開幕
神社の子といっても、必ずしも神様を信じているわけではない。
この世界は、目に見えるものですら、迂闊に信じれば痛い目を見るのだ。
真実を見極め、取捨選択し、上手く生きていかなければならない。
でなければ、こんなちっぽけな存在などいとも簡単に潰されてしまうのだ。
そんな世界で生きていれば、『神様』などという目に見えない存在なんて、そう簡単に信じられるわけがない。
神に縋るだけで生きていけるほど、世の中甘くはないのだ。
……とはいえ、あたしは仮にも神社で生まれ育ってきたのだから、こんな思いを堂々と声に出すことはない。
それに、あたしは神を信じてはいないけれど、父曰く『由緒正しい古い神』を奉っているというこの風宮神社は、子供の頃から恰好の遊び場だった。
長い階段、広い庭、静かな境内。それに、小さくとも豊かな森。
遊ぶ場所には事欠かず、いつもどこかで笑い声を上げていた。
……ただ、『鎮守の森』と呼ばれる薄暗い森にだけは、絶対に入ってはいけないと両親に何度も言われていた。
おおらかな両親が、その時だけは厳しい顔になっていたから、ひどく印象に残っている。
「鎮守の森は神様のものだから、人間が迂闊に足を踏み入れてはいけない」
うんざりするほどそう聞かされていたから、中学二年生の秋……つまり、今の今まで、律儀に守ってきた。
これまでもこれからも、きっとその言い付けを守り続けていくのだと、信じていた。
だから、こうして鎮守の森の中で立ち尽くす羽目になるなんて、全く想定していなかった。
念のために言っておくと、なにも入りたくて入ったわけではない。
学校で配布された進路希望調査のプリントと睨み合いながら歩いていたら、たまたま森の入口に辿り着いただけなのだ。
「神社は俺が継ぐから、お前は好きにしていいよ。やりたいことをやりな」
帰ってプリントを見せると、お兄ちゃんにそう言われ、両親もお兄ちゃんに同意していた。
別にやりたいことなど特にない。けれど、信じてもいない神の社を継ぐのは気が乗らなかったので、ありがたくその言葉に甘え、進学先について思いを馳せていた。
制服が可愛いところ、通いやすいところ、仲の良い友達と同じところ。そして、私の頭で入れる学校がいい。
そんなことを、森の入口で立ち止まって考えていた。
……そんなとき、突然吹き抜けた強風に煽られて、プリントを手放してしまったのだ。
慌てて追いかけようとしたが、飛ばされた先は鎮守の森だと気付き、少し躊躇った。
入るなと繰り返し言う両親の顔が脳裏を過ぎる。
……でも、何で入っちゃダメなの?
神様のものだから?
神様なんて、あたしは信じてないのに?
信じていないもののために、大事なプリントを諦めるの?
……馬鹿馬鹿しい。
頭を振って前に向き直り、大きく息を吸い込む。
そうしてあたしは、言い付けを破ったのだった。
――プリントなんて、後で新しいものを貰えばよかった。
くだらない理由で言い付けを破るんじゃなかった。
そんなふうに後悔する羽目になるなんて、この時のあたしは知る由もなかった。