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捜索開始

 いつの間にか校内が静かになっている。おそらく授業が始まっているのだろうか。

 今教室に行ったら何て言われるのだろうか。

 そして、クラスのみんなはどんな顔で自分を見るのだろう。

 それでも行かないと。そう思って校舎に入ろうとしたその時、みなもを見ている二人の人物に気がついた。

 ひとりはみなもがよく放課後の補習で世話になっている杜先生。「もり」と読むのだが、漢字の読みから一部の生徒達から「しゃせんせい」とも言われている。

 みなもを他の生徒同様に接してくれる数少ない教師だ。

 もうひとりはみなもと同じ制服を着ている女子生徒。

 肩で切りそろえられたさらさらの黒髪、気の強そうな眼差しが彼女の美しさと力強さを兼ね備えている。

 襟のラインがみなもの青に対し、彼女のそれは赤いラインであることからみなもより一学年上であるのが見てとれた。

「どうした、何かあったか」

 杜先生が笑顔でみなもの前に近づいてくる。

 普段は動きやすい青いジャージの先生だが、今日はグレーの上下のスーツ姿である。

 ちょっと新鮮かな、とみなもが場違いな関心をしているともう一度杜先生が声をかけてきた。

「授業はもう始まっているぞ。早く行った方がいいんじゃないか」

「すみません、すぐ行きます」

 一礼をしてその場を離れようとした時、ふと今の事を先生に話したほうがいいのではないか、そんな考えがみなもの頭をよぎった。と同時に、こんな話をしてもただ馬鹿にされるのではないか、そんな考えもまた頭をよぎった。

 口を開くものの、声が出ない。出てくるのはため息とためらいばかり。

 そんなみなもの気持ちに気づかない杜先生はもう一度早く授業に出るよう声をかけたその時。

「何か用があるの?」

 それまでこの様子を見ていた女子生徒がみなもに声をかけて来たのだ。

「え?」

「何か言いたい事があるのでしょう。この先生、色々と忙しいから今言わないと話を聞いてくれませんよ」

 意思の強そうな瞳をまっすぐにみなもに向ける。

 その視線を怖いと思いながらみなもはおずおずとうなずいた。

「そうなのか?」

 杜先生の問いにみなもはもう一度うなずいた。それから「変な話と思われるかもしれませんけど…」と前置きをしてから先程みなもが体験した出来事を二人に話し始めた。

 おかしな事を言っている、と思われるかもしれないだろう。だから変な顔をされるか、あるいは笑われるかもしれない、そう思いながらみなもは二人の反応を待った。

 案の定、二人は怪訝そうな顔をみなもに向けている。しかし、その次の反応はみなも自身、思ってもみなかったものだった。

「声を聞いたのか」

 その真剣な、そしてただならぬ表情にびっくりしながらもみなもはおずおずとうなずいた。 

「俺から担任には話を通しておくからみなもはちょっと付き合ってほしい。これはもしかしたら重大なことだと思うんだ」

 みなもの返事を待たずに杜先生はみなもの手を引いて歩き出す。その後ろを女子生徒がついて歩き出す。

 半ば引きずられるように歩くみなもの目に一瞬、彼女の期待に満ちた笑みが見えた。


 引きずられながらも転ばないよう歩いていたみなも達がやってきたのは校舎一階にある来客用昇降口そばの校長室だった。

 ノックもしないで入った杜先生、開口一番部屋中に響く声で言った。

「声を聞いたらしき生徒を見つけました」

 そしてみなもを前へと引っ張り出した。

 引っ張り出されたみなもの前に二人の人物が見える。

 正面に大きく立派な来客用テーブルを挟んでこれまた大きな校長先生専用の大きな机が構えている。

 そこにはこの学校の校長が難しそうな顔をして座っている。

 その机を挟んで見慣れない女性が校長同様難しい顔をして立っていた。

 白髪まじりの初老に差し掛かった校長に対し、黒く艶のある長い髪と切れ長の瞳がどことなく妖艶さを漂わせているとても美しい女性だった。

 学校の先生にいたっけ、そうみなもが考えているとその女性がみなもの前へと近づいてきた。

「声を聞いたのはあなたですか」

 意味がわからずどう返答しようか迷っていると杜先生が、

「さっき言った事を言えばいいんだ」

 と助け船を出してくれた。

 校長と女性の視線がみなもに注がれる。そのただならぬ雰囲気にどきどきしながらみなもは先程話していたことをもう一度話した。

 こちらも、半ば半信半疑で聞いていたが、みなもが「お母さんを助けて」と言ったところで不意に女性の表情が変わった。

「お母さんを助けて、そう言いましたか」

 口調は静かなものの、その声には幾分興奮の色が見える。その様子にただならぬものを感じながらみなもはうなずいた。

「それで、その声とは話をしましたか」

「いえ、そこまでは。話しかけては見ましたが

向こうには通じなかったようです」

 すみません、と頭を下げます。そんなみなもに女性はそんな事はないですよ、と笑いかけます。

「何にせよ声が聞こえるだけでも凄い事なのです。あなた自身声が聞こえるようになったのはいつから?」

「あ、えっと……」

「それよりも」

 なおも話しを聞こうとする女性を校長が止めます。

「今はもっと大事な事を聞かなければならないのではありませんか」

半ば苛立ちのまじった口調に女性が肩をすくめます。

「この話は後でゆっくり聞かせてもらうとして、さっきの声が聞こえた場所はここと、あなたの下宿先で間違いないかしら」

 みなもが、はい、とうなずきます。

 女性がふむ、と一言つぶやいて顎にこぶしを当てて考え込んでいる。

 しばらくそうしていただろうか。

「今は時間がありません、杜先生、この子も連れて三人で捜索してもらえませんか?今日の授業はこの捜索をもって単位にいたしますので。

ところで、あなたの名前とクラスは?」

「一年Fクラス、みなもと言います」

「Fクラスですね。担任には私が話しておきましょう。どちらにしてもこの子の担任には誰かが話しておかないといけないでしょう」

「よろしくお願いします。あの先生なら俺が言うより説得力があるでしょうから」

 女性がふふっ、と笑います。

「人それぞれです。でもこれで今度こそ見つかるでしょうか」

「見つかるまで帰って来ないつもりですよ。

あと、協力をあおぐからにはみなもにも話したほうがいいでしょうか」

「それは困る。これは内密に進めてもらいたいのだが……」

「構いません」

 校長の言葉を女性が遮ります。

「みなもさんにもある程度聞いてもらったほうがいいでしょう」

「あの……」

 今まで黙って聞いていたみなもがおずおずと言葉を挟みます。

「内密な話なら私は聞かないでいますから無理に話さなくても大丈夫です」

「いや、みなもには聞いてもらったほうがいいと俺も思うな。なにしろあの声を聞いているんだからな」

「私も同意します」

 そばで聞いていた女子生徒もうなずきます。

「とにかく、事は一刻を争います。皆さんよろしくお願いします」

 わかりました、と杜先生はうなずくと一礼をして半ば呆然としているみなもの手を引いて校長室を出て行った。

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