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 帰り道。

 水田の中の畦道を歩きながらみなもは何気に耳たぶに手を当ててみた。

触れた指先に先程もらった魔法石のピアスの固い感触がある。

 新しいアクセサリーの感触を確かめながらみなもは暗くなり始めた畦道の中を歩みを早めた。水田の畦道は外灯が少ないため暗くなると道が見えなくなり下手をすると水田に落ちかねないからだ。

 青白い灯りが砂利だらけの道を照らす。

 その外灯の下でみなもは不意に立ち止まった。

 どこからか声が聞こえてきたからだ。

どこか慌てているような、それでいて悲しそうな声。

 辺りを見回すものの、人の姿も気配もない。

「誰?」

 呼び掛けてみるものの、声は答えない。

 ただ、悲しそうな声が漂うばかり。

 もう一度呼び掛けてみたものの、返事はない。

 やがてその声も徐々に途切れ途切れになり、やがて聞きなれたカエルの鳴き声へと変わっていった。

 そして気がつけばカエルの合唱の響くいつもの水田の光景へと変わっていたのだった。

 道端から見る水田は日も落ちてすでに暗くなっている。

 外灯越しに水田を見ながらふと、声を聞くのは久しぶりだった事、そして同時にここで声を聞くのは初めてだと言う事に気がついた。

 みなもをここに送り出してくれた両親はここから遠く離れた土地で田畑を耕し、魚を取る生活をしている。

 しかし、ここしばらく前から土地は痩せて作物は取れなくなり、海から魚がいなくなっていた。

 作物が取れなくなり、海から魚がいなくなってからみなものまわりで聞こえていた声も途切れていたように思う。


 ちゃんと魔法の勉強をして来なさい。そして、声が聞こえなくなったのはここだけなのか、どうして声が聞こえないのか、原因を調べてくるのよ。


 母親はそう言ってみなもをこの街に送り出してくれた。

 みなもをこの街にに送り出してくれた両親は今も痩せた土地を耕し、魚のいない海で網を投げているのだろうか。

「ちゃんと聞きたかったな」

 水田に響きわたるカエルの鳴き声に自分の独り言がかき消されていく。

次こそは、そう思いながらみなもは暗い道を歩き始めた。


 次の日、いつもより少し早めに支度をして外へと出たみなもは人の気配のない水田で昨日の声が聞こえないか気配と耳をすましてたっていた。

 早朝で人家の少ない水田の畦道だけあり、人の気配はなく、賑やかにさえずっている雀の鳴き声しか聞こえて来ない。

しばらくチュンチュンさえずる雀の賑やかな鳴き声を何気なく聞いていた。

来る、とみなもが感じたそのときだった。

 雀の鳴き声が不意に聞こえなくなると同時に、それは聞こえてきたのだ。

 始めはただの囁きだった。

 その囁きはやがて増えていき、いつしかみなもの耳に数えきれないほどの囁きとなって聞こえてきたのだ。

 ほんの小さな囁きも数が増えればそれは大きな声となる。

 こんなにたくさんの声を聞いたのはみなもにとって初めての事だった。

 まるで声の洪水の中にいるかのようだ。

思わず耳を塞いだものの、声は耳を飛び越えて直接頭の中に響いてくる。

 始めはその声の洪水にただただなす術のなかったみなもだったが聞いていくうちにじょじょではあるが、声の洪水のひとつの言葉がわかり始めてきた。

 その中から昨日聞こえていた声を探していく。しかし、声自体は数が多く、その中からたったひとつの声を探すのは至難の技と言ってもいい。

 結局、何の成果もないまま声の洪水に浸かっていたために耳鳴りと頭痛でずきずきする頭を抱えて学校へと向かう事になったのだった。


 ずきずきする頭を抱えながら学校についたみなもはまず頭痛薬をもらうため昇降口を抜けて中庭の向かい側にある保健室へと向かった。

 普段から風邪すら引かないみなもにとって保健室はほとんど無縁のところである。

 普段いかないからこそ保健室の前で緊張しながらも頭痛薬をもらうだけだからと心の中でつぶやいてみなもは保健室の扉を開けた。

 中に入ると右側に様々な薬瓶の入った棚と小さなブックスタンドの乗った教員用の机、左側には頭の部分がカーテンに隠れたベッドが見える。しかし、そのどこにもいるはずの保険の先生の姿はなかった。

 すぐ戻ってくるだろう、そう考えて棚に近づき中の薬を眺めるものの、どれがどの薬かわからない上に棚自体も鍵がかかっていて開ける事ができない。

 来るまで少し横になろうとベッドに腰をかけて保健の先生を待つことにした。

外の喧騒が保健室の静けさを通してみなものいるベッドまで伝わってくる。

 上履きを脱いで布団の上から横になってそんなひと時を何気なく聞いていたときだった。

 その喧騒に混じってかすかにあの声が聞こえてきたのだ。

 間違いない、昨日聞いたどこか慌てているような、それでいて悲しみの混じったその声。

 今朝の様な大量の声がないだけあり、その声ははっきりと聞こえてくる。しかし、何を言っているのかは相変わらずわからない。

 痛む頭を振り払ってみなもは保健室を飛び出したのだった。


 保健室を出て着いたのは、校舎に囲まれた中庭だった。

 この魔法学校は校舎が二棟平行に並んでおり、その校舎を繋ぐ様に階段と渡り廊下が校舎端より中側にそれぞれついている。

 その、校舎と渡り廊下に囲まれた中庭は小さいながらも噴水が設置されている。噴水の回りは芝生が敷き詰められていて、休み時間には本を読んだり、昼休みに弁当を広げる人がいたりとちょっとした憩いの場所となっている。

 声は相変わらず聞こえてくるものの、やはり何を言っているのかわからない。

辺りを見回してふと、噴水の中を悠々と泳いでいる鯉達の姿が視界に入った。

 白地に赤、黒と色鮮やかな錦鯉の姿が見える。

 人の気配に気がついたのだろうか、錦鯉が口をぱくぱくさせて噴水の縁に近寄ってきた。

 それと同時だった。


 ……けて。


 意味不明な言葉が一瞬、はっきりした言葉となって聞こえてきたのだ。


 助けて。木を助けて。


「何を助けるの?」

 みなもが問いかけるものの返事はない。ただ「助けて、助けて」と言うばかりだ。

「お願い教えて。私はどうすればいいの?」


 助けて、私たちのお母さんを助けて。


 その声は徐々に小さくなりやがてみなもがどんなに耳をすませてもその声は聞こえて来ることはなかったのだった。

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