お相手、願えますか
「わたしが攫って、って言ったら、攫ってどこかに逃げてくれる?」
戯れに。―――戯れに、を装って、半ば本気の言葉を投げかけたことが、あた。
あの頃は自分はもう少し幼くて、それを投げかけられた青髪のこの従者ももう少し若かった。
その頃にはもう知っていた。自分の未来が変えられないだろうことも受け容れていた。それは今も変わらない。
そして、あの頃もう持っていた淡い気持ちが紛れもない本物だったことも。
どんなに幼くても、どれほど叶わないものだったとしても。それだけが真実だった。
だからそれは表には出してはいけないことも。
返って来た言葉は簡潔だった。
「逃げませんよ」
場の流れからすれば著しく雰囲気のない言葉だ。けれどそれに酷く落胆することもない。そう返ってくるのがわかっていた気もしていたからだ。
「貴女が真実そう願うのなら、他の何を捨てても叶えて差し上げます。―――けれど、貴女はそれを選んだりはしないのでしょう」
貴女はこの国の姫君だ。そしてこの国を愛しておられる。
ご自身の何を犠牲にしたとしても、国のために一番のことを選ぶことができる方です。
だからそんな未来は、きっと訪れない。
すらすらと並べられる言葉にどこか安心した。
この男が傍に居ればきっと、万に一つも道を違えることはない。
「……もしも話のお相手なら、いくらでもいたしますが」
自身の言葉の後に黙り込んでしまった様子を窺ったのだろう、そんな言葉が遠慮がちに付け足された。
いつものように悪戯めいた笑みを浮かべてみせれば、ほらほっとしたようにいつも通り。
「じゃあねー、もしミトの髪が頼りなくなってきたら、開発にいっぱい投資してなんとかするようにしてあげるからね! 開発の人たちが!」
「そんな話ですか……」
* * *
もしも。―――もしも。
そんなとりとめもない想像を何度もした。
ずっと昔から傍に付き従っているこの男と、本当の意味でずっと添い遂げることができたなら。
自分ももう少し大人になって、いずれこの国を任されるようになって。平民出身とはいえ信頼の篤いこの男は、その頃にはまだまだ上へ昇っていて。
表に裏に時には少し強引に邪魔者を排除して。
多少困難があったとしても、多分心から祝福してくれる一部の人たちに見守られながら、きっとこの国を支えていける。
そんな未来を―――夢見ていた。
知っている。そんな未来が訪れないことは。それを実現するには、現実には気持ちだけでは太刀打ちできないしがらみが多すぎる。反発する人間も多いだろう。
その未来を選ぶことは、おそらくこの国のために一番の選択にはならない。
物心ついてから、善き統治者であれと教え込まれて生きてきた。今ではそれは自分の中で最も大切なものだ。何よりも大切な自分の誇りだ。
けれど自分は誇り高い「姫君」であると同時に、時にはただ一人の少女でもあった。
淡い想像は年頃の少女の特権だ。
そんなもしもの、未来の想像。
嫌いな相手との将来など想像しようとも思わない。
淡い気持ちで思い描いた叶いもしない未来。その相手に思い浮かべてしまうくらいには、確かに貴方を愛していた。