水色ピアス
中に入ると、いらっしゃいませ、と言う元気な声がみなもを迎えてくれた。
そう広くない店内はざっと見て右側にカウンターと魔法グッズ、左側はそう高くない棚にごく普通の文具や今時の女子が集めている人気の可愛いキャラクターグッズが置いてあるのが見える。
中央は赤いチェックテーブルクロスの掛かったテーブルが置いてあり、そこに魔法石や魔法に関するグッズが行儀よく並んでいる。
そのそばにひとりの女の子が魔法石を手に立っていた。
不揃いながらも肩まで揃えた艶のある黒髪、同じくらい黒いワンピースを着てその上に白いフリルのエプロンをつけている。
整った顔立ちは美しく、そのもの悲しそうな表情とあいまってまるで陶器の人形を思わせた。
そのそばで先刻の女性が羽根ををより合わせたはたきを持って立っていた。
女の子が手に持っていた魔法石をテーブルの上にゆっくりと置いていく。それから不安そうな表情を女性の方に向けた。
テーブルを前に始めは難しそうな顔をしていた女性だったが、すぐに表情をほころばせて言った。
「うん、上等上等。きれいに陳列出来たね、ナッキー。これなら見てくれる人みんな買っていってくれるよ」
不安そうな顔をしていた女の子がこの一言で変わっていく。
はにかみながらも嬉しそうに笑う女の子にみなももまた、訳もなく口許をほころばせていた。
みなもの知っている魔法ショップと言えば古くて埃を被っている商品がところ狭しと並べられ、得体の知れない臭いがただよっているものだったのだが、この店は種類こそ少ないもののどれもきれいに陳列されていてひとつひとつに手作りのプライスカードが添えられていた。
とても魔法ショップとは思えない。普通のファンシーショップと言ってもいいのではないだろうかとみなもは感じていた。
会計はどこなのだろうかと思いながらみなもがきょろきょろしているとそれに気がついた女性が声を慌てて声をかけてくれた。
「すぐ行きますので少々お待ち下さい」
小走りにカウンターの中に入るともう一度カウンターの中で頭を下げる。それからみなもから受け取った魔法石を数え始めた。
女性が魔法石を数えている間、みなもは何気なく中央のテーブルへと視線を向けた。
紺色の上質の生地の敷いてあるそう大きくないテーブルには色とりどりの魔法石が置いてある。
手のひら大の魔法石のそばにあるプライスカードを見ると、他の店にある同じ大きさの魔法石の値段より多少安いものの、それでもみなもの小遣いではとても買えそうにはない。
ため息混じりにテーブルの上を見回してふと、その視線が止まった。
大きい魔法石のそば、みなもが買ったのと同じくらいの大きさの魔法石が置いてある。
それだけなら目を止めなかっただろう。みなもが目を引いたのがそれが加工されたものだったからだ。
青い魔法石を埋め込んだメダルのキーホルダー。
黄色い魔法石は三角すいに加工され、シルバーのチェーンに繋がれている。
赤い魔法石は綺麗に磨かれて指輪や腕輪になっていた。
どれもシンプルながらも丁寧に作られている。
いくら位なのだろう、そう思いながらそばについているだろうプライスカードを探してみたものの、それらしき物は見つからなかった。
売り物ではないのだろうか、それとも値段がつけられないほど高価な物なのだろうか。
値段を聞いた途端、それを売りつけられやしないだろうか、そう考えながら目の前の加工品を見ていると、魔法石を数え終えて袋に詰めていた女性が声をかけた。
「おひとつ如何ですか」
「いえ、そんなつもりで見ていた訳ではなくて、ただいくら位なのかな、と思って」
「いえいえ、こちらの加工品はお金を取りません。これはナッキーが作ってくれたものでして、これはお客様のサービスでやってる事なのですよ」
それからナッキー、とテーブルのそばに待機していた少女に声をかけます。
「いつものよろしくお願い。魔法石をたくさん買ってもらったからいいもの作ってくれるかな」
少女が「はい」と小さくうなずくとカウンターの中に入り、そのまま奥の扉へと入っていった。
扉が閉まるのを確認して女性は話し始めた。
「そんなにお時間は取らせません。もし時間がない様でしたら次にいらっしゃった時にでもお渡しいたしますが、いかがいたしますか」
「私は構わないのですが、一体何を渡すのですか」
一瞬、女性がキョトン、とした顔でみなもを見つめていたが、何かを思い出したのだろう、カウンターを出てそのままテーブルの上の商品を見回してからようやっと何か思い当たったようだ。
「申し訳ありません。どうやら一番大事な事をお話してなかったようです。
この店では商品を買っていただいたお客様にナッキーが魔法石で加工品を作ってあげているのですよ」
「彼女がですか」
彼女が消えたカウンターの奥の扉を見ながらみなもがたずねる。
魔法石の加工は加工の腕に長けたドワーフでもごく一部の者しか出来ない熟練の技とみなもは聞いた事がある。
なぜなら魔法石に秘められた魔力を最大限に引き出しつつ、なおかつ石の中の魔力を削らずに加工しないといけないからだ。
改めてみなもはテーブルの上にある魔法石の加工品をひとつ手に取った。
紫色の蝉に似たそれはおそらくブローチとして使うのだろう、安全ピンがついている。
天井にある明かり取りの窓から透かして見ると微弱ながらもキラキラと光った魔力が透けて見てとれた。
魔力を最大限に引き出す理想的な形は球体と言われている。それを考えれば魔力を最大限に引き出す形とはいかないまでも石の中にある魔力はしっかりと残っている事から、ナッキーと言う少女は魔法石の加工にはそこそこの技術を持っているのに違いなかった。
「ところで、一体どんな物ができるのでしょうか」
「私もそこのところはわからないのですけど、何でもナッキーによるとお客様から感じる魔力とか色々総合してその方に似合う物を作るそうですよ。人間も魔力も千差万別ですからね、出来上がるまでは私もわからないのですよ」
「これだけの物を作るのに加工料とかは取らないのですか?」
テーブルにある加工品を見る限り少し位はお金を取るものだろうと考えたみなもだったが、女性は笑って首を降った。
「大きい魔法石ならそれもありでしょうけど、この大きさでは魔法グッズとしては売り物にはならないと聞いています。それならお客様に差し上げた方がいいかな、と思いまして。まあ、一番の理由はナッキーが作った物をお客様に差し上げたいと言う私のわがままなのですけどね」
そう言って照れ臭そうに女性は笑った。
そうしているうちにカチャ、と扉がゆっくりと開いてナッキーがおずおずと入ってきた。
握りこぶしにした右手を大事そうに胸に抱えている。
「これ」
一言つぶやいて右手を女性の前に差し出すと、まるで花が開く様にゆっくりとその手を開いた。
所々に治りかけの切り傷や大小様々な絆創膏だらけの痛々しい掌の上に、一対のピアスが乗っていた。
丸く削られた水色の魔法石は綺麗に磨かれ、店内の灯りと協調してキラキラと輝いている。
その輝きはカウンター越しのみなもからでもよく見えるほどだ。
「いつもながら良いできですよ、ナッキー。今までの中で最高の出来ではないですか。
さっそく、お客様にお渡ししてくださいね」
はい、とナッキーがうなずくと、カウンターから出てそれをみなもに差し出した。
みなもの目の前、不安そうな顔をしたナッキーがピアスを乗せた手を差し出して立っている。
傷だらけの掌に乗ったピアスとまるで迷子になった子犬の様な不安そうな顔をしたナッキーを交互にながめつつ「ありがとうございます」と礼を言いながらみなもはピアスを受け取り、改めてそれを眺めて見た。
みなもの掌に乗せられたピアスは場所が変わったからだろうか、先程までの輝きはないものの、それでも淡い光を放ちながらそこにある。
まるで、私をつけてみて、と誘惑しているようだ。
「あの、つけてみていいでしょうか」
「構いません。今鏡を出しますね」
女性が扉の中に入り、少しして小さな卓上鏡を持って戻って来ると、彼女が見やすい様に角度を変えてみなもの前に置いた。
その言葉に甘えてみなもは鏡を見ながら今までつけていたピアスを外して水色のピアスをつけた。
ピアスは大きすぎず、彼女の耳たぶで控えめに収まっている。
やはりみなも用にあつらえたと言うだけある。
切り傷ややけどで絆創膏だらけになったナッキーの手を思い出して彼女がどれだけ努力をしてこれを作り上げたのだろうか、そう考えるだけでみなもはそうぞんざいに扱えないな、と思った。
「お気に召しましたか」
鏡に映ったみなもがうなずいた。
「こんな良いもの、本当にただでもらっていいのですか」
「もちろんです。もらってくれればナッキーも喜んでくれますし。こちらとしましてはお客様が喜んでくれればいいわけですから」
ね、と女性がナッキーに同意を求める。彼女もまた、無表情な顔でこっくりとうなずいた。
「ありがとうございます」
小さな魔法石で一杯になった袋を受け取り、みなもは改めて頭を下げた。
「こちらこそ、また来てくださいね」
女性が笑顔で答える。
ありがとうございました、の声に送られてみなもは暗くなり始めた商店街を歩き出したのだった。