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行灯の昼  作者: 蒲公英
タイミングの問題
64/77

7

「まだ結婚しないの!子供が育つ前に還暦が来ちゃうじゃないの!」

腰に手を当てて、お袋が言う。蜜柑を剥きながら、黙って聞く。

水元の気持ちが今一つ固まっていないのに、先に口に出すのは早計な気がする。

「甲斐性のない兄弟だこと。早く孫の顔を見せて頂戴」

向かい側では弟が、煎餅の袋を開けていた。

「いや、順番越しちゃ悪いからさ」

「遠慮しなくていいぞ?相手がいるんならな」

うちの息子たちはと、お袋が盛大に溜息を吐いてみせた。


三日の夕方に自分のアパートに着き、ほっと一息つく。

出てしまってから十年を越してしまった実家は、居心地は良いが俺の場所とはちょっと違う。

たとえば定年を迎えて実家に帰るとしたって、生活ははじめから作り直すってことだな。

それまでの道筋は、まったく見えないけど。


いそいそと水元に電話を掛け、会えないかと言う。

顔を見なかったのは何日間かだけなのに、やけに懐かしい気がする。

『疲れてるんじゃないの?』

「いや、実家からだから。そっちに行っていい?」

『いいよ、私が行くから休んでて』

呼んですぐ来てくれるってことは、水元も同じように思っていてくれたのか。

風呂に湯を張りながら、水元が来てくれるのを待つ。


鍵を開けたまま風呂に入って、出たら水元が台所に立っていた。

「物騒ね、鍵開けたまんまなんて」

合鍵も渡してないから、外で待たせちゃいけないと思っただけなんだけど。

「揚げ物買ってきたから、適当に用意しちゃうね」

調理台の前に立つ水元に、やけに欲情してしまい、抑えるのに必死だ。

AVじゃあるまいし、そんなところで押し倒したくはない。


食卓に並んだふたり分の食器が、なんとなく嬉しい。

座卓の向かい側に座る水元が、初詣の神社の話をする。

「二年参りしたんだけどね、寒いの寒くないのってもう」

「ひとりで行ったの?」

「ひとりよ。暇だったんだもん」

夜、神社への道をひとりで歩く水元を想像する。

そんなところを、ひとりで歩かせたくない。

「来年は、一緒に行こう」

その言葉は、ごくごく自然に俺の口からこぼれた。

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