出来ればなにもしないでいて下さい。
極東人は正座し慣れているという噂を聞いたのだが、あれは嘘だったのだろうか。その中でも旧家の方と言えば家に茶室があって其処でお茶会をしているのではなかったのか。ずっと正座で。
全部、嘘だったのだろうか。私の信じていたジャポニズムは何処に消えたのだろうか。
この世界に居る方々は古き良きジャポニズムを引き継いでいると聞いていたのに!
あわよくば十二単も着てみたかったのに。お祭りがあれば浴衣でも良かったのに。
酷い裏切りだ。
「……ッ!こんなことって、こんなことって、あって良いのでしょうか……!!」
「ど、どうしたの……?」
「……なんでも、ありませんよ」
元凶は、お前らだろうが!と叫びたかった。
▽▲▽
今回の仕事はファンタジー薄め、人はたまに死ぬ程度の世界を直す仕事だった。そんな世界でどうして転生者の方が、とも思ったがスルーした。考えるのは私の仕事じゃないことは前の仕事の時によく、わかった。
久し振りに主人公たる仕事増やして下さった方は女性と言うこともあって少しだけいつもより楽ができる気もしていた。
そんなの幻想でした。ちょうめんどうくさい。女の子、中でも恋する女の子、怖い。そして現実をゲームだと勘違いしてるような痛い子もいる。
何故だか何人もの転生者がいるこの世界はそう、今時流行りの『乙女ゲーム』を模した世界。
何でファンタジーな世界じゃない筈なのにモンスター的なものが我が物顔で闊歩しているのか。『こうりゃくたいしょう』ってなんだよ。人格丸無視じゃないか。
今回の説教と処分の対象者は三人。
自分を悪役だと勘違いして、傍観者を気取った少女。その傍観者を気取った少女を愛する、攻略対象に成り下がった少年。世界の主役は自分だと信じて疑わない、主人公になり変わった少女。
それぞれの下駄箱にそっと催眠の式を組み込んだ召喚状を忍ばせて待っていた。
その間に今回はあまり時間がなくて雑にしか目を通していない資料を読む。
ひとつの世界に転生者が照らし合わせたようにこうも集まることは珍しい、何者かの関与が考えられるから十分に気を付けるように、と締められた資料に空を仰いだ。
扉を開けて部屋に入ってくる誰かが二人。傍観者を気取る悪役顔の美少女と彼女を守るように一歩前に出ているイケメン。
少し遅れて可愛らしいのに何処か傲慢さを滲ませた少女も現れて、全員揃う。
「あー、皆様。本日は大変お日柄も良くー……とりあえず、集まって貰いましたが……何で呼ばれたか、わかってます?」
「あたしが転生者だから?」
微妙にイラっとする声で最後に入ってきた少女が即座に答える。
即答されてしまった。何故その答えになったのか少し気になる。
先に来ていた少年少女が少し不安そうに顔を見合わせるのが見えた。
「何故、その答えになったのかお聞きしてよろしいですか」
「そんなのあんたみたいな人見たことないからに決まってるじゃん。あんたみたいな目立つモブ、見たことないし」
あ、イラっとする。
「……こんなところに呼びだして、何の用ですか。わたし悪いことしてませんし……それに……」
少年の後ろに少し隠れるようにして顔を覗かせる少女が何か言いかけてやめた。敵でも見るような目付きで此方を睨みつける少年が少し鬱陶しい。
早く帰りたいのでさっさと本題に入ることにした。
「立ち話もなんです。早く終わらせようとは思いますけど長引くかもしれませんので……座って下さい」
椅子に座った私は目の前を紙の束で示す。
なのに誰も座ろうとはしない。やはり……
「床に。正座で」
椅子がないのが悪いのだろうか。
でも、此処は正座大国極東の流れを汲む世界。問題なんて。
「え、やだ信じられないあたしヒロインなのに床に正座?モブのくせに巫山戯んじゃないわよ」
「俺を誰だと思ってるんだ?お前が正座しろ」
「床に正座はちょっと……」
訂正。
問題しかなかった。サムライダマシイはなかった。
▼△▼
結果。
上司から仕事において必要な時だけ使うことを許されている神様の力を行使。どの世界に行っても必ず相手を正座させる時にしか使っていない。
これで良いのか甚だ疑問である。存在意義を問いたい神様パワー。
出来れば何処かに消えたジャポニズムサムライダマシイを探しに飛び出して行きたいものの仕事の文字が私の足を止める。
……早く終わらせよう、それが良い。
ギャンギャン喚いている可愛らしさの欠片もないように見えてきてしまったヒロイン気取りの傲慢な少女の口にガムテープを貼り付ける。
「五月蝿いので黙って下さいね。早く帰りたいんです。愚痴の相手をしてる暇はないんですよ」
手際の良い私に少し怯えた目をする少女。五月蝿くしなければ別に塞がない。
「さて、あなた方はこのあと処分されるのですが……それに関して幾つか説明を兼ねた補足をさせて頂きますね」
「……しょぶ、ん?」
「平たく言えば消去、でしょうか。あなた方がこの世界にいたと言う事実から消去させて頂きます。もう少しわかりやすく言うなら……死ぬ、でしょうか」
三人の目に恐慌が走る。少なくともこの三人は一度死ぬことを経験しているらしいから怖いのかもしれない。
「別に痛くありませんよ?怖くないですよ?意識が途切れてお終いです。目覚めることも思い出すこともありませんから。……何故、という顔をしていますね」
「……いきなり、死ねって言われてあなたは死ねるんですか?」
「無理ですね、私の名前は主任に取られたままなので殺されても死にません。主任が名前を使って死ねと命じれば死にますよ」
「……よく、わかりません。あなたには名前がないのですか?」
「そうですね。でも、私はユゥイですよ」
可笑しい、というようにその少女だけは私を見ている。
こういうところで誤魔化すようににこりと笑えたら良いのだけれど、私の表情筋はずっと昔に強張ったきりろくに仕事をしなくなってしまっているから。
「説明に戻ります。……元々、この世界ではあなた方はイレギュラーに当たります。居る筈のなかったキャラクターってところですね。本当なら其処のガムテープ子さんが逆ハーレムを築くこともなく、其処で憮然とした少年が権力を振るったり生徒会長になったりファンを作ったりすることもなく、其処の傍観者を気取ったあなたが家族の仲を取り持つこともなかった筈なんです。……理解出来ますか?」
何か言いたげにふがふが言っている人がひとりいるけれど残念なことに私には彼女が何をいっているのかわからない。少年は睨みつけるのみ。
「……えっ……?」
「どうかしましたか?」
最後の少女は少し何かが引っかかったようだった。
「……いえ」
「続けます。……あなた方の家は他の家とは比べ物にならない程の権力等を持っていたため世界に対して干渉が過ぎ、自浄作用が働いても処理出来ない程となり私が派遣されたわけです」
「家が力を持っていて何が悪い。家族の仲を取り持ったのは褒められる行為だ」
「そですね。あなた方が転生者でなければ良かったんですよ。何処か遠くで風が吹いたから世界が滅びると言われているんです。ちょっとしたことで均衡なんてすぐに崩れます。変えようとする力が大きくなり過ぎたんです。……説明は以上ですが、質問等ありますか」
途中で挟まれた質問に答えつつガムテープで口を塞がれた少女の口からガムテープを取り払う。
痛そうな音がした。
彼女は口が自由になった瞬間まくし立てる。
「信じらんない!正座させて口にガムテープ?もっと扱いに気を使いなさいよ!おざなりなのよ!この世界はあたしのための世界なの!あんたみたいなのが出しゃばっていい場所じゃな……ッ!」
「言いたいことはそれだけですか」
頭を押さえ付けて無理矢理下げさせる。所謂、土下座。手を離したら頭がすぐに上がってこようとしたので踏み付ける。
勢い良く踏み付けたので床と頭が仲良く痛そうな音をたてた。
備考までに私は土足である。
無傷な少年少女が青ざめた顔で此方を見ていた。
「あなた主観でのお話、大変結構です。あなたの頭が良い具合に沸いてることがわかりました。たかが人間ひとりのための世界なんてあるわけないんですよ。わかりますよね?……続けます。質問等ありますか。無ければ処分させて頂きます」
「わたしをこの世界に転生させてくれた神様は……なんの処分も下らないんですか」
ぽつりと、呟く声。
「前世でほとんど使わなかったポイントを使って転生させてあげるって言った彼は?」
「……そんなことを言った方が?」
声の方に目を向けると青い顔して虚ろな目付きの少し恐怖を覚えてしまいそうな悲愴感を漂わせた少女がいる。
……彼女が一番まともだと思っていたのに。
「気に入ったから君のお気に入りのゲームを模した世界を君のために作ってあげるって、君のための世界だって。そういってました!なのに、どうして死ななきゃいけないんですか!前世で叶わなかった恋が叶ったんです!だからっ!」
「……俺も、そいつに会ったぞ。そんなに好きなら追いかければ良いんだと言われた。だから、俺は……!」
「×××××君……!」
「×××××!」
美少女が土下座しているのを踏みつけているような異様な空間のど真ん中で安い三流メロドラマの一幕のように手を取り合い目を潤ませ互いの名前を呼び合う二人。心なしか空気も桃色めいてキラキラと輝いているような錯覚を覚えた。
ただし背景は美少女に土下座させてその頭を踏み付けた私である。
台無しだ。
資料を脇に挟んで手を打つ。
「少女漫画ごっこは他でお願いします。胸焼けがします。……それと、残念なことにこの世界の神様は既に本部に出頭しています。転生者が紛れ込んでしまったがそれを解決出来なかった、後始末を頼む、とのことです。この世界は断じてあなた方のための世界ではありませんし、神様自身が紛れ込む手引きをしたとも思えないんですよ。……さて、あなた方が言う神様とは、どちら様ですか?」
少年少女は少し口を噤み、そして小さく答えた。
「あなたに、よく似た男の人」
△▼△
「その後、さくっと処理して帰ってきました。……ある程度予想していたとはいえあいつらが関わっていたと直に言われるのは堪えますね。今すぐにでも探しに行ってくびり殺してやりたいです。仕事増やしやがって」
「落ち着け。……荒れてんな、どうした」
いつもより三割り増し淀んでいると称された目を上司に向けて報告を済ませる。
呆れたように此方を見ている上司が微妙に腹立たしい。
「……どうしたもこうしたも今説明した通りですよ。……そうでなくても名前を聞かれたり、家族が関わってたりしましたがね」
「家族が関わってたって言うのはさっきも言ってたじゃねぇか。……それと、名前か……」
にやり、といやらしい顔をした上司が煙を吹き掛けてくる。
「お前の名前は借金のカタに俺が預かってるからなぁ。名前名乗れなかったんじゃないのかぁ?」
「……ユゥイ、と名乗りましたよ」
「は?その名前は俺が預かってる筈だろ?今のお前は名無しだぜ?名乗る名前も持ってない状態だろ?何で名乗れるんだよ」
煙に小さく咳き込んで、睨みつけた上司は今、不思議そうな顔をしている。
少しだけ胸がすくような気がして、それと同時に少しだけ苦々しい気持ちが広がる。
「それは……
「失礼します」
扉が開く音と共に誰かの声が入ってくる。
その人物は私を見ると上司をちょっと睨んだ。
「仕事の報告が終わってるのに拘束するのはいけませんよ主任?」
それに乗らない手はない。面倒臭くなっていたんだ。
それにきっとこの後この人と上司は今回の干渉についても話すんだろう私の出る幕ではない。邪魔になるだけだ。
「では、失礼致しました」
一礼しスカートを翻す。
少し駆け足に部屋を出て、そして暫くそのまま進む。
現在地がいまいちわからなくなる程度まで進み、そして止まる。
小さく、息を吐いた。
言葉を吐いた。
「私が×××××から名前を奪ったからに決まってるじゃないですか」
呟いたのは、言いかけた言葉の続き。呼べない名前を呟こうとすればノイズが走った。
私もなんら変わりない。
上司は借金のカタに私から名前を奪い。
私は必要だったから別の方から名前を奪っただけの話。
だからこそ、早く借金を返さなければ。名前を取り返さなくては。
借金返済まで、残り三億と半分程度。