名前を呼んで
旅の途中で立ち寄った、それほど大きくはない街。言ってしまえば片田舎だった故郷とは違い、それなりに大きな街道が通っているからか、旅道具を売る店や宿が繁盛しているように思われた。
ルディは差し当たって不足している物資を補給しようと、連れ立っていたリーヤと分担を決めて、いつ頃に同じ場所でと決めて買い出しに別れた。ちなみにルディの方が食料品類、リーヤが道具や装備の類の担当だ。有無を言わせず覚え書きを押し付けた。
父子家庭育ちだからか、年齢にしては手堅い金銭感覚を持つリーヤだが、こと食料品のこととなると話は別だ。端から、というか身近から見ていても理解しがたい思考回路で訳のわからない選択をしてくることが後を絶たない。その理解に苦しむ組み合わせの食材で献立を考えるのは回り回って自分の役目になるので、ルディは眼の届く限りリーヤに食料品だけは買い出しを任せないことにしていた。
どこに行っても威勢の良さは変わらない商売人たちの活気に混ざって買い物を済ませる。愛想を駆使しつつ値段の交渉も挟みつつ、何でも揃うのは大きな町の強みだ。
「ちょっと多かったかな……。いっか、日持ちするしリーヤが食べるだろうし」
あれで育ち盛り……かはわからないが、まだまだ食べ盛りのはずだ。
旅路であまり荷物になってもいけない量を区切るのはなかなかに難しい。大荷物にはならない程度に抑えた荷物をしっかりと両手で抱え、覚え書きを見返しながら路地を歩く。次の角を曲がれば待ち合わせの場所で、リーヤはもう居るかまだ居ないかくらいだろう。
見覚えのある白い後ろ姿が見えて、ルディは知れず表情を明るくした。見知らぬ土地で一人きりよりは当然二人の方がいい。
たっ、と軽く駆けようとした足が次の瞬間にはたたらを踏んだ。角を抜けて開けた視界に飛び込んできたその光景に少しだけ硬直した気分だった。
どうせぼうっと中空を眺めて待ちぼうけしているのだろうと思っていた予想は真逆の方向に外れた。ルディの他に居るはずのない連れを待つリーヤは、待ち合わせの場所で何やら談笑していた。
とてもわかりやすく、年頃の少女二人ばかりと。
ちょうどルディと同じくらいに見える。何を話しているのかまでは距離からしてわからないが、ありきたりな考え方をすれば「どこから来たの?」「一人?」でおそらく間違いない。服装からして旅人や商人ではないから、この町の住人か。
幼馴染みの方はいつものようにへらりと笑っているので、おそらく行きがかり上の雑談以上の意味を欠片も感じていないだろう。けれど少女たちの方は違う。明らかに異性として興味を持って話を振ったはずだ。根拠はないが、表情が雰囲気が嫌でもそうと直感させる。同じ女だ。
そして―――同じような光景を、何度も見たことがあったから。
本人の自覚の程は知るところではないが、おそらく皆無に等しいだろうが、リーヤは見てくれが実は悪くない。立ち寄った街で連れを待つ短い時間で、少女たちの方から声を掛けに来るくらいには。
村にいても、ここ最近で成長期を終えたあたりから似たような状況は何度か目にしていた。家ぐるみで仲がいい流れでリーヤと親しかった自分が、仲を取り持つような頼みをされたこともあったような気がする。
本人があの性格なので何を言ってもかわされてしまうという、ある意味で難攻不落ではあったらしいが。
自分ですら踏みこめない反面、他に誰も踏み込んでこないということはつまり、一番親しい(はずの)相手が自分ということも、内心で実は嬉しかったりもするのだ。
……けれど。
「…………」
目の前で楽しそうに異性と(ルディにとっては同性と)話されて面白い訳はなかった。しかしここで堂々と近付いていける気もしない。それでなくとも他人の話に割って入るというのは普通に考えて気の引ける話だ。
結局、前にも後にも退けないまま、彼らが雑談を終えて離れるのを待つしかない。
―――そんな、今日初めて見掛けただけで、外見だけで声をかける人たちよりも。
遠巻きにその姿を見てはしゃいでいた村の少女たちよりも。
私の方がずっと、長く近くにいるのに。
それなのに、彼がああして向ける笑顔とこちらに向けてくる笑顔は、どれも一律に同じもの。
なんだか無性に、距離を感じた。
「……リーヤのばか」
当てつけのように呟いた。それは普通、よりもやや抑えたような声量で、逆算しても向こうには絶対に聞こえないはずだったが。
ばかと称された当の本人がくるりと、偶然にしては出来すぎた間合いで振り向いた。反射的にか振られた手にむしろこちらが戸惑いを覚える。
談笑していた少女たちに二言三言残して、嫌味なほどにあっさりと離れて駆け足でこちらへ向かって来た。混乱したままリーヤが目の前までやって来て、ルディは頭の中がやや真っ白になっていた。
「遅かったな、なかなか来ないから心配するとこだったぞ」
「え、だって……その、」
「……いや、これだけ買えば時間も掛かるよな。買い出しもう終わったんだろ?」
つい今までのことはもう忘れたかのように、抱えていた荷物をさりげなく掬い取って。
重かったろ、やっぱり一緒に行けば良かったなというその荷物を、自分は軽々と片手で抱えているのだ。
「ルディ、どうした? 行こうぜ」
先導するように進んでしまうその速さも、自分が楽に追いつけるものなのだけれど。一人で居る時にはこうもゆっくりと歩かないはずだった。
ひょっとしたらそれは、誰にでもこうなのかもしれなかったけれど。
「……さっき、なんで、こっち見たの?」
楽しそうに話してたくせに、とはぎりぎりで呑み込んだ。これ以上余計なことを言ったらなおさらひがんでいるようで恰好悪い気がした。
一方のリーヤはリーヤで、投げかけられた言葉を聞くなりきょとんとして、それこそ「何が?」といった様子で斜め上から見下ろしてきた。そんな顔をするくせに見下ろされる辺りが意味もなく悔しい。
ややあってからリーヤが、だって、と呟いた。
「だって、呼んだだろ?」
呼ばれたから振り向いただけだけどそれがどうかしたのか、そんなことが言いたいらしい。
確かにそれは何ということもない、ごくごく普通のことだったけれど。本当にそうあっさりと括って良かったのかとも思うけれど。
その何気ない普通が嬉しかったのだから良しとしよう。 たたっと気持ち跳ねるようにして、ルディは幼馴染みの隣に並んだ。
「ね、さっき呼んだ後になんて言ったか聞こえた?」
「ん? 何か言ってたのか?」
「…………。………………『大好き』」
「嘘言え」
「……なんで即答なのよ」
「すげぇ無理して言ってるから」
「……むぅ」
可愛いだけだぞ、と降ってきた言葉には聞こえない振りをした。