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「長谷部、最近楽しそうだなあ」
現場に出る途中、生田さんに声を掛けられた。
「変わんないですよ」
「女でもできたんじゃないのか?」
こういう時は、沈黙するに限る。
水元は何も言ってないんだし、俺だけがはしゃいでたら、申し訳ない。
会社生活は代わり映えなく過ぎて行くし、今のところ大プロジェクトで忙しいなんてこともない。
子供のお迎え当番だと言いながら、津田が帰っていく。
津田の奥さんは、辞める前になんだかあったみたいだけど(よく知らない)、多分出会うべき相手同士だったのだと思う。
過去に何があっても、それが人としての性格なり人生観なりを形成しているのだ。
だから同じ人間であっても、出会うタイミングによって、相手に向ける視線は変わっていく。
俺は、運が良かった。
水元は今独身で、俺も今独身で、お互いに他の相手を見つけようとしていない。
金曜日の晩、まだ会社に残っていた水元に、声を掛けた。
「帰れる?」
経理部には人がいなかったし、帰宅経路は途中まで一緒だから、どうせなら一緒に帰ろうと思っただけだ。
「ん、ちょっと待ってて」
そう言ってPCを落とす作業を、見ていた。
文房具をしまいながら、目頭を揉み解している。
肩を揉んでやろうかと思って、それが今自分にとって余計な行為だと気がつく。
肩になんか触ったら、他の事がしたくなる。
そう思い始めたら、水元の柔らかい唇の感触が蘇ってきた。
明日会うのも、今日一緒に帰るのも、大して変わらない。
我慢していたつもりはなかったんだけど、そう考え始めたら、気が急いてきた。
いいよな、俺の家で夕食にしようって言うくらい。
地下鉄の中で夕食の相談をしようとする水元を制して、俺の家でと提案してみた。
水元はしばらく考えた後、その前に買い物をしたいと答えた。
池袋の駅で、本屋に俺を残して、水元はショッピングビルの中に消えていった。
三十分程度で戻った水元は、いくつか袋を持っていた。
「何買ったの?」
「ないしょっ!さて、デパ地下もダンピング時間だから、美味しいもの買ってこ」
並んで食事の内容を相談するのも楽しい。
同じ場所に帰るってだけで、ワクワクする。
良かった、断られたりしなくて。