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行灯の昼  作者: 蒲公英
今、手に入った
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2

水元とのつきあいは穏やかに続き、俺の部屋は少しずつ、女の手が加わり始める。

台所に「キッチンマット」とやらが敷かれ、新しく買ったバスマットとお揃いだったりする。

あの後一度だけ行った水元の部屋には、相変わらず熊が鎮座していて、ピンクと花柄が妙に気恥ずかしい。

見計らいきれないタイミングに焦れても、多分事態は好転したりしない。


「なんだよ、開発営業部は。野口さん、また休みだってよ。責任感ねえなあ」

午前中、まだ人間がたくさん居る社内で、投げ出すように生田さんが言う。

「女はいいなあ、妊娠したってだけで気軽に休めて」

その言葉に微妙な引っ掛かりを感じて、思わず生田さんの顔を見た。

生田さんは二児の父で、もうじき三児の父になる。

まさか自分の奥さんに対して、そんなことは言ったりしないだろう。

多分開発営業部に確認したいことがあったか何かで、管理している野口さんが休みだから、時間がかかったのだ。


「俺も産休取りてえな、堂々と休んで、給料も何割か保証だろ?いいよなあ」

いい、のか?就業するのが難しい状態だから、休み期間が決まっているんじゃないのか?

「そんなに休んでも、文句ひとつ言われないで、当然の顔して戻って、やれ子供が熱出したの保育園のお迎えだのって……」

続きそうな時に、ふと水元の顔が浮かんだ。

バリバリに凝った肩。月末締めには責任者として、上司よりも遅くなることがある。

それをしても尚且つ、酷いつわりで休むと「責任感がない」と言われるのか?


冗談じゃない。

自分が熱を出しても必死になって出社するけど、熱を出した子供は、放っておいたら死んでしまうじゃないか。

子供のいる生田さんですら、妊娠出産が本人の悪行だと受け止める発言をする。

腹いせ混じりだろうけど、言われた方は休んだ負い目があるから、それは矢になるだろう。

水元に対して、たとえ冗談でもそんなことを言われたくない。

「……生田さんは、つわりで臥せってる奥さんに、起きて働けと言いました?」

言い返されたのが面白くなかったのか、生田さんの顔は、戦闘体制に変わった。


「だから長谷部は甘いって言うんだよ。仕事に支障きたしてんじゃねえか」

「開発営業部が、それだけ野口さんに頼りっきりって証拠でしょう。彼女は資料を隠してました?」

生田さんにこんな話しかたをしたのは、多分はじめてだ。

って言うか、言い返すことすら珍しい。

俺の口から言葉は滑らかには出てこないし、言い返したいことを纏めているうちに、普段は話が終わってしまう。

「野口さんが自分の業務以上の仕事をしてて、それができないって責められるのは……ガンとかで自宅療養中の人は、羨ましいですか?じゃなくって、たとえば鬱病の人に無理を……ええっと」

ほら、こんがらがってきた。

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