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ⅩⅪ 





早朝から薔薇屋敷の使用人達は慌ただしく動きまわり婚礼の準備にあたっており、私も豪華な花嫁衣装を着る為にお風呂に入りメイドさん達に体の隅々まで現れ髪も艶やかになるようにたっぷりと香油を塗られて私はただ静かに人形のようにしていた。


そんな私を気遣う様にロッソウ夫人やメイドさん達が声を掛けてくれたり、美味しいお茶を入れてくれたりとしてくれるけど、今から婚礼に臨むと考えると心が重たく沈み込んでしまう――何故私なんかがエルンスト様の花嫁なのだろうと未だに信じられない。


それと圧倒的な恐怖と緊張でこのまま倒れてしまいたいくらい。


だけどそれでは家族に迷惑を掛けてしまう。


愛する家族の為に、今迄のように弱いままではいけないと自分を奮い立たせているのが現状だった。




「ロッテとっても綺麗よ」


「ああ、ロッテの前だとどんな花も霞んでしまうくらいだ」


「お父様、お母様」



衣装が調い父と母が呼ばれ部屋に入って来た。


悲しい事に今日の婚礼に両親は参列を許されない。既に私は男爵家の籍を抜かれて、さる伯爵家の養女となってしまっており戸籍上は娘では無くなってしまったのだ。その為に名ばかりの男爵では侯爵家の婚礼に参列するなど出来ないとロッソウ夫人が申し訳なさそうに事前に告げられたのだ。


「ゴメンなさい二人共、婚礼には出席して見て欲しかったのに」


「いいんだよロッテ。後で映画で見せて貰うから」


ロッソウ夫人の話では婚礼の様子を映画として記録するそうで、大聖堂に撮影カメラが入るのも初めてらしい


「本当に貴族社会は面倒ね。でもここでロッテの花嫁姿見れたから我慢するわ」


「こんな事になってしまってゴメンなさい」


思わず涙が零れてしまう


「あらあらー 花嫁が泣いては駄目よ。 取敢えず夫となるエルンスト様を信じなさい」


母がハンカチを取り出し押えるように涙を拭いてくれる。


「取敢えずはないだろ」


慌てて嗜める父。


側にはメイドさんが控えていて会話を聞かれている。


「一度もエルンスト様は親である私達に挨拶も無いんだから見極めようがないでしょ」


「それは…お忙しい方だし貴族の中でも最上級の地位なのだから仕方ない。私達が直接会うなど憚れる」


母は不満そうだが実際問題、父の言う通りエルンスト様と私達との接点など有り得る筈がなかったのだ。私が社交界デビューの夜会などに参加したばかりに……


全ての事の始まりは私なのだ。


私が不安そうにしているから母を心配させてしまうのだろう


安心させる為にも嫁ぐ挨拶を改めてする事にする。


「私はエルンスト様の愛を信じてきっと幸せになります。お父様、お母様、私をここまで慈しんで育てて下さって有難うございました。二人の下に生まれた事を感謝します。」


二人に微笑み深々と腰を落としドレスを持ち上げて礼をすると


「ロッテーー、うっうぇん……」


「お母様……」


感極まったように母が泣きだしてしまう。母が泣くなど滅多にないので驚いていると


「母親が泣いてどうすんだ……グッスン……」


「うっう……これはうれし涙だからいいのよ。 それに貴方だって泣いてるじゃない……」


それから別れを惜しむ様に話をしているとロッソウ夫人が呼びに来る。


「シャルロッテ様、お車の用意が整いましたので宜しいでしょうか」


「はい」


「せめて車まで送らせておくれ」


そう言って父が手を差し出してくれるので、父の掌に私の手を置いてエスコートして貰いながら玄関に向かうのだった。









玄関には大きな黒塗りの高級車が止まっており既にドアを開けて待っていたのが兄だった。


「お兄様」


「とても綺麗だよシャルロッテ」


眩しそうに私を見て優しく微笑んでいた。


「有難う。お兄様が大聖堂まで送って下さるの」


「勿論。大事な妹だからね。元帥閣下に頼んだんだよ」


兄が同行してくれると知り少し気が弛む。そして改めて兄を見ると何時もの軍服とは違い黒地に銀の刺繍が施された立派な物で兄をより一層凛々しく見せていた。


既に兄も二十八歳、男性の婚期に早い遅いも無いけれど兄は家の事もあり遅い方。貧乏男爵家に嫁ぐ貴族の令嬢などいなく、反対に入り婿として幾つかの縁談があったのを全て蹴って来たのだ。それも兄が男爵家、家族を大事にしていたからだけど、私が侯爵家に嫁げば兄の縁談も相手を好きに選べるはず。


嘗て兄が子爵家の御令嬢とお付き合いしていたが、身分違いだと家の反対にあい別れさせられたのを母から聞いていた。


せめて兄には心から愛した女性と結婚して欲しい。


この結婚で兄の軍の地位も約束され爵位も上るかもしれない


それに何より侯爵家で帝国軍元帥の地位にあるエルンスト様の伴侶の兄


将来が約束されたも同然


これまで家の為頑張って来た兄の為にも今度は私の番


その為にも今日の花嫁を立派にこなさなければと決意を改めるのだった。


「オットー、ロッテの事をくれぐれも頼む」


父はそう言って私の手を兄に渡す。


「はい。これからもシャルロッテを影になって支えて行きますので御安心下さい」


「ロッテ、何かあったら電話するのよ。それかオットーにも相談しなさい」


「はい。お母様…」


それから車に乗り込むと直ぐに車が発車するが両親が何時までも手を振っているのだった。








広い車内には私の横にロッソウ夫人が付き添い裾の長いドレスが皺にならないように整えてくれたりしてくれ、何故か後部座席が見えないように窓のカーテンが横と後ろに引かれ外を見えなくしてしまう。


「ベールの方をお願いします」


「はい」


普通の車に比べ広い車内なのでベールを難なく頭に被せてくれるが、より一層視界が遮られてしまう。


「少々御不便でしょうが御容赦下さいませ」


「大丈夫です」


そして見計らったように兄が声を掛けて来る。


「緊張していると思うが閣下が全てリードしてくださるからシャルロッテは誓いの言葉を誓言するだけで式は滞りなく終わる。分かったね」


優しい口調で言ってくれるが、まるで小さな子に言いきかせるような感じ


エルンスト様の前では失敗ばかりで逃げ出したり失神するなど子供じみた態度のせいだろう


婚礼の場で倒れる訳にはいかない。


「はい。エルンスト様に恥を掻かせないよう確りと頑張ります」


「大聖堂には大勢の軍族達が参列しているが全員かぼちゃだと思っていればいい」


「貴族の方々ではないのですか?」


軍の上層部はおおよそ貴族だけど、侯爵家の嫡子の婚礼に二候や有力貴族が抜ける事になってしまう。


「閣下は今回の婚礼を軍内部だけで執り行う所存。 だからいかつい顔ばかりだから怖がらないよう事前に言っておく。 閣下の花嫁に傷一つ負わせないボディーガード達だと思っていればいい」


兄の言葉がフッと気に掛かる。


「何か危ない事でもあるのですか?」


「全く問題などない、ただの例えだよ」


その時ベール越しだけど兄の耳がピクピク動いたのを見逃さない。小さい頃から嘘をつくと兄の耳がピクピク動くのは家族は知っており、知らないのは本人だけ。


矢張りこの婚礼には何かあるのだ。


そもそも、こんなに急に執り行われるなんて可笑しすぎる――侯爵家に嫁ぐのにエルンスト様の御両親とのお目通しも無く、貧乏男爵家の娘など嫁に迎えるなど反対されるのが普通。もしやこの婚礼はエルンスト様が独断で!?


だから軍人ばかりが呼ばれている?


私の知らない所で大事が起きているの?


「どうしたんだいシャルロッテ? 気分が悪いのかい」


黙り込んでしまった私に心配そうに聞いて来る。


「いいえ。何でもないの」


きっと私が知っても仕方ないのだろう


私はエルンスト様の花嫁を立派に勤め上げる事が与えられた役割のような気がしたのだった。






大聖堂に着くが車は正門では無く裏門から入ったようで人気のない建物の裏手からコッソリと人目をはばかる様に入ると一人の軍人が待ちうけていた。


「初めましてシャルロッテ様。私はエルンストの副官を務めておりますアルトゥール・フォン・エーベルバッハと申します。以後お見知りおきを」


黒い髪の怜悧な男性で、この方がエルンスト様の片腕として最も信頼を置き有能な方。本来は三候のリヒテンシュタイン侯爵家の次期当主の座を蹴ってまで軍に席を置いてエルンスト様に仕えているのは有名な話


慌てて会釈し


「態々のお迎え有難うございます…」


「シャルロッテ様の方が立場はうえになるのですから私どもに一々膝を折る必要はありません。常に堂々と御振舞い下さい」


挨拶を続けようとするがピシャリと言葉を遮られてたしなめられてしまう。


「はっつはい…」


「エーベルバッハ伯爵様。 シャルロッテ様は礼儀正しいお優しい方なのです。まだお若いですしこれから身につけて行けば宜しいかと思われます」


ロッソウ夫人がやんわりと私を擁護してくれる。


「成程。ではロッソウ夫人のお手並みを拝見しておこう。 くれぐれも私に厄介事を持ちこまないで欲しいものだ」


「はい、勿論ですわ」


私と違い毅然としてエーベルバッハ伯爵様に意見する姿は普段物静かな態度とは違い誇り高い貴婦人。私も何れ夫人のように振る舞わなければと見惚れてしまう。


そこに兄が割込んで


「閣下は確か警備の総括を任されているのではなかったのですか」


「私の指示は完璧だ。後は部下達が動けばいい事。それにエルンストより先に花嫁を見るのも一興だろう、悔しそうな顔が目に浮かぶ」


そう言ってニヤリと楽しそうに笑う


「こんな時に元帥閣下を逆なで無いで下さい」


「こんな時だからさ。オットー」


「お止め下さい」


兄が伯爵を諌めるので驚いてしまう。


軍でも高い地位の上官に対する態度として不遜であり、兄らしくもなかった。


だけど伯爵様がこのような方だったなんて…イメージが違い苦手かも知れない…


「それではシャルロッテ様。不肖私めが花婿の下にご案内いたしましょう」


そう言って手を差し出されるので手を乗せようとするが兄に阻まれてその手をロッソウ夫人にわたす。


私は兄が咎められないかとひやひやするけど、伯爵様は面白そうに兄を見るだけでだった。


ホッと胸を撫で下ろすが強気な兄にどうしてしまったんだろうと疑問が沸いてしまう??


こんな態度で不興を買わないかと心配になってしまうが、私を見る目は以前と変わらず優しいもの


「閣下の部屋にシャルロッテをお願いします」


「はい。お任せ下さい」


私をロッソウ夫人に手渡し兄と伯爵様が先を歩いて行くのを付いて行くが、いよいよエルンスト様に久しぶりに会うのだ。


恐ろしい顔のエルンスト様を事前に思い起こし心の準備をするのだった。






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