表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/38


車内はとても気不味(きまずく軍の人達は一言もしゃべらない


私は後部座席に座らされて、ジッとしているしかなく時折バックミラーから感じる視線が怖い。


考えてみれば、兄以外の若い男性と狭い空間に長時間いるなど初めてで、緊張してしまう。


何処へ向かうのか色々聞きたいが聞けそうもない私は、只ひたすら震える体を抱きしめ神に祈りを捧げるしか無かった。怯えながらも外の風景を伺ってると、もと着た道を戻り王都に引き返しているのが分かった。


もしかするとエルンスト様の所に連れて行かれるのかと思うと更に体が震える。


兄に助けを求めたくても、兄もきっと囚われの身に違いない


泣いては駄目だと思っても涙が溢れてしまい止められない


ハンカチを取り出したかったが、バッグもトランクバックも没収されて手元に無く、仕方なく袖口で拭こうとすると前から白いハンカチが差し出され驚く


何も言葉は無いが貸してくれるらしい


「有難うございます」


涙ぐみながら何とかお礼を述べるが返答は無い


会話を禁止されているのかもしれない


もしかしたらハンカチを貸すなど罰せられるのかもと心配になるが、私の涙を拭いたものを今更返せない


自分が弱い所為で周囲の人々に迷惑をかけてしまうのが苦しい


泣いていては駄目だと自分を叱咤し、確りしてエルンスト様に謝罪し許しを得ないとと言いきかせるのだった。








そして連れてこられたのは、高いコンクリの塀で囲まれた堅牢な建て物。恐らく軍の本部だろう場所。裏口の様な場所で人目が付かない場所に車が停められると


「降りろ」


ドアを開けられて降りるよう促され、強張った体でノロノロと車を降りるが長時間座っていた為か、降り立ったと同時によろけてしまう。


ぐっら


「あっ…」


倒れると思った瞬間


「大丈夫ですか」


ハンカチを貸してくれた若い方の軍人さんが肩を支えてくれ転ばずに済んだが、初めて兄意外の男性との接触で恥ずかしくって顔が赤くなるのを感じる。


「ぁ…ありがとう…ございます…」


ハンカチのお礼も言いたかったけどそれが精一杯で俯くしかない


「いえ…」


「おい、無駄口を叩くな。行くぞ」


「!」


渋い表情で私達を見るもう一人の軍人さんの方は、急かすように声をかけられて歩き始め、建て物の中に入るのだった。


殺風景な薄暗い廊下を進むが誰一人すれ違わず不安ばかりが膨れ上がり、まるで死刑宣告でも受けに行くような気分。


そこへ兄の優しい声が


「シャルロッテ」


その声に弾かれるように顔を上げると、兵士さんの背中の向こうから歩いて来る兄の姿。


「お兄様!」


私は思わず、人目も気にせず兄に駆け寄って飛びついてしまうが、その途端に安心感が広がり再び泣いてしまう私を優しく抱きしめ返してくれた。


「乱暴な事になってしまい済まなかった。 どうしてもお前を尼僧などにしたく無かったんだ」


どうやら、軍を動かして私を拘束したのは兄だったのかと驚く


「私の方こそ御免なさい 勝手な事をして迷惑ばかりかけてしまいました」


兄は慰めるように優しく頭を撫でてくれるとその背後から声を掛けられ


「この方が少尉の妹君かな」


「はい、御助力感謝いたしますブロンベルク大佐」


気付かなかったが、兄の後ろにもう一人男性が立っていた。


しかも大佐!


かなり上の地位


30代前半の恰幅の良い如何にも軍人らしい男性


見れば私を連れて来てくれた軍人さん達も固い表情をして敬礼をして動かない


しかもブロンベルクの家名に聞き覚えが


「なーに、娘の慕っている先生が尼僧になっては、娘も大層寂しがるからね」


それを聞き教え子のクリスティーナの家名だと気付く


クリスティーナのお父様!?


「重ね重ねお世話になっております。さあ、シャルロッテもお礼を」


兄に促され慌てて会釈し感謝の意を表し


「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたブロンベルク子爵様」


何とか謝罪を述べると、私を繁々と見る子爵様


そして少し苦笑しながら妙な事を言う


「シャルロッテ嬢、幾ら意に沿わぬ結婚だからと言って尼僧になるなど勿体ない事だよ。貴女は美しいのだから幸福な結婚生活が待っているかもしれない。 しかし、妻がいなければ私が結婚を申し込みたいくらいだ」


意に沿わない結婚とは何の事??


「えっ???」


「大佐、お言葉が過ぎます、お気を付け下さい」


「ああー 済まない。 それより、そこの二人はシャルロッテ嬢の名誉の為にも、この事は他言無用で頼む」


「「はっ!」」


「二人共、妹が世話になり感謝します」


「「はっ」」


「さあ行くよシャルロッテ」


「少し待ってお兄様」


私はハンカチを貸して下さった軍人さんに向き直り


「ハンカチを有難うございました。何時かお返しいたしますのでお名前を教えて下さいませんか」


すると顔を何故か赤らめ、うろたえる軍人さん


「いえ… ハンカチは捨てて下さって構いませんから」


捨てるなどとんでもないと言おうとすると、兄が遮るように間に入り


「シャルロッテ、母上が心配しているから急いで帰ろう。 礼は私からしておこう」


「でも…」


兄にしては、急かすようにこの場を立ち去りどこかへ向かうが


「妻から聞いて知ってはいたが、この純粋な無邪気さは一種の毒だな…あのお方が心配するのも無理も無い」


「大佐、今その話は…控えた方が宜しいかと」


兄達は意味ありげな会話をするが訳が分からない


私が何かしてしまったのだろうか


そして兄達と共に廊下を進み、先程とは違う裏口の様なドアから出ると立派な黒塗りの大きな自動車が置かれていた。


「シャルロッテ、先に車に乗っていてくれないかい」


「はい」


後部座席のドアを開き、私の手を取り車に私を乗せるとドアを閉める。そしてブロンベルク子爵様と何かを話あっているのを眺める。


兄がブロンベルク子爵様とは部署も違うし階級も上の方だから面識が無いと聞いていたのに親しげな様子


何時から親しくなったのかしら?



そして窓から何気なく建て物を見上げると、2階の窓に人影


「!!」


瞬時で誰かと理解すると急いで目を下にして窓の側から離れて身を縮ませる。


アレは確かにエルンスト様!


輝かしい金色の髪に鋭い目で此方を見降ろしていた。


兄は何も言っていなかったけど、まだお怒りなの?!


どうしよう…


その内、兄がドアを開け乗り込んで来て、私の様子を見て驚く


「どうしたんだいシャルロッテ。 震えてるじゃないか」


「お兄様…2階の窓に エルンスト様が此方を睨んでいました。 私は謝罪もせず帰っても良いのでしょうか」


兄にしがみ付き震えながら訴えると


「安心しなさいシャルロッテ。 元帥閣下はむしろ謝罪しておいでだったよ」


「まさか…」


「元帥閣下は、とても感情表現の不器用な方で、書斎にシャルロッテを待たせたのも謝罪する為だったらしい」


謝罪!!


あの冷たい雰囲気はとてもそんな感じには思えない


「でも…」


「取敢えず私を信じてくれないかいシャルロッテ」


真摯な表情で私を見詰める。


これまで兄が私に嘘などついた事も、傷つけるような事は決してない。


兄がそう言うならそうなのかもと思う事にする。


「はい、お兄様」


「それじゃあ、母上達の元に戻ろう。 二人共心配していたから安心させてあげなければ」


「私は皆に迷惑をかけてしまったんですね…」


シュンと項垂れ落ち込んでしまう


せめて、男爵家の為に良い家柄に嫁げれば少しは役に立てると思っていたのに…私に持ち込まれる見合い1つ無く、兄の上官であるエルンスト様の不興まで買ってしまう


「気にしなくても良いんだよ。それにこれから大変な事が起こるから今はゆっくり休みなさい」


「大変な事?」


矢張り、今日の兄は様子が何時もと違い意味深な事ばかり言うが、困った顔をするのでそれ以上は問いかけない事にする。


「その話は後で、目を瞑っておいで」


優しい声で言われ目を瞑る。


昨夜から碌に寝れず、朝からズッと緊張ばかりで神経が張っていた。そして兄に会いそれが弛んでしまった今、安心感に包まれ兄の肩に寄りかかり何時しか寝てしまうのだった。










「シャルロッテ、着いたから起きなさい」


兄の声と共に肩を優しく揺すられ目を覚ます。


「お兄様… 私…何時の間にか寝てしまったのね…」


「無理もない… 昨夜から大変な目にばかり遭っているんだからな…」


「お兄様…?」


何故か悲しそうに私を見詰める。


そして兄の違和感の理由に気が付く、何時もなら優しい微笑みを湛えているその顔を一度も見ていないのだ


私の知らない何かが起きているの?


「車を降りてゆっくり休もう」


兄が先に降りて、私に手を差し出す。


「ありがとう」


兄の手に引かれ車を降りるとそこは知らない屋敷だった。


「お兄様…? 家に戻るのでは無かったの…」


生まれてからの住み慣れた大きいだけの幽霊屋敷の様な古ぼけた洋館では無く、白亜の立派なお屋敷で庭も綺麗に整備されて美しいな薔薇が咲き誇って目を見張る。


ここは何処??


驚いて兄を見ると申し訳なさそうな顔


どういう事なのだろう


「シャルロッテ、ここは元帥閣下の持ち物なのだ、夜会で酷い事をしてしまった事を詫びたく、暫らくここに滞在して欲しいそうだ」


「エルンスト様が」


「ああ、両親も招待してくれたんだよ」


「お父様とお母様まで…」


「兎に角入ろう」


兄に手を取られたまま、大きな玄関の扉に立つと自動で扉が開けられて驚く


「ようこそお出で下さいましたシャルロッテ・フォン・フロイデンベルク 様。私はこの屋敷の管理をしておりますアーデルハイト・フォン・ロッソウです」


一人の上品そうな黒い固い服装の貴婦人が私に恭しく頭を下げ挨拶をする。


「此方こそお世話になりますロッソウ様。お会い出来て光栄です」


私も挨拶を返すが


「シャルロッテ様、敬称は不要で私をお呼び下さい」


「でも…」


きっと私達より上位の貴族の家柄なのを婦人が醸し出す雰囲気で感じてしまう


「ロッソウ夫人とお呼びすればいいよ。 私は兄のオットー・フォン・フロイデンベルクと申します。家族がお世話になりますが宜しくお願い致します」


「はいオットー様。エルンスト様より厚く持て成すように言い遣っております。 お疲れでしょうから中で先ず、お茶など如何でしょうか」


兄の言葉を疑う訳ではなかったけど、これがエルンスト様の御厚意によるものだと実感するが、でもこれ程の事をしてくれているのに、遠目ながらも感じた鋭い視線


感情表現が不器用だと聞いたけど…


私は混乱するばかりで、今は理解するなんて無理そう


「ありがとう御座います。さあ、疲れただろう…中で休ませて貰おう」


「はい、お兄様」


兄に促されながらお屋敷に入ると、先ず目に飛び込んできたのは、広い玄関ホール―に左右にズラリと並ぶ使用人達


流石に我家とは格が違う!


そして私達が一歩進むと


執事らしい人が歓迎の言葉を言う。


「ようこそお出で下さいましたシャルロッテ様。我ら一同お待ち申し上げておりました」


そして、皆が一斉に頭を深々と下げる様子に慄いてしまう。


何しろ、こんなに沢山の人に頭を下げられるなど、生まれて初めての経験


怖い…


何故か言い知れぬ事が起きそうな不安が襲い、引き返す為に下がろうとすると兄が肩に手を置く


「大丈夫シャルロッテ。何があろうと私が付いているから」


「お兄様…」


これから何があると言うの?


兄が何を考えているのか分からないが、兄に背を押されて前に進むしかない


そして、まるでこのお屋敷の女主人であるかのように使用人達の間を歩く私


身分不相応な扱いは私の心に重荷でしかなく戸惑うばかり





一体何が起こっているの……





疑問ばかりが浮かぶのだった。







閣下は入る時も出る時も窓から見ていました。 ハンカチを貸した兵士危うし!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ