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「しないしないっ!後悔なんてするわけないっ!」
慌てて水元を抱えた。
早く言質をとってしまわないと、前言撤回されそうで怖い。
「一緒に住もうな」
小さく頷いた水元の身体から、力が抜ける。
「ありがとう」
言いたかった言葉は先を越され、一仕事終わった感覚が、俺を自由にする。
いいよな、了承してくれたんだよな?
俺の生活のこれからは、水元が共にあると思って、間違いじゃないんだよな?
三月に入ってすぐ、水元の家に挨拶に行った。
「落ち着いた穏やかそうな人で、今度は大丈夫ねって安心された」
水元が嬉しそうに言う。
ほっと一安心して、自分の実家に連絡を入れた。
『やっと結婚する気になったあ?離婚歴なんて、今時珍しくもない。いいから、連れてらっしゃい』
ものすごくアバウトな報告で、両親は了承したようだ。
子供の相手より、孫を見たいが優先しているらしい。
水元は別に、孫製造機じゃない。
行った時に、そこはきっちりと……言えれば良い、と思う。
決算期に待ちきれなくなった俺の両親が、いきなり上京してきた。
土曜出勤だった水元は、ビジネス用のパンツスーツのまま、しきりと恐縮する。
ホテルで食事なんて気の張る人たちじゃないし、予約の要らないレストランで夕食を摂って、その後喫茶店でお茶を飲んだだけだけど。
「この子、会社でもぼーっとして、迷惑掛けてるんじゃない?」
三十代半ばで、まだ「この子」なんだよな。
「長谷部君は穏やかで骨惜しみしないから、頼りにされてますよ。男の人にも女の子にも」
女の子はどうか知らないけど、男たちとの仲は悪くない。
「水元さんにもお世話かけると思うわ、昼行灯だから」
「お世話になるのは、私のほうですから」
会社に居るときとは違う緊張の仕方をしている水元に、両親は好感を抱いたみたいだ。
「お式は、どうするの」
いきなり俺に向き直られても、全然考えてなかった。
「気がつかなかったとか言うんじゃないでしょうね、この子は!」
呆れた顔のお袋が、水元に頭を下げた。
「忙しいでしょうけど、ゆっくり相談しましょう。抜け作に任せておいちゃダメ」
あんぽんたん、すかたん、唐変木、昼行灯、抜け作。全部俺のことか。