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PM1:42



彼女は怯えたようにこちらを見た。

揺れる手のひらを一瞬だけ見やるその視線。

そして笑う彼女。


上がる口角が、怖くて、悲しくて、





***


三日ぶりの登校だった。

大学の雰囲気は、記憶の中とはやはり違った。

緊張感を抱いていた入学後数日とは異なり、打ち解けた、柔らかい空気でキャンパス内は溢れている。

文化祭まであと一週間‼︎と気合の入った筆書きの横断幕が書かれている。

私は一人いたたまれない気持ちでそこにいた。



『葉山くん、私明日から大学行くよ』

そう告げた私に、葉山くんは表情を無くした。

端正な顔が無表情になる瞬間とはとても不気味で恐ろしかった。

『……なんで?』

途端に音なく笑顔を作った彼。

私は、震える声で告げた。

『授業に…遅れると困るし…。それに、文化祭準備、行きたい。単位のこともあるし』

その後一時間かけて彼と話し合い、ようやく私は大学に復帰することになった。

葉山くんとの約束は一つ。

『出来るだけ俺と行動すること』

これだけだった。

正直、自分が取っている授業さえも曖昧な私には助かる約束事だった。

でも、復帰初日の今日。

なんと1時間目の授業は私と彼は別々の講義で。

私は今、挙動不審になりながら居心地悪く席に着いている。



あの(・・)ダンボールは開けた。

けれど、開けてすぐ、古い本がぎっちり入っているのを見てこれは何もないな、と早々に諦めた。

なんだか拍子抜けだ。


「…こ、莉子!」

「…っはい!」

ぼんやりと昨日のことを考えていると、明るい少し低めの声が私を呼んでいるのに気がついた。

「よかったー‼︎心配したんだよ⁉︎」

「え、と…」

目の前の女の子はニットにショートパンツと、さっくりとした服装で、キリッとした顔立ちを引き立たせるようなポニーテールをしていた。

「ケータイも連絡つかないし‼︎」

「あ、ケータイ壊れてて、それで…」

どもる私を見てその人は閃いたように、あ!と小さく叫んだ。

「そうか。事故って少し記憶が飛んでるんだよね?」

「う、うん」

「私、前野夏実。莉子とほぼ履修同じなの。

英語のクラスで仲良くなったんだけど…。

って、記憶大丈夫なの?」

サバサバした性格なんだろう、とわかるような話し方。

でも、不思議と落ち着く人。

「うん、多分二週間もすれば思い出すから、大丈夫だとは思うけど…」

どこまで忘れてるの?と言う前野さん…もとい夏実に、入学後すぐ位から、と答える。

夏実は小さく舌打ちをした。

「あいつのせいだよ」

苦々しい表情に、苛立つ声音。

その迫力に思わず肩が跳ねる。

「あぁ、莉子は悪くないの。

……で、葉山は何て言ってるの?」

葉山くんを呼び捨てにする夏実に、私はもしかしたら私と夏実と葉山くんの三人で仲が良かったのかと思った。

ーーでも。

夏実の顔を見ると、彼女は嫌そうにその名前を呼んでいて。

私は、うまくその関係性が掴めない。

「…無理に思い出さなくて…いいって」

優しいよね。

と、付け足すように言いながら私は照れた。

葉山くんの事を他人に言うのが、こんなに恥ずかしくて嬉しいことだなんて。

顔の熱を冷まそうとする私とは反対に、夏実の顔はますます険しくなる。

そして、夏実はーーー




講義が始まった。

隣の夏実は黙々とノートを取る。

私は必死にそれに追いつきながら、頭は別のことを考えていた。


葉山くんは言った。

ーー無理に思い出さなくていいんだ、と。

葉山くんは言った。

ーー俺は莉子が好きだから、と。


優しいよね、と私は言った。


そして夏実は、

ーー自分勝手な男、と彼を罵った。



何かが食い違っている。

何かが、どこかで、間違っている。


私は一体何を忘れたのだろう。




夏実と午前中の履修を終えた時、私たちはもうすっかり打ち解けていた。

談笑する私たちの間に現れたのは、複雑そうな葉山くん。


「…前野、」

「なによ」

「…なんでもないよ。莉子、お昼行こう」

彼が私の手首を掴む。

冷たい体温に少し胸が跳ねて、頬が赤くなる。

「でも、夏実と……」

彼との約束を思い出しながらも、折角夏実と仲良くなったのに、と私は駄々を捏ねた。

「…いいよ、行ってきなって。

午後は一コマだけだし、教室で落ち合お」


そう笑って走っていく夏実を少し名残惜しく思う。

「夏実がいてよかった」

と、葉山くんに笑いかけた。

「夏実が居なかったら私講義まともに受けれなかったよ」

「莉子、」

冗談で笑ったつもりなのに、彼はとても真剣な顔で私を覗き込んだ。

「…手を、繋ごう」

そう言った時にはもう、葉山くんの大きな手は私の手のひらを握っていた。

「えっ、でも…ここ、が、学校」

恥ずかしくて、なんとか手を離そうとするのに、彼はどうしても離してくれない。

観念したように抵抗を辞めた私を見て、彼は幸せそうに笑った。


「好きだよ、莉子」


彼は、甘い甘い声で、そう呟く。

彼は、まるで縋るようにその言葉を言うのだ。







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