第六話 遺された剣と契約の主
申し訳ありません、予定よりもかなり遅れての投稿となってしまいました。書いていて、どこで区切ろうかとか、名前決めで悩んでるうちに刻々と進む時計の針。計画通りに動くのは難しい物ですね……
パチパチと何かの弾ける音に俺は目を覚ました。
状況をよく認識できていない頭で、ぼんやりと辺り一帯を見渡すと、先程まで日が沈みかけていい感じの夕日になっていたのだが、夜の帳が下りて、すっかり暗くなっていた。
「おう、目が覚めたか坊主」
優しいテノールボイスが飛んできた。
「歩きで来たようだったから、乗っていくかどうか聞きに行ったらいきなり倒れたから驚いたぞ」
「ここは……」
「俺たちの商隊の野営地だ。それよりも体が大丈夫なら、寝てないで飯でも食え」
言われてやっと俺が寝ているのに気づいた。それと同時に起き上がって横に置いてあるものに驚く。
「おっさん……これは?」
起き上がった俺が指をさし、それをおっさんが見てため息を吐く。
「おっさんて……」
「あ、すいません」
寝起きで気が緩んでいたようで、つい心の中で考えていた呼び方をしてしまった。
「あー……なんだ、気にすんな。俺のことはアルフと呼べ。んで、その剣なんだがお前が倒れた時から、握ったままずっと離さなかったんだ。随分と質の良い剣だが……お前さんの物か?」
「いや……あの場所に刺さってたんだけど、調べようとして抜いたんだ」
俺の言葉にアルフは驚いたように目をパチクリとさせる。
「正直に言ってよかったのか?」
「なんで? 別に剣なんて持つ人次第で、伝説に残るような逸品にも、ただの使えないガラクタにもなるでしょ。それなら使えない俺なんかより、よっぽど使える人に渡った方がいい」
「いや、まぁそうだが……お前さんは、その剣を自分のものにして売ろう、という気はないのかって俺は聞いてたんだがな」
どうやら俺は答え方を間違ったようだ。
「それにこの剣だって――――」
《――――やっと……やっと、主に会えた》
「そうそう、こんなふうにやっと主に会えたって……ん?」
自分で言っておいて、意味がわからなくなった。
「えっと、アルフさん。剣って喋る?」
「あ? 頭でも打ったのか? 剣が話すなんて勇者の出るようなおとぎ話の中でしか聞いたことねえぞ」
当たり前のことだが、無機物である剣が言葉を話すはずがない。アルフの言葉を聞く限りだと、この世界でもそんなことはありえないようだ。
だとすれば、この剣はこの世界の根幹に近いものなのではないだろうか。意識を失う直前、不完全に表面だけだが、この剣の情報を視ることができた。そして、この剣を形作っているモノが、普通の鉱石ではないことを知ったんだ。
この世界に来て初めての“識る為の能力”を使った時に世界の構造を識った。全部を視ることが出来たわけじゃないけど、この世界――アステルバーベナは地球とは全く違う。世界の核となる部分に神核と呼ばれる神造魔石が使われ、その上に大地を乗せて生命が育まれているのだ。
そして、この剣に使われている素材こそ神核。いくら情報を識ったところでその情報を精査する頭脳がなければ無意味だ。現に、俺は今の今までその事に気付けなかった。
「情報だけ知ってても意味がないのは分かってたつもりだったんだが……一度、徹底的に能力の解析しなきゃいけないな」
《そうそう、私の主なんだから能力はちゃんと使えるようになってもらわないと困るよ?》
アルフに聞こえないように小さく呟いた俺の声に答える声があった。心に染みるような優しい音色を持ったその声の出処へと目を向ける。
《どうしたの? もしかして……出会ってすぐに我に惚れちゃった?》
地球にいた女子高生のような軽いノリに、《きゃー、我照れちゃうわよー》と騒ぎながら微動だにしない剣を見て思う。
「アルフさん、俺はもう駄目みたいだ……」
「ど、どうした? 本当に頭打ったのか?」
俺の一言に剣のうるさい声が止まる。
《我では駄目? 我を我として使えるのは、どの世界を探してもあなただけ。それでも我を使ってはくれないの?》
無視を決め込もうとした、俺は息を飲んだ。俺にしか使えないという情報に。なにより、その悲痛な声に。まだちゃんと視たわけじゃないのに、横にある剣から言われたことは正しいように感じる。それはその声が女性のものだったからだろうか。今の俺にはわからなかった。
「……それを握った事もない俺でも使えるのか?」
そう聞くが、俺はこの問いに対して使えないと答えられたくないと思っていた。
《あなたしか使えないわ。たとえ神であっても、我(私)を扱うことはできない》
帰ってきたのは肯定。しかも、予想を上回る答えだった。それに安心しながらも、一つの失敗に気づく。
「あ……えっと、アルフさん。もう感づいてはいると思うんですが……」
ぎこちなく笑いながら、存在を忘れて剣と会話をしていた俺を、驚いたような視線で見てくるアルフに声をかけると、彼は豪快に笑った。
「ハハハハハ! まさか本当に、伝説の剣をお目にかかれるとはな。しかし、俺に声が聞こえないんだが、どんな声が聞こえるんだ?」
「えっと、可愛い声……ですかね」
アルフが聞こえてないと言った事に驚きながら答えると、アルフが興味津々といった感じで、座っている姿勢から身を乗り出してきた。
「それって俺が聞くことって出来ないのか?」
「えっと――――」
名前を知らないので、視る為に剣を持ち上げ意識を集中させる。
さっき自分の能力の不便な点を自覚したお陰か、情報が脳にフィードバックされていく。その影響か、耳に響いてくる剣戟の音。その音をBGMとして、剣の詳細な情報が次々と流れ込んできた。
《理解した?》
「……ああ。アルフさん、なるべく驚かないようにお願いしますね」
「ん……? 伝説の剣以上に驚くことはないと思うが……」
俺のお願いに曖昧に頷くアルフを見て、俺は頭に入ってきた情報通り行動を起こした。
「いくぞ――――回路起動」
俺の一声と共に、剣に魔力を注ぐ。そのまま俺は“契約”の為の句を紡ぐ。
「我が名、隠岐織徒の元に古より在りし剣、アーテルニクス・フリグス・アエリスに問う。汝、我に何を望む」
《永遠なる主従を》
地球にいた頃の俺では考えられないような言葉の羅列にアーテルニクスと呼ばれる剣は粛々と答える。
「ならば絆を紡ぎ、証を刻め――――神域契約」
「な、なんだ!?」
詠唱が終わると同時に俺を中心にして、魔法陣が足元に展開され、強烈な光が舞い踊る。辺り一面が光で満たされると、光の奔流は一気に剣へと収束し、刀身に絢爛華麗な紋様を刻み込んでいく。
完全に光が消えるのを確認して、俺は更に句を紡ぐ。
「器を満たすものは、力ある源泉。汝の姿を創りし物は、世界を創造せし奇跡。今ここに再び顕現せよ!」
次の呪文を唱え終わると、つい先程まで光を纏っていた剣が、今度は光の粒子となった。それが集まり人の形を作った。
「やったー! 久しぶりのシャバだー」
唐突に元気な声が響き、光が消えた。現れたのは、白を基調として、細かい部分に青系の色を散りばめたワンピースを着た少女。その肌は陶磁のように艶やかで色が白く、その上を流水のように滑らかな髪が揺れていた。
「…………」
目の前で起こった光景に目を疑う俺とアルフ。行為を行った本人の俺でさえ驚いているのだから、アルフが呆然となるのも当然だろう。一方俺はといえば、彼女――アーテルニクスの可憐さと、その容姿の可愛さに目を奪われていた。地球では、女性とほぼ無縁の生活をしていたから仕方ないが、それにしても彼女は容姿が整いすぎていた。
だが、自分が行った行為を認識していた俺は、まだ茫然自失とした状態からの復帰も早く、一足先に復帰した俺は戸惑いながらも彼女に声をかける。
「えっと……アーテルニクス? 話聞いてたからわかると思うけど、こちら、アルフさん。挨拶してくれるとありがたいな」
「あぁ、ごめんごめん。我が主が倒れたところをお助け頂き、本当にありがとうございました。つい先ほど主と契約を結びました、アーテルニクス・フリグス・アエリスと申します」
急に雰囲気を変えると、貴族の令嬢のように完璧な挨拶と一礼を行った。
「あ、あぁ……」
目の前で起こった光景を、未だに受け入れきれてないアルフさんが微妙な答えを返す。その前に移動すると、俺は勢いよく手を打ち鳴らした。パァンといい音が鳴ると同時に、アルフの目に生気が戻り、目を瞬かせた。
「うおぁ!? な、なにすんだ!」
「いえ、アルフさんが現実に帰ってきていなかったようだったので目覚ましをしただけですよ」
そう言うと、バツが悪そうに苦笑しながら頬を掻く。
「そうか、すまん。アーテルニクスといったか? よろしくな嬢ちゃん……?」
「よろしくお願いしますね、呼び方はなんと呼んでくださっても結構ですよ。あと、一応この姿になっているときは人族と同じ扱いをしていただけると有難いですね」
「わかった」
そこに大きなお腹の音が鳴った。
「すまん、俺だ。腹が減ったし、飯を食いながら話そうぜ」
今眼前で見た光景を、もう割り切って考えているのか、何もこちらに聞くことなく飯をくおうと言ってくれたアルフ。それに感謝しながら俺は本日初めての飯にありついた。
というわけで、やっとまともに人との会話を入れることができました。ここから、折戸くんがこの世界で歩んでいく道を書いていけますね。
※今更の説明ですが、文章内で使っている「識る」や「視る」という字は「物事の根源を理解する」、「能力を使って対象を認識する」といった感じの使い方をしています。その状況によって、その言葉の持つ意味は変わってきますが、大まかには「特別な何かをするとき」に使う用語として捉えていただけるとありがたいです。
次の投稿は明日の予定ですが、進捗状況によってはまた伸びてしまうかもしれません。