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行灯の昼  作者: 蒲公英
今、手に入った
70/77

5

「なんで今日来たか、知ってる?」

「知らない」

水元は肩にもたれかかりながら、深い溜息を吐いた。

「長谷部君が声を荒らげたなんて聞いたから、てっきり何かにイライラしてるのかと思って」

俺だって、不機嫌な時くらいあるぞ?

大抵の場合、反論を組み立ててる間に冷静になっちゃうから、一言二言で終わりになるけど。

「何にイライラしてるのか、聞けたらなって思ったのに」

「イライラなんて、してないよ」

「うん」


肩にもたれかかったまま、水元は小さく伸びをした。

「長谷部君は、怒ったり感情的になったりしないじゃない」

「水元もだろ?」

「ううん、私は見せてないだけだよ。汚くて手に負えない感情、いっぱいあるもん。長谷部君みたいに優しくないんだ」

俺は、優しいわけじゃない。

喋るのがヘタなのを言い訳に、他人の主張を聞き流しているだけだ。

「……自信がないだけだ。自分がやってることを肯定して欲しいから、他人のやることを否定できない」

「肯定して欲しいって要求だけの人、多いんだよ」

水元の声が、耳に心地良い。


「離婚する前にね」

聞かせようとする風でもなく、水元はぽつりぽつりと言う。

テレビは、今日のニュースを流し続けている。

「これでもかってくらい、自分の汚い感情が噴出した。自分がだいっきらいになった。あんなのは、二度とイヤ」

その時の水元は知らなくても、それに耐えていた顔は知ってる。

「そんなもんは、誰だってあるだろ。俺だって、表に出ることはあるさ。鈍いけどな」

「だから、どんな時に怒るのかなって思ってた。そしたら」


今度は肩じゃなくて、胸に頭が飛び込んできた。

「その滅多にない感情的になったことは、私が引き金だったなんて言うんだもん。嬉しいのか悲しいのか、わかんない」

「ごめん。余計なお世話……」

「そうじゃないのっ!」

胸に頭をぐりぐり押しつけて、水元が遮る。

「甘えたくなっちゃって、寄りかかりたくなっちゃって、もっと」

もっと?

「ばかっ!私だって、手探りなんだよっ!」

子供っぽい仕草の水元を、足の間に抱え込んだ。


今、手に入った。

こんななんでもない出来事で、水元はあっさりと予防線を解いた。

腕の中で柔らかくなった身体に、溶けた頑なさを思う。

今晩、たった今、水元は俺の手に入った。

これは、確信だ。

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