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鷹はどうやら世間を知らない

 カンッと小気味良く鳴った音の後に、どさりと地面にものが落ちる音。やや遠くから風鳴りのような音が聞こえた気もするが、今はどうでもいい。

「くっそ……!」

 地面に落ちる音を立てた方―――リーヤが分かりやすく歯噛みする。その喉元に切っ先を突きつけたミトにはその様子がとてもよく見えた。当然のことだが突きつけているのは模擬槍で、数十秒ほど前に弾き飛ばしたリーヤの木刀は非常に侘びしい様子で視界の端に転がっている。

 闘志だけはまだ尽かしていないらしい表情が悔しさを滲ませてミトを見上げた。今は見下ろしているが、気概だけは見上げたものだ。

 自分もこの年頃にはこんな風だっただろうか。そんなことを思いながら、ミトは隙なく構えていた模擬槍を下ろして楽に立った。リーヤもどこか打っていないかを気にしながら立ち上がる。

「こちらの攻撃を払ってからが甘い。最後の一手を逸るせいで剣の振り幅にも無駄ばかりだ。最後に俺が柄を返して来たのはどうだ」

「打ち込む方に夢中で、わかった時にはパニックになっちゃって……」

「お前の弱点はそれだ。何かに集中すれば視界は狭まる、予想外の事態に混乱を起こしただけのことが命取りになると今ここで叩き込め」

「はい、……ありがとうございます!」

 芳しくない結果に気落ちしていることは明白だが、最後はきちんと締めてきた。騎士団での修練ならこちらも敬礼で返すところだが、ミトはひらりと手を振って踵を返した。

 入れ違いにこちらへ向かってくる姿。ミトさん、と見上げてきた声がこちらを窺うものだったので、手当てをしてやれと促した。擦り傷や打ち身以上の怪我はさせていないはずだが、それとこれとはまた話が違うだろう。

 早く心配させないで済むようになれ、などとは言う義理もないので黙っておくつもりだった。



   * * *



「……あ、リーヤ君が負けた」

 その言葉に続いて、ひゅうっとうっかり口笛を鳴らす。判定負けなんてものではない明確な敗北だ。何しろ模擬刀が持ち主の手から離れて流麗な放物線を描いてみせた。

「なかなか白星にならねーな、あいつ」

「まあ、相手がミトだしね。うちの騎士団の大隊長がそんなすぐに負かされちゃっても困るなぁ」

「あとどれくらいで勝てるようになるか賭けてみるか?」

「そうだなぁ……リオ君どれくらいに賭ける?」

 駄目ですよ、と俎上にのぼっていた本人が割り込んだ。護衛騎士はどうやら耳も良いらしい。

「よりによって私で賭事の相手に乗らないで下さい」

「もちろん冗談に決まってるじゃーん。ミトったら本気にしないでよ」

「……そうですか」

「あっその顔は信じてない」

「信用ねえな、イマ」

 リオが横から口を挟むが、つかず離れず隣で見物していたイマと向こうからこちらに戻って来たミトとの間は微妙な温度差だった。そのうちにミトの方がふうっと諦めた気配の息をつく。

 先ほどまでミトが居た場所に目を向ければ、リーヤに並んだもう一人があちらこちらを窺いながら、二人で何事か話しているようだ。あれは彼女の役目と、決めてなどいないが決まっている。

 始まってから決着がつくまで、ここに居る誰よりもじっと試合を注視していた。

「……もう少し手加減してあげたら? 実践的なのは良いことだと思うけど、ぱかぱかやられてて最近リーヤ君がさすがに気の毒」

「あー、稽古や訓練っていうより試合本番だもんな。騎士団の訓練って最初からこうなのか?」

「……そうだった、かな?」

 イマが小首を傾げて思案を巡らせた。思い出すような心当たりがあるのかよ、お前お姫様だろ。

 そのあたりの回答やいかに、とミトに向けて視線を向けると、ミトは相変わらず向こうにいるリーヤと隣の少女を振り向いた。大声でなければこちらの話し声は絶対に聞こえない。

「手加減できるものならそうするがな」

 えっ、と思わず声が漏れた。非常に意外なことを聞いたような。イマも同じく呆気に取られてミトを見上げている。

 その様子をちらと確認してか、ミトは話しぶりを切り替えた。

「実践的というのは正しいと思います。騎士団でも稽古し始めの新人に対してあんな模擬戦闘は行いませんし、古参の騎士同士でも手合わせがいいところです。ここが修練場なら、使用武器によっては周囲から制止がかかるでしょう」

「……ミトお前、そんな本気で?」

「私は殺す気で立ち会っています。……そうそう簡単に土を付けられる訳にはいきません」

「ぶっちゃけたところ、うちの騎士団で言ったらどのくらい強い?」

「一個師団を任される程度かと。……統率や指揮能力は、また別の問題としますが」

 最後に付け足された言葉は相変わらずというかだが、次々に重ねられる評価はふうんとただ聞き流せるものではなかった。落とした模擬刀をのこのこ拾いに歩き、型をさらい直して首を傾げている姿にはおおよそ似つかわしくない。

「我流の上に荒削りではありますが、正直あれは敵に回したくない才能です」

「……どうする? 今からでもリーヤ君、うちにスカウトする? どっかに取られない保険も兼ねて」

「どうでしょうか。……戦争を見据えるには向かない性格だと思います」

 ああそっか、とイマがあっさり引き下がった。

 実力をそうと感じさせなかったのは、そしてリーヤが常にミトに後れを取るのは、全て覚悟の差なのかもしれない。だとすればこの先もリーヤはミトから白星を奪うことはできないだろう。

 自身や周囲の人々や村に危険を寄せ付けないために魔物を倒してきたリーヤと、

 一国を守るために戦争すら行う、あるいはひとすら手にかけるかもしれないミトは、

 立っている場所がそもそも違う。

「パーティを組んでいるからには背後を任せられるようになってもらわなくては困りますが」

「わーミト先生厳しい。うっかり負かされないように気をつけてね」

 視線を遣ると、ようやく二人がこちらに戻ってくるところだった。


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