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嘘偽りなく君に

「……はい、これでいいわ。まだ痛むようなら言って頂戴」

「いや、多分大丈夫だ。悪いな、ルディ」

「謝るくらいなら怪我してくれない方がいいのに……」

「できればそうしたいけどそう都合よくもいかないんだよ。前衛だし」

「それはわかってるけど、」

 街の宿屋の一室。滞在時間ということで半ば自由行動のような格好になっているが、ルディはリーヤを引き留めてその怪我を看ていた。原因だった戦闘は今となってはどれだったのかわからないが、左手の使い方に不自然さを感じて問い詰めたところ案の定痛めていた。どうも打撲のようだったが。

「大体何でその時に言わないのよ。利き手じゃないからって怪我に代わりはないでしょ?」

「これくらいならすぐ治ると思ったんだよ。いちいちお前に回復してもらうほどでもないと思って」

「確かにリーヤなら放っといたって大丈夫なんだろうけど」

「おい」

「……心配するじゃない。ちょっとした怪我でも大事になることだってあるのよ」

「……悪い」

「悪いと思ったなら今度からちゃんと言って」

 わかった、と笑う顔は普段通りに間の抜けたものだけれど、了解したからには約束を破ることはしないだろう。怪我も大事ではなかったし、とりあえずは一安心だ。テーブルに一応広げていた救急道具を片づける。

 ほっとしたところですとんと気が抜けた。

「……私が前に出られたら、少しは役に立つのかな」

 滑り出た言葉はいつもどこかで考えていたことだ。ルディの役回りは完全に後方支援。回復役としての仕事は確かに重要だけれど、後衛の詠唱を守るという仕事は前衛の肩に掛かる。

 私が自分の安全くらいは守れたら、前衛が怪我をするような負担が減るのだろうか。

「私が足、引っ張ってないかな……なんて」

「んなことあるわけねーだろ」

 言葉を遮るような間合いでリーヤが言った。少し珍しいかと思うような強めの語調での否定。

 救急道具を片づけていたところから対面へ顔を上げると、リーヤはまっすぐにルディの方を見ていた。

「何をどうしたらお前が足引っ張ってるなんてことになるんだよ。確かに直接相手を倒すことはないからそう思うのかもしれないけど、回復がいなかったら俺たちだけじゃ相当辛いはずなんだ、怪我だってするし体力も落ちる。役立ってるどころかルディがいなかったらザコ戦だってまともに成り立たない」

 このひとこんなに喋るっけ、と思うくらいすらすらと並べられる言葉は迷いがない。それこそ聞いているルディの方がそれを受け取ることを戸惑うくらいに。

「少しなら回復できる奴もいるけどさ、お前が全員のことよく見て対応してること、多分みんな知ってるよ。俺と違ってミスみたいなミスもしないで仕事できるなんて凄いことだろ。そこは卑屈になってないでちゃんと自分で認めてやらないと、俺はお前の努力が可哀想だと思うぞ」

「……そう、かな」

 自分で認めてやらないと可哀想、そんな風に言われたことが新鮮だった。

 私は私に、もっと胸を張ってもいいの?

「……何て言うか、ルディは責任感強いんだよな。俺なんかからしたら十分なくらいやってくれてんのにさ、まだ他にもまだ何か、って。根が頑張り屋なんだよな、昔っからだけど凄いと思うよ。

 この怪我のことだってそうだろ。手間掛けさせたくなかったのはそうだけど、お前ちゃんと気づいてくれるんだもんな。負けるよそういうとこは。

 そうやってさ、いっつも俺たちのこと見て気遣ってくれるのはルディの優しさだよ」

 ふっとリーヤが言葉を切った。並べられた言葉を自分の中に取り込む暇もなく目を瞬かせていたルディに、リーヤはこともなく続ける。

「俺は、お前のそういうところ好きだけどな」

 最後の最後に真顔で爆弾投下。きっとそういう意味ではない、絶対にわかっていない! ―――けれど刺激は大きすぎた。

 顔に熱が集まるのが嫌と言うほどよくわかる。こんなことを真っ直ぐに言われて恥ずかしくない人の方が少ないに違いない。それでなくても。

 そんなまっすぐな言葉を、不意打ちで言い放てる方が反則だ。

 がたっと音を立てて椅子から立ち上がり、顔色を見られないように俯くのが精一杯だった。

「手当ても済んだしもう大丈夫でしょう!? 私部屋に戻るからっ……!」

 満足な理由を繕う余裕もない。今は一刻も早くここから離れたかった。

 そうしなかったら、きっとこの鈍感は頬の赤みのことを何の遠慮もなく尋ねてくる。それだけは。

「だからお大事にっ!」

 ばたん、と勢いよく閉められた音だけが残された空間で、残された方は半ば呆然とするしかなかった。

 あれ、また何か怒らせるようなこと言ったのか俺。考えてみるが特にそんな要素が思いつかない。いや思いつかないのはいつものことだっただろうか。

 突然のことだったので何となく衝撃が強かった。驚かされたような感覚が残って今すぐ席を立つ気分ではない。せめてもう少し落ち着いたら。

「……リーヤくーん? あ、居た居た」

 ノックと同時にがちゃりと開いた扉から、今度はイマが室内を覗き込んだ。ノックに対する返事を待たない当たりが彼女らしいというか。実はイマがそんな不作法をするのはミトかリーヤに対してだけと決まっていたりするが、当のリーヤはそれに気づく由もない。

「何かあったのか?」

「うーん、あったと言えばあったような?」

 おっじゃましまーす、と身軽に部屋の中へ滑り込んで、そのまますとんと対面に座った。遠慮はない。

「今そこでルディとすれ違ったんだけど。何かあった?」

「俺が聞きたい」

「また何か言ったんじゃないの? リーヤ君のことだから」

 何かあった、と聞きながらイマの中では事態のおおよその見当がついていた。喧嘩ではない、ああして人目を避けるようにあてがわれた部屋へ逃げ込むということは、何か耐えかねるようなことがあった。

 ルディの照れ屋はわかりやすいからなぁ、とイマは心の内で考えた。……わかりやすいはずなんだけどなぁ、とも。

 対するリーヤはまさに悩み始めていた命題に唸るばかりだった。途中まではいつも通りだった、何が今回の引き金だったのか。

「……わかんねぇ」

「まあそこで答えがすぐにわかったらリーヤ君じゃないしー」

「馬鹿にしてるんだよな?」

「悩んでる答えもわかんない人が馬鹿にされない理由がどこにあると思う?」

「…………」

 勝ち目はないと判断したリーヤが大きく息をついた。そのままテーブルに肘もついて銀髪をかき回す。答えが見つからないことには困っているらしい。

「とりあえず、ルディに何言ったのか言ってみなよ。何かわかるかも」

「全部なんて覚えてねぇよ……」

「一言一句繰り返せなんてヒノ君にだって言わないよ、ましてやリーヤ君になんて」

 促されてリーヤは記憶を辿り、たどたどしいながらも覚えている限りのことを掘り起こした。時間を追うにつれてイマが表情を重くしていくことには気づかずに。

 これで大体全部かな、と思ったところで対面のイマを見遣る。

 途中から相槌も打たなくなっていたイマは、悩ましげにこめかみを押さえて俯いていた。

「……あの、イマ? 何か……?」

「……どうしてくれようかなこの鈍感……。いっそのこと……いやそれだと何の意味も……」

 口の中でぶつぶつと呟くイマに何となく声をかけにくさを感じたリーヤはどこか恐々と様子を伺う。何だ、やっぱり何か地雷を踏んでいたのか。

 うん、と整理をつけたらしいイマはしっかりと顔を上げた。

「リーヤ君、さっきルディに言ったこと、私に向かってもう一回言ってみて」

「え、また?」

「ぶっちゃけ最後の一言だけでいい。私に向かって」

 一体何をさせたいのか。同じことを何度も何度も。

 疑問符を抱きながらも一応言われた通りに。というか最後の一言というのは―――

「だから俺、は…………」

 敢えてなのか何なのか、一瞬も目を逸らさずに見つめてくるイマに向かって言えと指定された言葉。改めて考え直して、―――言えない。

 黙り込んで片手で顔を覆ってみせたリーヤの様子を見て、イマはようやくわかったかと息をついた。一仕事だ。

 本当は他人の事情どうこうにそう口出しするものでもないのだけれど、あまりにやきもきさせられると言うか呆れすら感じてしまったので思わず、という部分が大きい。

 一応隠しているつもりだろうけれど、対面の男は目にも明るい銀髪なだけに対比して悪目立ちしている。耳まで赤い。

 あーそのくらいのこと言った自覚はあったんだ良かった、と何に対しての安心かわからないが、言ってみれば光明が見えなくもなかったというところだろうか。これで何かが報われればいいとも思う。

 とりあえず、今は珍しいこの様子を眺めておくことにしよう。




(だいぶ恥ずかしいこと言った……)



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