プロローグ
「莉子、好きだよ」
彼はよく私にそう伝えてくれる。
抱きしめて、笑って、手を繋いで、キスをして、そう言ってくれる。
「莉こ、好きだよ」
うん、私も好きだよ。
焦げ茶の髪に少し隠れる同じ色の彼の瞳はとても暖かな光があって、私はそれを見るたび安心する。
誰にでも優しい彼が彼女の私に一段と優しくしてくれるのが、とても気恥ずかしくて、でもとても嬉しい。
「りこ、好きだよ」
人気者の彼が「私」を見て微笑む。
あの頃は言ってくれなかった「好き」を私に言ってくれる。
髪を切って、前とは違う化粧をして、性格を矯正して、笑い方さえ変えた。
あの人のように。
「リコ、好きだよ」
葉山くん、あのね、私も好き、大好きだよ。
でも待って。
莉子、莉子、莉こ、りこ、リコ。
貴方は、本当に私の名前を呼んでくれてるのかな。
口角をあげて彼を見つめる。
彼の澄んだ瞳の中に映るのは、もう「私」じゃない私で。
あの人のように口角をあげて笑う私はまるでピエロ、どれだけ滑稽なものか。
でも、もういい。
私は彼の側にいたいだけで、彼が泣かないように、彼がいつでも泣けるように側にいたいだけだから。
それに何より。
私は、もう「私」の笑い方を忘れてしまったのだ。