起点遠隔式
「第一試合、勝者2年D組高雄智花!」
"学校当主決定戦"の開幕戦は会場こそは湧き立ったものの余り面白い試合では無かった。対戦カードは3年の刀根優斗と2年の高雄智花。優斗は3年の中でも上位に食い込む程の実力者だ。なんの問題もなく一回戦は突破するだろうと思っていたが負けた。理由は簡単だ。相手を侮り過ぎた2年とはいえ相手は学年次席。油断の許された勝負では無い。
「優斗、もう少しやりようは無かったのかよ…?」
俺はヘラヘラと笑なが控え室に戻ってきた優斗に諦め気味に話しかけた。
「おー、拓哉ー。やっちまったよー。さすが学年次席は強いねー。」
のんびりとした調子で優斗が答える。
「『穿』を使えば直ぐに終わっただろうにな。」
「嫌だよー。『穿』は仲間に向けれるような威力じゃ無いしうっかり死人なんて出したく無いからねー。」
確かに。優斗が『穿』を使わなかったのは不用意にけが人を出さないようするためだろう。それにしたって油断はしていたのが大きな敗因なのだが。
「確かに仲間に向ける魔法じゃ無いな。しかし、相手は『穿』ばりの攻撃魔法を使ってたけどな。」
苦笑しながら言うと優斗は嫌に真面目な声で答えた。
「あいつの、智花のは『穿』なんかじゃ無い。わかってないんだよ、あいつ。あれは唯の見た目が派手なだけの魔力の無駄遣いだ。」
聞いたことのない声だった。
「それよかいーの?お前が推薦した1年の試合始まるよ?気になってたんだよねーもしかしたら対戦相手になってかもしれないしさ。」
さっきまでのなんとも言えない雰囲気を隠すかのように優斗は何時もの調子で話を変えた。
「…。おっと、本当だ。んじゃまあ、移動するかな。」
優斗は何かを隠しているのは明白だった。だがここで追及する意味は無い。
「あれ?移動すんの?」
優斗が控え室の中継用プロジェクターを指差しながら言った。
「ああ、なんつっても予算の都合であんまりいいプロジェクター買えなかったからな…。画質がな…。」
俺は今になって予算管理の失敗を盛大に嘆いていた。
「あちゃー。生徒会長も大変だなー。まいいや早く行こうぜー。」
そう言って優斗はスタスタと歩き始めた。俺たちが会場についた時には既に鋼君と対戦相手の坂井颯太は試合開始線に立っていた。
「坂井か。どうやら相手が1年だからと油断しているようだな…。どうしてこうウチの学校の奴らは…。」
額に手を当てて盛大にため息を着く。
「そうかー?そこそこ本気じゃね?なんとかって刀持ってきてるし。」
坂井の腰には彼の愛刀『居合斬波』が吊り下がっている。
「よく見ろよ。だからこその油断なんだよ。」
そう、坂井は既に勝った気でいる。その証拠に坂井はほくそ笑み構えようともしていない。
「ありゃ、本当だよ。」
優斗も気付いたらしく苦笑する。
「第二試合を開始してください。」
アナウンスが開始を告げた途端に会場のテンションが跳ね上がる。1年唯一の参加者がどのように戦うのか皆興味津々と言った感じだ。中にはこの試合をネタに賭けをしているものもいるだろう。
「なあ、どっちが勝つと思う?」
俺はフィールドを見つめたまま優斗に聞いた。
「んー?1年生じゃ無いかなー?今気づいたけどあの子の魔力総量は拓哉を超えてるしー。」
俺よりも魔力総量が多いことに俺は気付けていなかった。それは俺が深く魔力についてまで読み取ろうとしていなかったこともあるだろうがそれ以上に鋼君が巧みにボヤかしているというのも当然あるだろう。
「たぶん気づいてるのは俺と智花ぐらいだと思うよー。彼随分と隠し慣れてるみたいだからー。」
優斗と話している間に坂井が口を開き随分と雄弁に何かを語っているようだったが生憎とここでは聞き取ることができない。そして、ゆっくりと坂井が愛刀に手を伸ばし数センチで触れるとゆうところで坂井はピタリとまるで時間でも止まった様に動かなくなった。鋼君を凝視しているその顔は蒼白を通り越して透けているのでは無いかというほど白かった。急いで鋼君の方に目を向けると彼は左手を真っ直ぐに突き出しているだけだった。
「坂井先輩。おさらいです。1年生が最初に教わる魔法はなんでしょうか?」
会場全体にしっかりと聞こえる声で鋼君は言った。
「な、なぁ拓哉…。もしかしてあれって…?」
優斗が驚いたようにして聞いてくる。無理も無い、俺だって驚愕しているのだ。この状況を見て驚かないのは1年生ぐらいだろう。
「ああ、補助術式壱丙…。他者へかかる重力を軽減する式の反転式だ…。」
だが、おかしい。通常補助術式は補助対象に直接触れた状態で使用しなければ効果は現れないはずだ。
「拓哉。あの1年生、起点遠隔式使ってる…。」
「なんだと⁉︎……事実なのか?」
優斗がそう言っているのだから事実なのだろうが俺には信じられなかった。起点遠隔式は離れた対象に補助術式もしくは拘束術式を使用することができるようにする式だ。補助術式にしても拘束術式にしても、対象に触れておかなければ通常は式が成立しない。だが起点遠隔式はそれらの限定を無視して対象に触れた状態でのみ成立する式を成立させることができるカウント6に分類される空間操作魔法だ。とても学生が使えるような式じゃない。
「うん。拓哉は遠隔式使える?」
躊躇いなく優斗は肯定する。そして一応の確認として俺に聞いてくる。
「使えるわけ無いだろ。俺は空間操作魔法はからきダメだ。それに魔力が足りない。」
俺には起点遠隔式が使えない。魔力自体が足りないのもあるがそれよりももっと致命的な要因のせいで俺は起点遠隔式を含むほとんど全ての空間操作魔法が使えない。
「やっぱり。拓哉の魔力と空間操作魔法の相性は効果の逆流が起こるみたいだからね。」
「相変わらずすごいなお前の目は。」
素直に言う。
「遺伝的なものだからね。この魔力の流れが見える目は。でも、鋼君はもっとすごいよ。遺伝もあるだろうけどあの魔力量は遺伝だけじゃないね。彼自身と魔力の同調具合が尋常じゃない。」
やはり利根の家の目は流石としか言えなかった。
「拓哉、試合が動いた…!」
優斗の口調がいつもと違うことの意味を思案しようとした時、先程まで鋼君の魔法で拘束されていた坂井の手が『居合斬波』に手を掛け魔力を刀身に流し込んでいた。そう、刀身が耐える限界スレスレの量の魔力を。
「なー。拓哉…?これ、やばいんじゃないー?」
優斗が青い顔をして聞いてくる。
「ああ、かなりヤバイ…。」
坂井の魔力総量はそう多くはない。それでも人一人の魔力のほとんどを込めるとなると相当な威力になる。加えて、坂井の『居合斬波』は魔力伝達効率の高い刀だいかに鋼君であっても受け止めるのは楽ではない。加えて、鋼君は観戦席を背にして立っている。これで鋼君が
避けようものなら大惨事になりかねない。生徒会役員に観戦席に魔力障壁を展開するよう指示を出そうとした時、フィールドから視線を感じた。視線の方を見るとにっこりと柔らかな微笑みを浮かべた鋼君が「大丈夫です。」と。観戦席の生徒も坂井の唯ならない魔力の高まりに気づいたのかざわつき始めている。くるりと鋼君は観戦席を振り返り先程俺に見せた確信を持った微笑みではなく、安心感を与えるような微笑みで「まかせてください。」と言った。そして、坂井の方を振り返った鋼君の双眸には怒りが滲んでいた。




