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ⅩⅩⅢ




用意されていた控室の椅子に座ると緊張を解すかのように手をさすってくれるロッソウ夫人のお陰で、

緊張で冷たくなった指先が少し暖まり心が落ち着いて来る。


「大丈夫ですかシャルロッテ様」


ロッソウ夫人が心配そうに気遣ってくれる。


兄に言われロッソウ夫人は私の手を取るやハッとしたように一旦控室で衣装を直したいと申し出てくれた。


それまで気が付かなかったがどうやら緊張で手が震えていたらしい――決して恐ろしいエルンスト様の形相を思い起こしたからでは……


「ご迷惑ばかりかけてすみません」


シュンと項垂れていると


「結婚式に緊張するのは当り前です。まして相手はエルンスト様では、しない方が不思議。私も主人との結婚式はそれはそれは緊張して今にも倒れそうでしたよ」


「本当ですか?」


「ええ。私が主人と結婚したのは二十四歳の頃で無理やり決められた相手でした。しかも夫となる子爵は私より十も年上で厳つい無口な軍人で初対面の時は恐ろしくて顔も見れず、相手も私を見ようともせず嫌われているのだと思い、そのまま結婚式まで会いませんでした」


昔を懐かしむように話しだすロッソウ夫人。


「そうだったんですか」


なんとなく今の私の境遇に似ているような気がした。でも二十四歳で結婚は遅すぎる――ロッソウ夫人なら若い頃もさぞ美しく求婚者が殺到しそうな気がするのだけど?


「結婚式当日は緊張と逃げ出したいと思いながらも主人と教会でささやかな結婚式を挙げたのです。でも司教様の前に立った途端に倒れそうになった私を夫は確りと受け止めてくれて支えてくれました。 その時漸くベール越しに夫を見ると顔が真っ赤で私は驚きながら誓いの宣誓をしたのですが…誓いのキスをする時は更に顔を赤らめて手が小刻みに震えながら躊躇うかの様に固まってしまったんですの」


誓いのキス!


私も誓いのキスを大勢の人前でしなければならない事に気が付く。


どうしよう…異性との初めてのキスを大勢に見られるなんて…思わず頬に熱を感じてしまう。



「それを見て私はこの方はとても純情で、もしかして私が好きなのかしら?と思い始め、相手がこのままでは式が滞ってしまうと思い夫にこう言いましたの『しゃがんで下さいませんか』すると夫は素直に膝を屈んでくれたので私からキスをしてしまいました。今でも何故自分がそんな事をしてしまったのか不思議ですのよ」


少し微笑んで更に話を続ける。


「キスした途端に夫がそのままひっくり返ってしまった時は驚いてしまいそのまま式は終わり夫の親族からは『はしたない女だ。皇帝の愛人をしただけはある』と責められてしまったんですの」


「えっ」


思わぬ言葉に驚いて声を上げてしまう。


皇帝の愛人!?


「シャルロッテ様には正直に申し上げておきます。私は嘗て皇帝陛下の愛人でした。恋も知らぬまま突然陛下の愛人として離宮に閉じ込められ無理やり純潔を奪われた女。こんな卑しい女に仕えられるのはお嫌ですか?」


「いいえ。ロッソウ夫人は卑しくなどありません。 それに私も何時かロッソウ夫人の様な貴婦人にと憧れています」


過去はどうでアレ目の前のロッソウ夫人は私の知る中では一番の貴婦人。


するとロッソウ夫人は戸惑った様子で


「愛人の意味を御存じですか?」


「一応どういう立場の女性か存じています」


それに貴族社会で良くある事だと知っていた。教えてくれたのは女学校で私を嫌っていた御令嬢から『教養を身に着けたって貴女の様な下品な赤毛は愛人がお似合いよ』と言われたが、愛人んの意味が分からず問い返すと、変な顔をしながらも事細かく教えてくれ初めて意味を知ったのだ。『だから貴女なんか何処かの中流貴族の愛人が精々よ』と言われたのを思い出す。


「ならば良いのですが…私の様な者に憧れるなど言ってはなりません」


「何故です」


「公爵夫人になるシャルロッテ様の品位に関わりますから」


「でも」


納得いかないけど私の言葉は直ぐ遮られてしまう


「それより話が途中になりましたので続きを――― 親戚から責められる私を夫は私は庇って怒鳴りつけ屋敷から追い出し、私には不甲斐ないと謝ってくれたんです。一時は陛下の寵愛を受けていたとはいえ所詮愛人。しかも押しつけられたも同然の女を喜んで妻に娶る男などいないと思っていましたけど違いました。 夫は私にその夜に一目惚れしたのだと告白してくれたのです。厳つい顔を真っ赤にした顔を見てその言葉が偽りのない真実だと悟り嬉しくて泣いてしまいました。これまで王宮では蔑まれた目でみられ、擦り寄って来る人間も陛下が目当ての貴族ばかりで実家も私を道具とかして見ていない。陛下とて自分の欲望満たすだけの存在で贅沢は出来てもあの頃の私は人形でした。 だけど夫だけが私を一人の女性として不器用ながら愛してくれ幸せでした」


「素晴らし方だったのですね」


そう言うと嬉しそうに微笑む夫人だが直ぐに顔を引き締める。


「ええ…これから少し嫌な事を言いますが宜しいですか」


「はい」


「はっきり言えばシャルロット様は侯爵家の花嫁として相応しくはありません」


「!!」


「実家は男爵家で何の後ろ盾のない娘では、本来は私のように愛人として迎い入れるのが普通でしょう。ですがそれをエルンスト様はそうはなされなかった――愛人としてなら五年も待たずしてシャルロッテ様を手に入れるのは簡単だったのに……何故だと思いますか」


「そっそれは…」


確かにそうだ――貧乏な名ばかりの貴族の娘など無理やり愛人にすれば良かったのだと言われて気が付いてしまう。


それだけ私とエルンスト様には身分差の厚い壁があった。


「全てはシャルロッテ様を正妻として迎える為に長い年月を掛け準備して来られたのです。 確かにシャルロッテ様の意志を無視されていますが、それだけエルンスト様に愛されており、あの方の心を信じてあげて下さい」


愛されていると改めて実感してしまい瞬時に頭に血が昇る。


恋文に綴られた甘い言葉が脳裏で浮かんで来るが、同時に夜会での態度も同時に浮かび


また分からなくなってしまう…


「分かってはいるのですが、どうしても初めて会った時の印象が強く…お手紙のエルンスト様と繋がらないのです」


正直な気持ちを言う。


「確かに中々複雑な方の様ですから… 私の印象では自分の本質を決して見せない正に貴族らし方。それゆえシャルロッテ様の前ではどう接したらいいのか分からないのかもしれません。 だからエルンスト様をじっくりと観察なされば何か分かるかもしれませんよ」


お顔すらまともに見れない私には、それは酷く難しい事だが


「はい… 」


取敢えず返事を返すと


コンッ、コンッ


ドアがノックされる。


「どうやら式の時間が来たようですね」


口紅を直したので捲ってあったベールを元に戻すと、ロッソウ夫人は立ち上がりドアを開け私も立ち上がる。


そして入って来た兄の姿をベール越しに確認すると同時に、背後には白い軍服を着たエルンスト様が立っており無意識に顔が強張るのを自覚してしまう。



「ロッソウ夫人、支度は整いましたか」


「はい。 エルンスト様に相応しいお美しい花嫁姿。お確かめを」


「うむ」


ベール越しにエルンスト様が歩み寄って来るのを見るがその顔は無表情。


怖い。


なんとお声を掛ければ良いのか分からず、そのまま立ちつくしかない私の目の前にエルンスト様が立ち私を見降ろす。


!!


数日ぶりに見るエルンスト様は美しい金の髪を綺麗に後ろに流し金の刺繍の施された白い軍服に壮麗な白いマントを纏い神々しい程の姿で恐ろしさを忘れ一瞬見惚れてしまう。


何故かエルンスト様もお声を掛ける事無く無言で私を見降ろしお互い初めて視線を長く合わせるのだった。


ベール越しでなければ出来なかったかもしれない。


そのまま視線が外せないまま時間が静止した様…


無表情な顔のお陰か以前より怖くなく青く澄んだ瞳に冷たさも無く綺麗だった。


こんな美しい男性が私を愛している!?


その高い地位が無くても信じられない相手。


私の下品な赤い髪を夕陽の様に美しいと書いてくれてくれた。


この世の誰よりも美しいと


愛していると


「 …… 」


「 …… 」


だけど無言が続きエルンスト様からの言葉は無い。


次第に不安になって来る。


その時、静かにエルンスト様の手が差し出される。


この手を取って良いのだろうかと迷ってしまうが勇気を振り絞り足を一歩踏み出し手を伸ばすが


「あっ!!」


緊張した所為かドレスの裾を踏んでしまい前のめりになって倒れそうになってしまうが


「シャルロッテ!」


エルンストン様が初めて私の名を呼び体を受け止めてくれる。


えっ!?


前にも同じ事があった様な気がした……


アレは……


――そうだわ


エルンスト様の書斎でお会いした時に緊張のあまり倒れてしまい気を失う前に名前を呼ばれた。そう……あの時私は床に倒れず今のようにエルンスト様に抱きとめられたのだ。


何故だかあの時の抱き締められたような感じを今更ながらに思い出す。


「ありがとう御座います」


恥ずかしく、エルンスト様の胸に顔を隠す。


「いや……」


固い返事とは裏腹にエルンスト様の厚い胸からは心臓の鼓動が分かるほど脈打っていて驚いてしまう。


嘘!?


まさかエルンスト様が緊張している??


思い切って顔を上げてエルンストン様を見上げると無表情


でも矢張りそれに反し心臓は煩いくらいに鼓動していた。


「閣下。時間が押し迫っておりますのでお急ぎを」


兄が焦れたように先を促すと


「分かっておる」


不機嫌そうに返事を返すと私の体を押し返し乱暴に手を取り


「式では躓くな。確り私に腕を回しておくのだ」


「はい」


言葉はぞんざいだけど私の腕に優しく腕を組んでくれる。


「行くぞ」


「はい。エルンスト様」


式の幕開け


私はエルンスト様に付いて行くしかないのだ。


優しい言葉一つ掛けては下さらないけど、その歩みは私の歩調に合わせるようにゆっくりと歩き出す。


この方を信じてみよう。


少しだけ心が解れて行く……


そして神の前で婚礼を上げる為にエルンスト様に寄り添い進むのだった。





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