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行灯の昼  作者: 蒲公英
今、手に入った
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一月の半ばに、開発営業部の野口さんが突然フレックス勤務になった。

営業部は相手がある部署だから、通常フレックスは認められていない。

申請が総務を通ったってことは、それ相応の理由があるのだ。

「本人は大丈夫だって強情張ったんですけどね。どうも香水と整髪料がダメみたいで、ラッシュ避けないと」

昼食の蕎麦をすすりながら、山口が言う。

「もしかして、つわり?」

「もしかしなくても。まだ言わないでとか言われても、どうせばれるんですから」

この男には珍しく、夫婦の間の話をする。

微笑ましいの半分、羨ましいの半分だ。


「辞めんの?それとも育休?」

「本人、産んだら復帰する気は満々ですけどね。営業事務は時間読みにくいしねえ……どうだか」

野口さんは、普通に営業事務に求められていることよりも、ずいぶん深い部分までサポートをしている。

一般職だとは言っても、後輩の指導力も知識量もペーペーの営業より上だし、客先からの信頼が篤い。

「野口さんがいなくちゃ、開発営業部てんてこ舞いじゃん。補充要因、ふたりじゃ足んねーぞ」

「長谷部さんがそう言ってくれたって、野口に言っときます。部署が変わるのは、仕方ないかも知れませんねえ」

社内で、しかも同じ部署に長く居た夫婦だから、お互いの仕事ぶりや実力は、よく知っている筈だ。

基本的に職種の移動のない会社だから、他の部署に移るための教育は受けてなくて、求められるスキルに到達するまでは、社員等級は新人扱いになる。

野口さんの仕事へのプライドは、「妊娠したから」と切り捨てて良いものだろうか。


もちろん本人が「もう楽をしたい」「手を抜きたい」と思っていれば、話は別だ。

だけど今まで、野口さんの時間がある程度自由になるのを良いことに、忙しくても他の手立ても考えず、頼り切ってきていたじゃないか。

「人事と待遇、上手く考えてくれるといいな」

「ああ、会社には期待してないですけどね。今まで育休取った人って、使いまわされて社員等級も上がらなくなってるし。無理すると無理して出した実績が当たり前になるから、本人の都合で限度が決まっちゃうと、使い物にならないって判断されちゃう。俺の仕事と折り合いつけるにしたって、俺自身取引先に左右される仕事だから、メインはどうしても野口になるでしょ。あのプライドの高い人は、能力が低いなんて烙印押されたら、無理に無理を重ねてつぶれちゃうでしょう」

よく分析してるな、自分の奥さんなのに。

「評価の積み重ねが、野口を救ってくれることを祈りますよ」

山口は、ぱきんと割り箸を折った。


会社ってのは人が集まってできているものだし、価値観は百人いれば百通りある。

それが自分とは相容れない価値観だとしても、違いを主張する必要なんて、ないと思ってた。

自分が受け容れるものは受け容れれば良いし、他人に強制されても、受け容れられないものはある。

けれど、それは「ないもの」として扱ってはいけないのだ。

たとえばそれが、自分と関係のあるものとの軋轢だったときに。


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