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「お早うございます。オットー様」


しわがれた声で目を覚ませば、目の前には年老いたハンス執事


徐々に意識が覚醒して昨夜の事を思い出し再びベットに沈み込み、二度寝という逃避をしたくなるが、そう言う訳にもいかない


「お早うございます。ハンス執事」


まだ眠いが元帥閣下の邸宅では、そうのんびりともしていられず起き上がると、ハンス執事が綺麗になった軍服を取り出し


「此方に置着替えを用意致しましたので、シャワーの後に着替えなさって下さい」


閣下の鼻水や涙でグチャグチャだった軍服は新品のようにクリーニングされており助かる。


「有難うございます。元帥閣下は?」


「既にお目覚めになっておりお待ちです。しかしごゆっくりと御出で下さいとの事です」


「!!」


時計を見ればまだ七時


上官より遅く起きるなど以ての外、閣下は私より寝てないはず!


ベッドから飛び降りてシャワー室に急ぎ、素早く髪と体を洗って飛び出し、置いてあるバスタオルで髪を拭きバスローブを羽織りながら部屋に出ると、ハンス執事と二十歳くらいの青年が待ちうけていたので驚く


「! すいません、こんな恰好で」


「そのままでお気になさらず。 さあヴォルフ、オットー様の着替えを」


「はい!」


「あっあのこれは一体?」


「オットー様はこれより、この部屋でお暮しになって頂きますので、このヴォルフに世話を任せますのでなんなりとお申し付け下さい」


「はっ!? そのような事は聞いておりませんが?」


昨夜は深夜遅い事もあり、泊まるよう引きとめられたので謝辞するわけにもいかず泊まったのだが


何時そうなったのだ??


「取敢えずお着替えが終わりましたら、ヴォルフに食堂に案内させますのでお待ちしております」


問答無用にそのまま部屋を出て行ってしまい、執事服の青年と共に取り残されてしまう


どうやら私専用の使用人らしい


どうせなら可愛いメイドさんが良かったと思うのは贅沢だろうか


「フロイデンベルク様、此方にお着替え下さい」


そう言って真新しい下着を差し出す、栗色の髪をきっちり撫でつけた緑の優しげな瞳の大人しそうな細身の青年


男爵家には使用人など一人もいなかったので戸惑う


「ありがとう…ヴォルフ」


我家とは比べもにならない程の豪華な造りで、高価そうな家具や調度が設えられた部屋


まさか、住み込みにさせられるとは思わなかった。


これも囲い込みの一環なのだろう


内心溜息をつくが、諦めてヴォルフ手助けされ、手早く身支度をするのだった。







それからヴォルフに案内された場所は食堂だが、十人がけのテーブルの上座に元帥閣下がキッチリと軍服を着こなし悠然と新聞を広げているが、どこか不機嫌そう


矢張り寝不足だろうか、それとも私が起きるのが遅かったせいかもしれない。


元帥閣下の側により、敬礼する。


「お早うございます元帥閣下。遅れて申し訳ありませんでした」


「うむ。話は朝食を取りながらするので、早く席に付け」


「はっ…? 同席しても宜しいのでしょうか」


思わず聞き返してしまう


次期侯爵家当主で元帥の地位にいるエルンスト様は雲の上の様な存在で、一小官である私が同じ席に座るなどあり得ない事


「ここは私の屋敷だ。無礼講だ構わぬ」


侯爵家の本邸と通路で繋がった東棟の別邸が閣下の住まいとなっている。


鬱陶しげに言うわれ、辞退すれば益々機嫌を損ねそうなので仕方なく、老執事に椅子を引かれた所に着席する。


それと同時に朝食が運ばれるが、素材は良いものだろうがパンにスープ、卵料理にサラダにフルーツと意外に簡素な朝食


それらを優雅に食べながら話し始める閣下


「早速だが、シャルロッテと男爵夫妻をある場所に連れて行って貰う」


「両親もですか?」


「シャルロッテとの式は当日まで秘密裏だが、何処で漏れるか分からぬからな。それまで保護させるよう用意してある。場所は同行者が知っているから聞くがいい」


「分かりました」


唯々諾々と了承するしかない。


私が知らない間に全てを整えていたようだ


そして妹が計画通り閣下に堕ちていたなら、私もその場所で訳も分からず閉じ込められたのだろう


真実を知って良かったのか悪かったのか判断できないが、どちらにしろ身の危うさを感じるのは気のせいだろうか?


「今夜、そこに私もシャルロッテに会いに行くがそれまでに私の事を納得させろ」


はいはい、仰せのままにとヤケクソ気味に言いたいが止めておく


「努力は致しますが、閣下にもシャルロッテの前では優しく微笑まれる努力をお願い致します。その様なきつい眼差しで睨まれては、シャルロッテが一秒と持たず失神するのを保障致します」


かなり不遜な言葉ではあるが、幾ら妹を宥めすかしたとして、閣下の一睨みで努力が水泡に帰するのは目に見えている。


「…… 私にハッキリと意見をするとは恐れを知らんらしい」


いいえ……内心は死の恐怖をヒシヒシと感じていますから


「ただ、シャルロッテの幸せを望んでいるだけです」


しみじみとそう本心を言った途端に怒りだす閣下


「なにがシャルロッテだ、忌々しい…… このシスコン! だからシャルロッテはブラコンだと言われるのだ」


シスコン!


ブラコン??


閣下がそのような俗な言葉を知っていたのも意外だが、シスコンと言われ傷付く


ただ単に妹思いなだけだと言いたい


それにロリコンのストーカーな閣下に言われる等心外!


しかし、ブラコンとは?


「妹がブラコンとは何処で言われているのでしょうか?」


妹は、引き籠りがちで家の敷地から出るのは、家庭教師をしている屋敷に赴く時だけで、しかもその家の車での送迎付きと言う好待遇


その為か、学校を出てから友人すらいない様子だった。


「シャルロッテが家庭教師をしている教え子達に、それは嬉しそうに兄の話をし、男性の好みを子供達に探らせると三人共に兄だと返答したそうだ。これがブラコンでなくて何と言う!」


最期は唸りながら吐き捨てられ、慄くが


今の話の内容も恐ろしすぎる。


「もしや、妹の勤め先は…」


「勿論、私の息が掛かった貴族達の家。 不甲斐ない男爵や兄を持ったせいで困窮した生活を送るのが忍びなく、アルがとった手立て。 私としては直に援助したかったがアルに止められ涙を呑んで引き下がったのだ」


不甲斐ないを強めて言う辺りが引いてしまうが、本当の事なので何も言えない


しかしやっている事がストーカーの枠を大きく逸脱したスケール


近年頭角を現してきた有力貴族から、貴族の女学院を首席で卒業していたシャルロッテに、相次いで家庭教師の口が舞い込んで来たので少し可笑しいと思っていたが


まさか私の昇進も妹の生活向上の為だったのかと不安になる。


「私の昇進にもその点が考慮されたのでしょうか…」


そうだと言われたら落ち込みそうだ。


「そうだ。 …と言いたいが無能な者に分不相応な地位につける程愚かな行為を私はしない」


不本意そうに言うが、私的に嬉しく


「閣下、有難うございます」


素直に礼を述べると


何故か横を向き更に不機嫌そうにするが耳が赤い


照れてる??


まさかな  


気不味い空気が流れる中で、室内の電話が鳴る。


ジリリィー ジリリィー 


すかさずハンス執事が受話器を取り上げて対応して、電話機の長いコードを引きずりながら受話器を差し出す。


「オットー様、男爵家よりお電話で御座います」


「私ですか??」


父がここの電話を知っているはずが無いのだがといぶかしみながら、受話器を受け取る。


「オットーです」


『オットー!! 大変だ! どうしたらいいんだ!??』


普段は落ち着いた父が、かなり動揺した様子に驚く


「何があったのですか? 一度深呼吸をして落ち付いて話して下さい」


瞬時にシャルロッテに事だと見当がつくが


嫌な予感


『はぁ―― 実は… シャルロッテが尼僧になるので家を出ると置き手紙を残し部屋に居ないんだ…』


「!!」


あまりに予想外な言葉に息を呑む。


尼僧になる!?


つまり神の花嫁になると言うのか!


何故そんな事を思い付いたのか訳が分からない


しかし、これはシャルロッテが元帥閣下からの魔の手から逃げられる唯一の手段なのも確か


このまま知らせず修道院に逃げ込んだ方が妹の幸せなような気がする。


駄目だ


五年間も周到にストーカーし続けた変態ロリコン


神など恐れず、修道院を破壊してもシャルロッテを連れ戻しそうな気がする


恐ろしい……


…矢張り、神ではなく魔王の花嫁になるしかないよう


「父上、シャルロッテが家を出たのは何時ぐらいですか」


『 多分、一時間ぐらい前だろうか? 六時半ぐらいに、お前が昨晩軍に呼ばれ帰って来ないかったのを知って、ショックだったらしく部屋に引き籠ったんだが、…それから様子を見に行ったエルザが置き手紙を見付けたんだよ… 』


「分かりました。 私が直ぐに追いかけ連れ戻します」


『頼むオットー。 若い身で神の花嫁など…あの子には人並みの幸せを掴んで欲しいのに、何としても引き留めてくれ』


人並みの幸せ


それは望めそうにありません父上


「はい。 全ては私に任せて、父上は家で待機していて下さい」


『 ああ… 頼む 』


会話が終わり受話器をハンス執事に返すと、先程よりもっと恐ろしい顔の元帥閣下


「シャルロッテが家を出たとはどういう事だ」


「部屋に尼僧になると置き手紙があったようです」


「尼僧だと!!」


ガッシャン!


閣下は怒りに任せテーブルの食器を手で払い床に落とす。


ヒィーーーーーーーーー


怖い!!


「シャルロッテは私の婚姻を逃れる為に尼僧になると言うのか!!」


シャルロッテは閣下にプロポーズなどされていないし、気持ちにすら知らないと突っ込みたい


「エルンスト様、シャルロッテ嬢は恐らくオットー様がお帰りにならなかったので、お咎めを受けたとでも勘違い成され、尼僧になり詫びようとお考えになったのではないでしょうか」


閣下を落ち着かせるように静かに意見するハンス執事


成程!


そう言われるとシャルロッテなら考えそうだ


「その通りです閣下。 それより今はシャルロッテを止める方が先決です。 恐らくタクシーで首都を出てしまったのは確実」


少し怒りを納めた閣下は、素早く動き電話をかけ始める。


今から軍の車で追っても間に合うかどうか危うい


修道院の場所は人が住みにくい辺鄙な場所で軍が駐屯していない。警察網を使えば簡単だが閣下の立場上難しい


「私だ! 直ぐ様、修道院に向かっている全てのタクシーを秘密裏に追へ! そして乗客のシャルロッテ・フォン・フロイデンベルクを見つけ次第拘束し、軍本部に連行するのだ。 理由だと! スパイ容疑だ!」


スパイ!!


なんだその物騒な容疑は!?


「閣下!それはあまりな理由では?!」


電話機を敵だとばかりに睨みつける閣下


「私とて本意ではないが、軍には爺の息の掛かった者が少なからずいる現状ではシャルロッテの存在を知られたくない」


爺とは軍の頂点である大元帥の地位を持つヴィッツレーベン侯爵当主


一体この結婚話は大丈夫なのかと不安が増す


しかしそれよりシャルロッテを引き留めるのが先


そしてある事を思い出す。


「閣下! 確か、20キロ離れた場所に軍の補給備蓄倉庫が置かれていたはずです。 そこなら十分間に合います」


私の言葉にハッとした閣下は直ぐに行動に移す


「命令変更だ!」


受話器を取り命令を下すのを聞きながら、シャルロッテが軍に拘束されるのは確かだろう

済まないシャルロッテ


昨夜から何度、心でシャルロッテに詫びただろう事か…


そして、これは正しい判断だったのだろうかと懊悩するのだった。










漸くシャルロッテに追いつきます。次は悲劇のヒロインのターン

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