5
夕食の心配をするような時間になって、落ち着かなくなる。
このまま別れてしまうのは、惜しい。
俺のアパートはすぐそこで、なんて言うのかな、自分の巣を見て欲しい感じ。
インド料理店でナンをちぎりながら、まだ送っていきたくないと強く思う。
辛ーい、なんて言ってる水元は、どうなんだろう。
店を出た後並んで歩きながら、駅に導こうかどうしようかと迷う。
「長谷部君の家って、遠い?」
「いや、歩いて十分くらい……来てみる?」
俺なりに勇気の必要な言葉だった。
「いいけど。私、今日、都合の悪い日だよ?」
「え?早めに帰る?」
水元は、これ見よがしに溜息を吐いた。
「あ・ん・ぽ・ん・た・ん。女が都合が悪い日って、何だと思ってるのよ」
意味を探って、しばらく沈黙……うわ、奇襲するなっ!
「そういう意味で誘ったんじゃないっ!いや、そういう意味もあるけどっ!それだけじゃなくってっ」
くっくっと笑う水元は、余裕の表情だ。俺で遊んでやがる。
「行ってもいい?長谷部君の暮らしてる場所、見たい」
それは願ったり叶ったりだ。
部屋の鍵を開けながら、やけに緊張した。
隣に立つ水元の視線が、俺の手元に集中してるみたいに感じる。
築二十年の木造アパート、広さだけは充分だけど、俺以外の誰の手も加えていない部屋は、水元にどう見えるだろう。
安いカウチと座卓だけのリビングは、あまりにもあっけないだろうか。
「お邪魔しまーす。あ、居心地良さそう」
そう言われただけで、自分の中身が褒められたみたいで嬉しい。
「インスタントコーヒーとティーバッグの紅茶、どっち?」
このカウチに女の子と並んで座るのは初めてで、何かのオマケに貰ったマグカップはバラバラだ。
見るともなしにつけたテレビは、なんだかハイテンションなバラエティ番組。
「長谷部君の部屋ーって感じ。飾ってないけど、なんとなーく便利な配置でモノが置いてある」
マグカップを両手で抱えた水元が、部屋を見回す。
ヨコシマな考えはないけど、隣に座るだけじゃなくて、もっと。
肩に手を回すと、水元は座卓の上にカップを置いた。
キスしたら、もっと深くキスしたくなった。
深くキスしたら、他の部分に触れたくなった。
胸に手を伸ばして、水元の呼吸音を聞く。
「ごめんね、今日はここまでで。来週は大丈夫だから」
そんな言葉にまで興奮して、余計にキスする。
「んんっ……ね、今日はここまで」
胸を押されなければ、多分そのまま手を進めてしまっていたろう。
送る途中、水元は少しだけ水元らしくない言葉を使った。
「ごめんね。本当は、私には長谷部君はもったいないと思う」
「なんで?」
「バツイチだもん。それにもう、体型だって期待してもらえない」
そんなこと、水元の価値とは何の関係もない。
そう言ってやりたいのに、俺の口は動かなくて、それがもどかしい。
代わりに、繋いでいた手を握りなおした。
「水元がいいんだ」
これで、ちゃんと伝わっているだろうか。