#1 プロローグ
何故、俺はここにいる。
何故、この勝負を叩きつけた。
少年は、これまでの全てを遥かに凌駕する恐怖の中にいた。
負けたら退学処分だから?
違う。
相手が底の見えぬ生徒会副会長、いや新生徒会長だから?
違う。
すでに2ゲームを落とし、後がないから?
それすらも違う。
少年が戦っていたのは得体の知れないゲームだった。
正直、ただのポーカーだと思っていた。今はすでに肩書きに元が付こうとしている現生徒会長の田河と練習した時も、それは単なるポーカーだった。
果たして、ファイブスクウェアという名の変則ポーカーが始まってみれば、少年はまごうことなき“勝負”の中にいた。
ファイブスクウェア。
それはこの私立五条学園で古くから行われていた“勝負”だった。
今、目の前にいる対戦相手であり、新生徒会長の大江は言っていたが、これは本当にプレイヤーの精神力を根こそぎ奪っていくゲームだった。
いや、ゲームなんて生易しいものですらない。
少年は、己の呼吸が異常に荒くなっているのを自覚していた。
何かに押し潰されそうになっているかのような心境だった。
少年は、昨日のことを思い出していた。
何故、あんなにも簡単に、大江に勝負を挑んでしまったのだろう。目の前で、大江が田河に圧勝する様を目撃したというのに。
困り果てた少年は家に帰った後、唯一の家族である祖父に無謀な勝負を申し出たことを打ち明けた。
それを聞いた祖父はしばらく天井を仰ぎ見た後言った、やってみな、逃げずに、やってみな、と。その時の祖父は、眩しいほどに笑顔だった。
「カードの交換も終わった。勝負の時間だ」
大江は、言った。いつもと変わらぬ、冷たさを持った表情で。
少年は、身の震えすら始まっていた。
「大江!」
少年の後ろにいた田河が叫ぶ。
「もういいだろう、この勝負、無効にしてやってくれ!」
「無理だ」
「犠牲になるのは私だけでいい! この通りだ」
「無理だ」
深々と頭まで下げる田河を一蹴する大江。
「ファイブスクウェアとは勝負を宣言した以上それをなかったことにすることはできない。例え、どのような謝罪があったとしても。もちろん、土下座をされてでも」
まさに土下座を始めようとした田河は、それを聞きそのまま膝を落とした。
「それが、ファイブスクウェアだ」
大江は、残酷に言い放った。
「大江…」
田河はうつむいたまま弱々しく言葉をこぼす。
そこに、強く、頼もしかった女生徒会長の姿はすでになかった。
「私は、信じていたよ。君がいつまでも私の右腕にいてくれることを。君は、私にとって良き友人であったはずなのに」
大江は、冷めた眼光で言い返した。
「僕も失望した。田河、お前がこんなにも弱くて脆いとは」
田河は、悲しみと悔しさとで、歯を食いしばりながら涙をこぼし始めた。
「もう、終わりにしてやろう」
大江はそう言うと、己の手札をさらけ出し始めた。
まず、チェンジせずに残した4枚のカードを順にオープンする。
クラブの4、クラブの7、クラブの9、そして、クラブのK。
大江は言った。
「これは信念のゲームだ。強き信念があればカードは決して裏切らない」
交換して得た最後の一枚を開ける。
ファイブスクウェアはベットが不要であり、そのためチェンジしたカードはショウダウンの時まで大江を含めた全員がその中身を知らない。
だが、大江には確信があった。そのカードの中身は―。
「クラブのA!」
大江が叫んだ。それは、フラッシュの達成を意味していた。
「さあ、お前もカードを開けるんだ。もちろん、フラッシュ以上ならお前の勝ちだがな」
大江が言った。勝利の確信を込めて。
少年は、まだ己の中で自問を続けていた。
何故、俺はここにいる。
何故、俺はこの勝負を受けた。
何故、俺はこんなにまで追い詰められている。
何故…、俺は、今、笑っている!!
「何が、おかしい?」
大江が訊く。
少年は、言った。
「ここから、ここからが…、勝負ですよ新生徒会長殿!!」