6
バタバタのうちに忘年会も過ぎて(忙しくても酒は飲むもんだ)、ささやかにクリスマスプレゼントの交換なんかもして、あっと言う間に正月休みに入る。
「帰省するの?」
「ああ、大晦日から三日までね。水元は?」
「隣の駅だもん。まあ、泊まるには泊まるけど」
一度はねつけられてから、水元に「一緒に暮らそう」と言えなくなった。
本当は、正月に実家に連れて行きたかった。
会社の連中には、結婚はまだかと言われ続け、俺も水元の日常が欲しい。
意気地がないのは、水元が何かに躊躇している原因が、見えないからだ。
剥き出しの感情も生活観も、見てみなくてはわからないものだから、そんなことは覚悟の上で一緒に生活をはじめたいのに、乗り越えるべき壁が見当たらない。
仕事仕舞いに泊まっていった水元が、起き抜けに小さな錠剤を口に含むのに気がついたのは、たまたまその時間に目が覚めたからだ。
休みの日は十時近くまで寝ているから、知らなかっただけだ。
「何?その薬」
水元は少し気まずそうに、目を逸らした。
「ピル」
復唱しそうになってから、意味を理解する。
妊娠したら入籍、そう考えていたのは、俺だけだったらしい。
「イヤなの、妊娠を盾に結婚なんていうのは」
「盾にってこと、ないだろう。俺はそれをラッキーって言うぞ?」
そう言葉にすると、水元は今までにない頑なな顔をした。
「妊娠を錦の御旗みたいに掲げて、さあ結婚しましょうなんて」
らしくない言い方に引っ掛かりがあるのは確かで、何だっけと思うのがもどかしい。
朝からこんなことを考えたくなくて、でも考えなくちゃいけない。
これは水元に関する、大きなポイントなのかも知れない。
あれだ。水元の離婚は、男の浮気相手が妊娠したことが大きかった。
ああ、彼女より先に妊娠してればって思うことはあったわね。
そんな男との結婚は、遅かれ早かれ破綻していただろうが、水元にとっては「負け」だったのだ。
自分にとっての「負け」が、トラウマにならない筈がない。
俺は、なんて迂闊だったんだろう。
終わったことは終わったこと、もう関係ないことじゃないのだ。
「……ごめん。俺だけが勝手にそう思ってた」
水元は、ふっと笑みを浮かべた。
「そこで謝っちゃうのが、長谷部君だよね。黙ってたのは、私の勝手なのに」
どうしても、水元と生活してやる。
滅多にない強い感情に後押しされて、水元を抱き寄せた。
「もっと何でも言ってくれよ。わかんなかったら、怒鳴ってもいいから」
腕の中で、水元が「ありがとう」と呟くのを聞いた。