁役(タンク)の仕事。

ダメージを与えるのは攻撃役(アタッカー)の仕事。

なんの心配もせず、ただパーティーのHP管理をすればこの程度の敵などおそるるに足らず!!


……

………あれ?


「やべぇ!今俺、一人(ソロ)じゃねぇか!?」


「グウォォウ!!」


鋭く尖った爪が俺を捕らえた。逃げることはもうかなわない。


「いやぁぁぁぁぁ!!」


両手を目の前でクロスさせ、どうにか防御の形だけは取るものの脳内には"絶望"という文字が何度も浮かび上がる。

あぁ…俺の人生はこんなところで終了(ゲームオーバー)してしまうのか…。

せめて死ぬ前に可愛い彼女が欲しかっ―――


ガキン


「へ?」


何かが硬いものにぶつかる音。腕をずらし前方を確認。するとそこには土の壁に攻撃を塞がれ、自慢の爪がへし折られる熊の姿。

その表情は苦痛に満ちている。


「はは…はははは…!」


一瞬だけ頭が真っ白になるが、脳はすぐに動き出し俺に答えを示す。


そうだよ。よく考えてみろ。

確かに今の俺は回復役(ヒーラー)だ。HP(ヒットポイント)も少なければ攻撃力も低い。

だけど…だけどなぁ!!


「お前はただの"雑魚敵(モブ)"だろうがぁぁぁ!!」


腰をドスンと据え上半身をひねり、腰から肩にかけて勢いを乗せた渾身の右アッパーは熊の顎へと直撃。

骨が砕ける音。そしてブワッという巨大な風圧と共に熊は天高く舞い上がり、空の彼方へ消えていった。


「ぜぇ…ぜぇ……か、勝った…。」


一気に力が抜け地面にへたりこむ。あれだけの衝撃があったというのに、右の拳は腫れてもいなければ傷1つついていない。

おそらく、あの熊は低レベルの魔物だ。でなければいくら光剣の輝きが付与されているとはいえ、あそこまで見事に吹っ飛ばないだろう。


「まったく…馬鹿げてやがる……。」


大の字になって地面に寝転がる。

風が優しく頬を撫で、サラサラの草が鳴る。

本当にこれは現実なのだろうか?それとも夢?

ゆっくりと目を閉じる。


…1つ。


…2つ。


…3つ。


心を落ち着かせて目を開けば、ほら。ちゃんと俺は自分の部屋の中で―――。


「あの…」


そうそう。女の子の声が聞こえ―――。


…女の子?


「あの!!」


「ふぁい!?」


強く呼び掛けられ慌てて目を開く。

すると、そこにいたのは―――。


「もしかして、魔術師様ですか?」


白い三角形…もとい、一人の女の子だった。

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