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「まだ結婚しないの!子供が育つ前に還暦が来ちゃうじゃないの!」
腰に手を当てて、お袋が言う。蜜柑を剥きながら、黙って聞く。
水元の気持ちが今一つ固まっていないのに、先に口に出すのは早計な気がする。
「甲斐性のない兄弟だこと。早く孫の顔を見せて頂戴」
向かい側では弟が、煎餅の袋を開けていた。
「いや、順番越しちゃ悪いからさ」
「遠慮しなくていいぞ?相手がいるんならな」
うちの息子たちはと、お袋が盛大に溜息を吐いてみせた。
三日の夕方に自分のアパートに着き、ほっと一息つく。
出てしまってから十年を越してしまった実家は、居心地は良いが俺の場所とはちょっと違う。
たとえば定年を迎えて実家に帰るとしたって、生活ははじめから作り直すってことだな。
それまでの道筋は、まったく見えないけど。
いそいそと水元に電話を掛け、会えないかと言う。
顔を見なかったのは何日間かだけなのに、やけに懐かしい気がする。
『疲れてるんじゃないの?』
「いや、実家からだから。そっちに行っていい?」
『いいよ、私が行くから休んでて』
呼んですぐ来てくれるってことは、水元も同じように思っていてくれたのか。
風呂に湯を張りながら、水元が来てくれるのを待つ。
鍵を開けたまま風呂に入って、出たら水元が台所に立っていた。
「物騒ね、鍵開けたまんまなんて」
合鍵も渡してないから、外で待たせちゃいけないと思っただけなんだけど。
「揚げ物買ってきたから、適当に用意しちゃうね」
調理台の前に立つ水元に、やけに欲情してしまい、抑えるのに必死だ。
AVじゃあるまいし、そんなところで押し倒したくはない。
食卓に並んだふたり分の食器が、なんとなく嬉しい。
座卓の向かい側に座る水元が、初詣の神社の話をする。
「二年参りしたんだけどね、寒いの寒くないのってもう」
「ひとりで行ったの?」
「ひとりよ。暇だったんだもん」
夜、神社への道をひとりで歩く水元を想像する。
そんなところを、ひとりで歩かせたくない。
「来年は、一緒に行こう」
その言葉は、ごくごく自然に俺の口からこぼれた。