3
「病気と妊娠は違うだろうがよ。子供作るの前提で結婚するんなら、できてからの責任考えろっての」
「野口さんが無責任なことしてるみたいじゃないですか」
我ながら、ここでムキになることはないと思う。
今までなら聞こえないフリをしていたのに、これが水元に向けられた言葉だったらと思うと、止まらない。
「無責任だろ。つわりくらいで休んで」
「くらいって言葉使えないほど、ひどいって考えられないんですか」
「うちの母ちゃん、寝込んだりしなかったぞ」
生田さんは確かに、目の前に妊婦がいるのかも知れない。
だけど個人差ってものはあるだろうし、あの野口さんが無責任だとは到底思えない。
開発営業部の面々だって、彼女の能力と責任感を認めてるからこそ、頼り切っているのだ。
「あーあ。いいよな、女は。休める言い訳がいっぱいあって」
捨て台詞みたいな言葉に、自分の中でことりと箍が外れた。
「生田さんも、言い訳いっぱい作って休めば?」
誰の台詞だ、これ。社内でこんな風に、喧嘩腰にモノを言ったことがあっただろうか。
「最初の子供が生まれたとき、生田さんは現場休んで付き添ったよね。誰か文句言いました?」
おお、思いの他滑らかに出る言葉。
「そりゃ、俺が普段真面目に仕事して……」
「野口さんも普段から真面目に仕事してます。それに生田さん、去年インフルエンザの予防接種受けないで、何日も休みましたよね。あれこそ無責任じゃありませんか?」
生田さんの顔は、みるみる真っ赤になった。
「なんだおまえっ!水元さんとつきあってるくせに、野口さんに惚れてんのかっ!」
声が大きくなって、まわりの人間が少し警戒し始めた。
生田さんだって、社内で殴りかかるほどバカじゃない。
「……野口さんは山口の奥さんでしょうが。俺は自分が思ったことを言ったまでですよ」
意識の摺り合わせをする必要はない。
だけど、黙っていることで同意していると思われるのは、ごめんだ。
「はいはい、そこまで。会社の中で喧嘩しても仕方ないだろ。生田の言い分はわからなくもないけど、長谷部が言い返すのは珍しいな」
真ん中を部長が突っ切り、生田さんは思いっきり不機嫌な顔で後ろを向いた。
気がつくとパーテーションの隙間から何人も覗いている。
やっちゃった気分でモニタを立ち上げ、部長に頭を下げた。