第八話 能力と信頼できる仲間
俺とアーテルニクスはアルフの提案通り、彼の所有する馬車の荷台に腰掛けた。
「さて、確認したいことは山ほどあるが……何から話したもんかな」
俺が腰掛けて第一声を発すると、隣に座ったアーテルニクスからため息を吐かれた。
「はぁ……優柔不断ね。じゃあ、我から聞くわよ? 貴方は何?」
その問いに俺は明確な答えを持っていなかった。いや、答えることはできるのだ。ただし、それは自分がそうであるはずという不確かなモノ。
この世界に来て、指輪で見たものは何だった? 種族は不明。持っている能力は、事象を識る瞳のみ。それ以外のスキルは無し。そして、唯一俺が持っている情報。
俺が転生者であるということ。
今は、これを告げるのが俺を主と決めてくれた彼女に対する、せめてもの誠意ではないだろうか。自分のことを深く考えるのは大切なことだが、今はそれを止め、彼女の問いに答えよう。
「俺は転生者だ。まだ、この世界に来たばかりだから何も知らない、ただのガキだよ」
俺の答えを聞き、彼女は微笑んだ。
「良い答えね。自分がなんであるかと問われた時、可能性を一つに絞るのは愚者のする事。貴方は自分の答えを持つことができていない。それを素直に受け入れてこそ、我が主。この世界のことはゆっくりと知っていけばいいわ」
その声は、今まで俺に向けられた数少ない言葉の中で、最も優しく、俺を包み込むものだった。彼女は微笑みを浮かべたまま続ける。
「我は神が創りし奇跡の剣。我との契約とは、即ち魂の連結。貴方の迷いは、我が聞きましょう。貴方の傍で仕え、支えることこそ、我が喜び。故に我を選んでくれた事に感謝しましょう。千年の時を超えて現れた、次代の担い手である貴方に」
「半分脅迫まがいだった気が――――」
「――――何か言った?」
アーテルニクスの主になると決めたのは俺自身だが、そうなるように俺の同情を誘ったのは彼女だ。そのことに対しての、俺のささやかな反撃は一切の反論すらも許されず、見事な笑顔で封殺された。
「さて、お礼はこれくらいにしておいて……貴方の能力について話しましょうか。私が理解できていることは少ないけれど、全く情報がないよりはましなはずよ」
「頼む」
俺の言葉にアーテルニクスが軽く頷く。
「まず確認しておきたいんだけど、貴方はどこまで自分の力を理解しているの?」
「俺が気付いてるのは、この眼で視ることによって、そのモノの根源を理解することができる事と、それがスキルに関連することなら該当するスキルが上がる事くらいだ。この世界に来てから、能力の解析よりも、この世界での振る舞い方や、気を付けないといけない事を考えていたから詳しくは分からないんだ」
指輪のステータスを開いてスキル欄を確認すると、推察したとおり、スキル欄の剣術と武器鑑定、そして識者のレベルが上がっていた。剣術がレベル80。武器鑑定はレベル100まで上がり、識者のレベルはなんと40まで上がっていた。
「どうしてレベルが増えるのかは予想が付いてるけど、どういう条件でレベルが上がるのかは分からないんだよな……」
「そうね。それくらいなら今の我でも答えられるわ。まず、レベルの増減にはその分野――例として剣術を出しましょうか。剣術をどれほど扱えるかでレベルが上がるのだけれど、レベルを上げるためには、ただ鍛錬を行うだけではダメなの。ちゃんと自分の動きを認識して、自身がイメージする通りの動きができるようになって、初めてレベルを上げる為の準備が整う。そして、実践的な戦闘を行い、経験を積むことによってようやくレベルがひとつ上がる」
そこで一度言葉を切ると、俺の目を真っ直ぐに見て言った。
「貴方はその過程を一瞬にして、全て手に入れることができる。貴方の持つ“識者の瞳”は根源、または起源と呼ばれる、あらゆる事象を識る――つまり、理解することのできる能力。それは物に通じるのはもちろん、人にも、果ては神にだって通じる能力なの。そして識る事で、その事象を自身の経験として獲得することができる。たとえ一度も剣を振ったことがなくとも、剣術という事柄を完全に視る事が出来れば、神業と呼ばれる技術を会得できるわ」
一度に与えられた衝撃的な情報に、頭が追いつかなかった。言われている意味は理解できる。それこそ、視る事によって手に入る情報に比べれば、比べるのもおこがましいほどの軽い情報量だ。しかし、その内容が信じられなかった。
「神にも通じる……?」
それは、あまりにも信じられなかった。神といえば、ここに俺を送ってくれやがったあいつのことしか思いつかない。少なくとも、今の俺が知っているのはあいつだけだ。
あいつにもこの能力が通じる。確かに、言われてみれば俺はこの能力を使う時、どんなものを相手にしても視ることが出来ると、確信のようなものを胸に抱いているのだ。だとすれば、まさにこの能力こそ、故郷を襲った謎を知るためにうってつけのモノだ。
「だけど、使い過ぎないほうがいいわよ」
俺が思考の渦に埋没していくのを、彼女の一声で一気に引き戻された。
「な、なんでだよ。この眼があれば、様々なことを識る事ができるんだろ? それなら――――もしかして……何か副作用があるのか?」
興奮していた俺はつい彼女に対して声を荒げて詰め寄ってしまうが、話している途中で気づいた。そんなに強い能力であれば、副作用が無いわけがない。何らかの代償を払うからこそ、それだけの事が出来るのだろうと。
「貴方はもう体験しているはずよ? 世界の……星の記憶を見ようとした時に、無意識に視ることを止めた筈よ? 頭痛は警告。それ以上踏み込めば、情報に殺されてしまう。貴方は頭の回転も早いし、何より我の武器としての情報をたった2回でほとんど引き出してしまっている。そこまでその能力と相性が良いと、逆に毒になってしまうの。その能力は膨大な情報を手に入れる代わりに、脳を酷使する。だから、貴方は我を初めて視た時に気を失った」
彼女は淡々と俺の能力についての説明をしてくれる。そこには、俺に向けられていた好意も、興味も無く、重大な情報を的確に伝えるための真摯さが現れていた。
「貴方は死んで欲しくない。だから、限界になる前に我が教えてあげる。もし、私が気づかない時に頭痛を感じることがあれば、絶対に能力は使わずに我に教えて」
「……分かった。ありがとうな」
彼女の純粋な心配と好意を受け、俺は素直に頷いていた。まだ出会ってから一日も経っていないのに、彼女のことは信頼することができたのだ。
そうして、その後は軽い雑談をしてアルフが寝るぞと言って、毛布を持ってきたので商隊の野営地で、この世界に来て初めて自分から睡眠を取ったのだった。
二日に一度程度のペースで順調に書けているので、このまま安定して更新していけたら良いなと思います。