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黄昏に浮かぶ揺り籠

 武器屋の子、ダグは、何度もめくり、すっかり手になじんだ書物の頁を朗々と読み上げた。

「古代、世界は三すくみの関係でできていた」

「……」

「即ち、人は自然の恵みによって生き、自然は精霊の祝福によって生き、精霊は人の信仰によって生きている」

「……」

「しかし、やがてその(かなえ)の関係は崩れ、黄昏の時代が訪れる」

「……」

 ダグは本をパタリと閉じると、大袈裟な仕草で嘆息してみせる。

「こうして待ち呆けていると、古の文明が滅んだ要因は、今日と同じ日が明日もまたくると信じて無為な時間を過ごしてしまったためなんじゃないかと思えてくるなあ」

「……だああっ!! 五月蠅い!!」

 こめかみをひくつかせながら我慢して作業を続けていた青年、道具屋『ドラウプニル』の主ことスノリは声を荒げ、よく使い込まれた木の机の上に大きな籠を二つ、勢いよく置いた。

「大金槌、鉄のインゴッド、縄、木炭などなど! ご注文の品、全て揃いま・し・た! ……ったく、いやらしいやり方で催促しやがって」

「ご苦労。褒美だ。受け取れ」

 ダグは鷹揚に八本脚の馬が描かれた金貨を放り投げた。

 スノリは苦々しい表情でそれを受け取る。

「……毎度。ちょいとお供え物をする時間をくれ」

「ああ、その時間か。お前もよく続くな」

「師匠の言いつけだし。母さんの形見と言えるのはこの習慣くらいだからな」

 そう言いながらスノリは、木の板を組み合わせて作った小さな祭壇に店の商品の一部を供え、柏手を打った。


「待たせたな。さあ、運ぼう。お前も手伝え」

 籠のうちの一つを担ぎ、残りの一つを指さしてスノリは言う。

「やれやれ。客使いの荒い店だ」

 ダグの方も文句を言いつつその籠を背負い、二人揃ってスノリの店を出発した。

 

「うん。今日も雲一つない良い天気だ」

「この揺り籠の中で、そんな牧歌的なもんが見えるわけないだろ」

「ははっ! 確かにな」

 "緑"色の天を見上げつつ、スノリは冗談を言い、ダグは真面目にツッコミを入れながら歩く。

 

 街は、世界樹と呼ばれる巨大な樹木から伸びる枝葉によってドーム状に覆われていた。古き過ちの爪痕と現在をかろうじて隔てる、壁。

 他にも同様なものが世界中にいくつか点在し、それらは、人類が生きることを許された最後の地となっていた。

 

 大通りを抜けて目的地を目指す。まだ昼前だったが、通りは市で賑わっていた。所々で行き交う人々とぶつかってしまう。

「……ってえな。どこに目ぇつけてんだコラぁ!!」

「くだらないことで喧嘩売ってんじゃないわよ。行くよ、ナルヴィ」

「ああ! 待ってくれよお、姉ちゃん」

 つば広の帽子に派手で安っぽい飾りを下品に散りばめた厚手の服装。珍妙な格好をした姉弟らしき二人組の背中を眺めながら、ダグは呟いた。

「今のは、流れのトレジャーハンターだな。遺跡目当てか?」

「そういや、近々"生えてくる"って話しだったな。うちも準備しておかないと。大事な仕入れだ」


 通りを抜けてすぐ。ダグの実家、武器屋『ハールバルズ』に二人は到着した。

「師匠~。ご注文の品、お届けにあがりましたー」

「あらあら。ご苦労様。うちの子は少しは役に立った?」

 中から出てきたのは店主兼ダグの母親、ノート。飾り気のない作業用エプロンを身につけていても、そこから意志の強さと品の良さがにじみ出ている。

 向こうではダグがつまらなそうにそっぽを向いているのが見えるた。

「ええ、とても。いつもご贔屓にして下さって有り難うございます!」

「あらあら。ここではいいのよ。そんな格式張らなくても」

「いえいえ、商売の基本を教えてくれたのは師匠ですから。そんなわけにもいきませんよ」


 "勇者"だった父親の遺族給付金を受け取り、それを元手に店を開こうとしていたスノリを何かと助けたのは彼女だった。

 子であるダグの友人というだけではなく、母親も友人だから、とノートは語る。

 彼女はスノリの幼い頃の保護者であり、スノリの生活を支える二つの要素において師でもあった。一つは商い。もう一つは……。

「お供えとお祈りはちゃんとやってる? あれは、必ずスノリを助けてくれるからね。欠かしちゃいけないよ」

「もちろん。実際、既に何度も助けてもらっていますし」


 そんなことを話していると、天を覆う一面の葉と葉がこすれあい、天然の楽器が奏でる独特の音が街全体に鳴り響いた。

「! もう"生えてきた"のか!? こうしちゃいられない。師匠! 俺、これで失礼します。ダグ、手伝ってくれ。また珍しいもんを目に出来るかもしれないぞ」

「言われるまでもない。お前こそ、もたもたするな」

 そう言いながら、スノリとダグは既に走り出している。

「いってらっしゃい。気をつけて。……怪我しないようにね」


 街の中心。もしくは底。この街における世界樹のほとりに立つ小さな白亜の神殿。そこに街の内と外を繋ぐ出入り口がある。

 二人が着いた頃には、同様の目的であろう連中が集まってきていた。

 街の命令で調査に行く者。お宝目当ての者。大通りでぶつかったトレジャーハンターらしき二人の姿も見える。協調性がありそうな人間など誰一人いないが、その場には奇妙な秩序が保たれていた。


「……静粛に。今より、申請のあった順から衣の貸し出しを行います」


 『世界樹管理委員会』。

 神殿の中から出てきた、緑色のフードを目深にかぶった集団は、いつしか人々からそう呼ばれるようになっていた。

 いつ何処で発足したのか知る者はいないが、遥か昔から世界樹に関する一切合切を管理し続けていることだけは分かっている謎に包まれた集団。

 政治、営利的な性格は一切もたず、無慈悲なまでに公明正大。その秘密を探ろうとしたり金銭暴力により懐柔をはかろうとした者たち、世界樹を無許可で利用しようとした者たちは皆、例外なく二目と見れない姿で壁の外に廃棄されると言われている。

 彼ら無言の圧力をもった存在により、特に警察機構などが存在しないこの街でも、不思議な治安が維持され続けていた。

 世界樹の庇護がなければ、この世界で人は生きていけないからだ。

 

 神殿内の受付で、スノリとダグの二人も外に出るのに必須な装備を受け取った。

 世界樹の衣という、世界樹の繊維を編んで作られた外套は、霊的な力場を発生させ外の環境から着ている人間を守る役割を果たす。

 この衣と水・食料さえあれば、一ヶ月ほどは外で活動することが可能となる。

 私有は認められておらず、世界樹管理委員会に申請、受理されることによって一定期間貸与される決まりとなっていた。

 

 二人は世界樹の衣を身につけ、神殿の奥から他の者たちと共に外へと降り立つ。

 そこには、"もう、どうにもならない"という概念をそのまま実体化させたような光景が広がっていた。

 衣がなければ、極めて短時間のうちに体内も体外も灼かれ、凍り、砕け散る。

 灼熱の波と極低温の嵐が不規則に入れ替わり吹き荒れる、死の大地。

 

(ああ、今日も世界は終わっているな)


 もう何度か目にしているその光景に目を細めつつ、スノリはダグと共に出発した。


(続く)

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