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回復役(ヒーラー)なんぞやってられるか!  作者: こしひかり
【第一章】回復役(ヒーラー)、引退します。
1/50

オープニング1

回復役(ヒーラー)


それは、MMORPGにおいて傷ついた味方を癒しパーティーを支える職業。言うなれば、縁の下の力持ちといったやつだ。

だが悲しいことに、回復役(ヒーラー)というものは地味な職業である。

攻撃役(アタッカー)は戦闘の花形。攻撃スキルは沢山あり、1つ1つのエフェクトも派手でとにかく格好いい。

壁役(タンク)は敵の攻撃を全て引き受けるパーティーの大黒柱。敵視(ヘイト)を稼ぐスキルは攻撃役(アタッカー)に負けず劣らず派手であり、本職には劣るものの攻撃力はそこそこにある。


それに比べて回復役(ヒーラー)のやることと言えば、ひたすらに回復(ヒール)をするだけ。

厳密に言えば他にも味方を強化したり、攻撃を軽減させるバリアを張ったり、死んだ仲間を復活させたりと色々あるのだが全てにおいて言えることは地味で目立たないということだ。

攻撃スキルがないわけではない。あるにはあるのだが、その威力は壁役(タンク)にすら負ける始末。

そんな、とにかく地味な職業のくせに戦闘での責任はやけに大きい。

回復(ヒール)が遅れて壁役(タンク)を死なせたり、防御の低い攻撃役(アタッカー)にバリアを張り忘れて全体攻撃で死なせたり、焦って回復(ヒール)を入れすぎてMP(マジックポイント)が尽き全滅したりと色々ある。


ここまで説明すれば大体想像がつくだろう。

そう……回復役(ヒーラー)は不人気職なのだ。特に俺、椎名優樹(しいなゆうき)がプレイしている【千年(サウザンド)記憶(メモリー)】というMMORPGでは酷い有り様である。

不人気職とは言ったが、別に回復役(ヒーラー)自体の人数が少ないわけではない。

このゲームでの職業はいくつでも習得出来る。そして、複数の職業を極めていないと上位職と呼ばれる職業につくことが出来ない。

だから回復役(ヒーラー)を探そうと思えばどこにでもいる。

ただ、上位職業の回復役(ヒーラー)(メイン)でやっている人口が圧倒的に少ないのだ。

そして俺は、そんな稀少種扱いされてる上位職業の回復役(ヒーラー)を現在"やらされて"いる―――。


◆◆◆◆◆◆◆


「はぁ…やっとクリアした…。」


画面に映るcompleteという文字を見て、俺は握っていたコントローラーを机に置く。いつの間にか温くなってしまったコーヒーを一気に飲み干し、煙草に火をつける。


「お疲れです…やっとクリアしましたね……っと。」


煙を吹かしながらキーボードを打つ。他の7人のパーティーメンバーも「やったぁぁ!」だの「よっしゃぁぁ」だのと歓喜の声をチャット欄に流す。

気持ちは分かる。なぜなら俺達は【千年(サウザンド)記憶(メモリー)】最難関と言われているバトルコンテンツ【偽りの塔】の最終ボスを討伐したのだ。

どのくらい難しいかというと、【偽りの塔】がアップデートされてから既に6ヶ月経っているというのに未だ全階クリアパーティーが全サーバー含めても一桁しかいないと言えば分かってもらえるだろうか。

俺達のパーティーはおそらく8番目ぐらいだ。


『いやー、今回も苦戦したでござるな^^』


物理攻撃役(アタッカー)の忍者がいつも"ござる"口調で跳び跳ねる。


『まじで!まじで!俺チョー焦ったし!』


自称高校生の魔法攻撃役(アタッカー)である精霊術師は何度も何度もヤバイヤバイと書き込む。


バトルコンテンツ【偽りの塔】は8人パーティー限定のレイド戦である。

パーティー構成はシステム上決まっており、壁役(タンク)二人・攻撃役(アタッカー)四人・回復役(ヒーラー)二人。職業の被りもなしというコンテンツだ。


『それにしても、相変わらずの回復役(ヒーラー)ゲーだよな。』


『ほんとそれな。うちの回復役(ヒーラー)は神やで。』


サブ壁役(タンク)狂戦士(バーサーカー)魔法攻撃役(アタッカー)の魔導師が交互に回復役(ヒーラー)を労う。

この言葉があるからこそ、苦行しかない回復役(ヒーラー)でもやって良かったと思える。

そう……この言葉が"俺に"対してのものならば、だ。


『しゃむちゃんは女神様っす!』


物理攻撃役(アタッカー)の踊り(ダンサー)が名指しで誉める。

それを口火に、他のメンバーも『しゃーむ!しゃーむ!』と毎度お馴染みのコール。

そして誉められている当人――自称"猫天使"回復役(ヒーラー)のしゃむ猫は輪の中心に移動すると照れた動作をしながらチャット欄にコメントを以下の文面で書き込んだ。


『にゃんにゃん♪そんなに誉められたら照れちゃうにゃん♪』


煙草の先がジジジッと音を立てて灰となる。

深いため息と共に吐き出された煙は画面を曇らせた。


俺達のパーティーは固定と呼ばれるものだ。

最難関コンテンツに挑みクリアする為には同じ目標を持ったメンバーとパーティーを組み

互いに相談し、時にはぶつかりながら攻略方法を探っていくのが一番の近道だからである。


そのメンバーの一人。回復役(おれ)の相方にして現パーティーのリーダー的存在が彼女、上位職業聖女の回復役(ヒーラー)しゃむ猫さんだ。ちなみに、俺の職業は光術師である。


『しゃむしゃむの"祈り"。マジタイミング完璧だったよなー。』


そうだね。絶妙なタイミングでワンテンポ遅かったね。


『ボスの無詠唱攻撃に"乙女の加護"きた時は震えたね!』


確かにね。でもボスの攻撃は物理だから魔法防御上げても意味ないよね。


(セイント)なる十字架(クロス)もいいダメージ出してたでござるよ^^』


忍者よ。その攻撃スキルがお前の通常攻撃(オートアタック)2回分しかないのは知ってるか?


とまぁ、こんな感じでチヤホヤされるしゃむ猫さん。

はっきり言おう。彼女は地雷だ。

MMORPGにおいて地雷とは様々な意味があるが、この場合はPS(プレイヤースキル)が低いという意味だ。

彼女は最初から固定にいたわけではない。偽りの塔三階を攻略した時に回復役(ヒーラー)の欠員が出た。

フェリスさんという上位職業姫騎士(プリンセス)回復役(ヒーラー)。彼はとてもいい相方だったが、リアルの都合でイン出来なくなってしまった。

そして再度固定募集をした際に入ってきたのが彼女、しゃむ猫さん。

MMORPGでキャラクター性別が現実と合致することは稀で、俺達のパーティーも男キャラ2女キャラ6という構成。俺は勿論多いほうだ。

ならなぜしゃむ猫さんが女性だと言いきれるのか。

それは彼女が有名生主で女性レイヤーだからである。


最初俺達は悩んだ。というか俺は全面的に嫌だと言った。

彼女の生放送を観た時、最初に思ったのが"相方として組むのはないな"という気持ち。

そんなに難しくないコンテンツなら笑って許せるが、俺達が挑もうとしているのは最難関バトルコンテンツ。

そこで最も責任のある回復役(ヒーラー)の一人が役に立たないとなると攻略は絶望的である。

だが他のメンバーは一人を除いて賛成を唱えた。正直、俺はそこで抜けようかとも思ったが、メイン壁役(タンク)職業聖騎士(パラディン)のヴィクトリアさんが個人チャットで送ってくれた『私はユキ(俺のキャラクター名)と一緒のパーティーがいい。』という心暖まる一言でギリギリ踏みとどまった。

仲間とは本当にいいものである。


俺は渋々しゃむ猫さんの固定入りを認めた。

ただし、条件付きで。

1つは俺の指導の下、回復役(ヒーラー)としての勉強をすること。これは必須。

もう1つは偽りの塔攻略時は放送をしないということ。

偽りの塔は、その難しさゆえ攻略済のパーティーが少なく早期攻略組と言われてる俺達ですら1階を攻略するのに一ヶ月かかっていた。

そしてクリアパーティー1桁組は攻略方法を明確にさせないという暗黙の了解がある。

別にそうしなければいけないというわけではないのだが、やはり苦労してクリアしたコンテンツを丸々コピープレイされクリア者が増えるのは悔しいからだ。

しゃむ猫さんは以上の条件を飲み、俺達の固定へと入った 。


が、淡い希望は一気に打ち砕かれる。

これ以上の説明は頭痛がするので省くが、簡潔に言うと俺の負担が1.5倍になった。後は察してくれ。


さて、話を戻そう。

画面上で仲間達は未だにしゃむ猫さんを誉めちぎる。正直、この光景は見飽きたので俺はなんとも思って―――。


『ふふーん。もうあれにゃ!ゆっきーいなくても回復役(ヒーラー)は、しゃむしゃむだけで十分にゃん♪』


……

………


「は?」


自然と声が出た 。

何言ってんだこいつは。

いや待て。落ち着け俺。俺はいい大人だ。今年で24になる。

クールだ。クールになるんだ。


2本目の煙草に火をつける。煙を深く深く吸い込む。


『ゆっきー♪回復役(ヒーラー)でわかんにゃいことがあれば、スーパー回復役(ヒーラー)のしゃむしゃむに何でも聞いていいにゃん♪』


「ゴホッゴホッ!!」


盛大にむせた。

画面ではしゃむ猫さんが踊っている。他のメンバーは不動になりチャット欄も更新されない。

そして俺は流れるような動きで…そう。ダンスでも踊るかの様にキーボードを打ち込み、エンターを押した。


『もう回復役(ヒーラー)なんぞやってられるかぁぁ!!』

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