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行灯の昼  作者: 蒲公英
はじまりの実感
54/77

5

夕食の心配をするような時間になって、落ち着かなくなる。

このまま別れてしまうのは、惜しい。

俺のアパートはすぐそこで、なんて言うのかな、自分の巣を見て欲しい感じ。

インド料理店でナンをちぎりながら、まだ送っていきたくないと強く思う。

辛ーい、なんて言ってる水元は、どうなんだろう。


店を出た後並んで歩きながら、駅に導こうかどうしようかと迷う。

「長谷部君の家って、遠い?」

「いや、歩いて十分くらい……来てみる?」

俺なりに勇気の必要な言葉だった。

「いいけど。私、今日、都合の悪い日だよ?」

「え?早めに帰る?」

水元は、これ見よがしに溜息を吐いた。


「あ・ん・ぽ・ん・た・ん。女が都合が悪い日って、何だと思ってるのよ」

意味を探って、しばらく沈黙……うわ、奇襲するなっ!

「そういう意味で誘ったんじゃないっ!いや、そういう意味もあるけどっ!それだけじゃなくってっ」

くっくっと笑う水元は、余裕の表情だ。俺で遊んでやがる。

「行ってもいい?長谷部君の暮らしてる場所、見たい」

それは願ったり叶ったりだ。


部屋の鍵を開けながら、やけに緊張した。

隣に立つ水元の視線が、俺の手元に集中してるみたいに感じる。

築二十年の木造アパート、広さだけは充分だけど、俺以外の誰の手も加えていない部屋は、水元にどう見えるだろう。

安いカウチと座卓だけのリビングは、あまりにもあっけないだろうか。

「お邪魔しまーす。あ、居心地良さそう」

そう言われただけで、自分の中身が褒められたみたいで嬉しい。

「インスタントコーヒーとティーバッグの紅茶、どっち?」


このカウチに女の子と並んで座るのは初めてで、何かのオマケに貰ったマグカップはバラバラだ。

見るともなしにつけたテレビは、なんだかハイテンションなバラエティ番組。

「長谷部君の部屋ーって感じ。飾ってないけど、なんとなーく便利な配置でモノが置いてある」

マグカップを両手で抱えた水元が、部屋を見回す。

ヨコシマな考えはないけど、隣に座るだけじゃなくて、もっと。

肩に手を回すと、水元は座卓の上にカップを置いた。


キスしたら、もっと深くキスしたくなった。

深くキスしたら、他の部分に触れたくなった。

胸に手を伸ばして、水元の呼吸音を聞く。

「ごめんね、今日はここまでで。来週は大丈夫だから」

そんな言葉にまで興奮して、余計にキスする。

「んんっ……ね、今日はここまで」

胸を押されなければ、多分そのまま手を進めてしまっていたろう。


送る途中、水元は少しだけ水元らしくない言葉を使った。

「ごめんね。本当は、私には長谷部君はもったいないと思う」

「なんで?」

「バツイチだもん。それにもう、体型だって期待してもらえない」

そんなこと、水元の価値とは何の関係もない。

そう言ってやりたいのに、俺の口は動かなくて、それがもどかしい。

代わりに、繋いでいた手を握りなおした。

「水元がいいんだ」

これで、ちゃんと伝わっているだろうか。

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