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行灯の昼  作者: 蒲公英
タイミングの問題
63/77

6

バタバタのうちに忘年会も過ぎて(忙しくても酒は飲むもんだ)、ささやかにクリスマスプレゼントの交換なんかもして、あっと言う間に正月休みに入る。

「帰省するの?」

「ああ、大晦日から三日までね。水元は?」

「隣の駅だもん。まあ、泊まるには泊まるけど」

一度はねつけられてから、水元に「一緒に暮らそう」と言えなくなった。

本当は、正月に実家に連れて行きたかった。

会社の連中には、結婚はまだかと言われ続け、俺も水元の日常が欲しい。

意気地がないのは、水元が何かに躊躇している原因が、見えないからだ。

剥き出しの感情も生活観も、見てみなくてはわからないものだから、そんなことは覚悟の上で一緒に生活をはじめたいのに、乗り越えるべき壁が見当たらない。


仕事仕舞いに泊まっていった水元が、起き抜けに小さな錠剤を口に含むのに気がついたのは、たまたまその時間に目が覚めたからだ。

休みの日は十時近くまで寝ているから、知らなかっただけだ。

「何?その薬」

水元は少し気まずそうに、目を逸らした。

「ピル」

復唱しそうになってから、意味を理解する。

妊娠したら入籍、そう考えていたのは、俺だけだったらしい。

「イヤなの、妊娠を盾に結婚なんていうのは」


「盾にってこと、ないだろう。俺はそれをラッキーって言うぞ?」

そう言葉にすると、水元は今までにない頑なな顔をした。

「妊娠を錦の御旗みたいに掲げて、さあ結婚しましょうなんて」

らしくない言い方に引っ掛かりがあるのは確かで、何だっけと思うのがもどかしい。

朝からこんなことを考えたくなくて、でも考えなくちゃいけない。

これは水元に関する、大きなポイントなのかも知れない。


あれだ。水元の離婚は、男の浮気相手が妊娠したことが大きかった。

ああ、彼女より先に妊娠してればって思うことはあったわね。

そんな男との結婚は、遅かれ早かれ破綻していただろうが、水元にとっては「負け」だったのだ。

自分にとっての「負け」が、トラウマにならない筈がない。

俺は、なんて迂闊だったんだろう。

終わったことは終わったこと、もう関係ないことじゃないのだ。

「……ごめん。俺だけが勝手にそう思ってた」

水元は、ふっと笑みを浮かべた。

「そこで謝っちゃうのが、長谷部君だよね。黙ってたのは、私の勝手なのに」


どうしても、水元と生活してやる。

滅多にない強い感情に後押しされて、水元を抱き寄せた。

「もっと何でも言ってくれよ。わかんなかったら、怒鳴ってもいいから」

腕の中で、水元が「ありがとう」と呟くのを聞いた。

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