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技巧を凝らすような腕はないし、俺と水元はただ穏やかに抱き合っただけだ。
それはとても充実した時間だったし、腕の中にいる水元が嬉しくて、何度も顔を確認した。
水元の身体からは花の香りがして、肩は薄くて、なかなか暖まらない手足は男よりずっと華奢だった。
語るべきことは何もない、身体中を確認しあって、それが幸せなんだから。
腕枕の上で、水元は静かに涙をこぼした。
「ありがとう」
感謝されるようなことは、何もしていない。感謝するのは俺のほうだ。
「こんな風に、誰かに優しくしてもらうことなんて、もうないかも知れないと思ってた」
「どうして?」
「女として劣るから」
何が劣るっていうんだろう。
俺には今、水元が一番必要な女なのに。
「誰にも劣ってなんか、ないだろ」
「結婚したばかりの男ですら、他の女に目が行ったのよ」
水元はバツイチだったと思い出し、せつなくなった。
何年経っても残る傷を、俺はどうにかしてやれるんだろうか。
それでも、俺はその男に感謝したい。
水元がここにいるのは、その男と水元が今、夫婦じゃないからだ。
「見る目のなかった男に、感謝だ。おかげで俺は、いい女が手に入った」
黙って目を閉じている水元を、もう一度抱きしめた。
頭の回転が早くて、人づきあいにもまるで問題なくて、仕事の信頼も篤くて、俺にはもったいないとすら思う。
そんな女が、自分は女として劣っているという。
なんていじらしく、愛しいんだろう。
つまらない男のために傷ついたプライドを抱えて、誰にも癒されずにいたのか。
完全に癒してやることはできなくとも、俺の今後に、水元は必要な存在だ。
そう確認した晩だった。