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「なんで今日来たか、知ってる?」
「知らない」
水元は肩にもたれかかりながら、深い溜息を吐いた。
「長谷部君が声を荒らげたなんて聞いたから、てっきり何かにイライラしてるのかと思って」
俺だって、不機嫌な時くらいあるぞ?
大抵の場合、反論を組み立ててる間に冷静になっちゃうから、一言二言で終わりになるけど。
「何にイライラしてるのか、聞けたらなって思ったのに」
「イライラなんて、してないよ」
「うん」
肩にもたれかかったまま、水元は小さく伸びをした。
「長谷部君は、怒ったり感情的になったりしないじゃない」
「水元もだろ?」
「ううん、私は見せてないだけだよ。汚くて手に負えない感情、いっぱいあるもん。長谷部君みたいに優しくないんだ」
俺は、優しいわけじゃない。
喋るのがヘタなのを言い訳に、他人の主張を聞き流しているだけだ。
「……自信がないだけだ。自分がやってることを肯定して欲しいから、他人のやることを否定できない」
「肯定して欲しいって要求だけの人、多いんだよ」
水元の声が、耳に心地良い。
「離婚する前にね」
聞かせようとする風でもなく、水元はぽつりぽつりと言う。
テレビは、今日のニュースを流し続けている。
「これでもかってくらい、自分の汚い感情が噴出した。自分がだいっきらいになった。あんなのは、二度とイヤ」
その時の水元は知らなくても、それに耐えていた顔は知ってる。
「そんなもんは、誰だってあるだろ。俺だって、表に出ることはあるさ。鈍いけどな」
「だから、どんな時に怒るのかなって思ってた。そしたら」
今度は肩じゃなくて、胸に頭が飛び込んできた。
「その滅多にない感情的になったことは、私が引き金だったなんて言うんだもん。嬉しいのか悲しいのか、わかんない」
「ごめん。余計なお世話……」
「そうじゃないのっ!」
胸に頭をぐりぐり押しつけて、水元が遮る。
「甘えたくなっちゃって、寄りかかりたくなっちゃって、もっと」
もっと?
「ばかっ!私だって、手探りなんだよっ!」
子供っぽい仕草の水元を、足の間に抱え込んだ。
今、手に入った。
こんななんでもない出来事で、水元はあっさりと予防線を解いた。
腕の中で柔らかくなった身体に、溶けた頑なさを思う。
今晩、たった今、水元は俺の手に入った。
これは、確信だ。