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行灯の昼  作者: 蒲公英
はじまりの実感
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8

技巧を凝らすような腕はないし、俺と水元はただ穏やかに抱き合っただけだ。

それはとても充実した時間だったし、腕の中にいる水元が嬉しくて、何度も顔を確認した。

水元の身体からは花の香りがして、肩は薄くて、なかなか暖まらない手足は男よりずっと華奢だった。

語るべきことは何もない、身体中を確認しあって、それが幸せなんだから。


腕枕の上で、水元は静かに涙をこぼした。

「ありがとう」

感謝されるようなことは、何もしていない。感謝するのは俺のほうだ。

「こんな風に、誰かに優しくしてもらうことなんて、もうないかも知れないと思ってた」

「どうして?」

「女として劣るから」

何が劣るっていうんだろう。

俺には今、水元が一番必要な女なのに。


「誰にも劣ってなんか、ないだろ」

「結婚したばかりの男ですら、他の女に目が行ったのよ」

水元はバツイチだったと思い出し、せつなくなった。

何年経っても残る傷を、俺はどうにかしてやれるんだろうか。

それでも、俺はその男に感謝したい。

水元がここにいるのは、その男と水元が今、夫婦じゃないからだ。

「見る目のなかった男に、感謝だ。おかげで俺は、いい女が手に入った」

黙って目を閉じている水元を、もう一度抱きしめた。


頭の回転が早くて、人づきあいにもまるで問題なくて、仕事の信頼も篤くて、俺にはもったいないとすら思う。

そんな女が、自分は女として劣っているという。

なんていじらしく、愛しいんだろう。

つまらない男のために傷ついたプライドを抱えて、誰にも癒されずにいたのか。

完全に癒してやることはできなくとも、俺の今後に、水元は必要な存在だ。

そう確認した晩だった。

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