PM5:48
かっこいい人だと思って思わず見つめた。
次に誰だろうと思って首を傾げたところ、その人は痛そうに顔を歪めた。
歪む顔さえも様になっているから驚きだ。
白い簡素なベッドの上、頭と足首に包帯が巻かれている私には、今どんなことが起こっていて、目の前の彼が誰なのか、全くわからなかった。
「りこ、」
目の前の人が掠れて消えてしまいそうな程の声で私の名前を呼ぶ。
不思議だ。
それが自分の名前だとわかるのに、彼が誰なのか皆目検討もつかない。
それに加えて、彼に名前を呼ばれた時の一瞬の違和感。
このもやもやはなんだろう。
「……あの?」
私の声に彼は弾かれたようにこちらを見た。
「貴方は誰ですか?」
失礼だと思いつつ私は彼に問いかけた。
彼は眉間にシワを寄せたが、次の瞬間、本当に微かに微笑んだ。
例えば悲しみを押し殺す笑みではなくて、それはどこか嬉しそうなものだった。
ザワリ、と何かが心の底で蠢いた。
多分その笑顔がとてもーー心の底からのものだと思ったからだ。
そして、彼は口を開いた。
「俺は君の恋人だよ、莉子」
差し出された手のひら、骨ばった右手薬指には、私の指に嵌められているものと同じものが存在していた。
「こい、び…と」
「うん」
呆然とする私に彼は現状を説明してくれた。
大学に入ったところまでは覚えていた。
私は大学二年に進級していて、なんと文化祭の準備中の事故で頭を打って一時的な記憶喪失になっているらしい。
大学生活一年半分の記憶はどこかに消えてはいるが、恐らく二、三週間で戻るだろうと彼は言った。
「戻るんですか…よかった」
安堵のため息をついた。
ふと、近くにあった鏡に目をやった。
「あれ……?」
私って、こんなだっけ。
そんな馬鹿みたいな疑問が頭に浮かんだ。
伸ばしていたはずの髪は肩口で切られていて、化粧は可愛らしいものに、決して着なかった可愛いパステルピンクの服に、ピアスの穴。
大学生活一年半のうちに、私はこんなに変わってしまったのか。
愕然とした。
「莉子、大丈夫?外傷もないし、帰っていいらしいから家まで送るよ」
彼の笑顔を見たとき、私は心の奥が暖かくなるのを感じた。
あぁ、きっと私が失った「私」は彼が好きだったのか、なんて思った。