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朝起きたら、十一時過ぎだった。
慌てて洗濯機をまわして、その間にカップ麺食べて、シャワーを浴びたら正午だ。
水元も気が向いたらって言ってたし、彼女だって休みの日には片付けることもあるだろう。
ベランダに洗濯物を干して、申し訳程度に片付け物をしてから、ようやっと水元に電話した。
ワンコールで繋がったけど、なんだか後ろがザワザワしている。
『おっそーい!』
え?だって、気が向いたらって言ってたじゃないか。
それに水元だって今、出先みたいだし。
「今、どこ?」
水元はチェーンのファーストフード店の名を答えた。
『江古田の』
追加の言葉に、首を傾げた。
この街に、何か用事のあるような場所があっただろうか。
「どこか行くの?」
『ばかっ!早く来なさいっ!』
今までどれくらい、「ばか」と言われたんだろう。
そう思いながら、駅までの道をぺたぺた歩く。
学生街だから、まあチープな文化は一通り揃ってるけど、わざわざ電車賃を掛けて来る場所が、あるんだろうか。
店の中を覗くと、水元は手元に文庫本を閉じたまま、入口を向いていた。
「遅いんだもん。本、読み終わっちゃったよ」
いや、電話してから三十分も待たせてない……
「十時から待ってたのに。十一時になっても電話来ないし、まだ寝てるのかって思って、こっちから電話するのもなあって思って、駅まで出ても電話来ないし、じゃあ便利な場所までって池袋に着いても電話来ないし」
ちょっと待て。ここまで来たのは、待ちきれなかった結果か。
「池袋に三十分も居たら、時間がもったいないような気がして、ここまで来てから、気が向かなかったのかなあってやっと気がついて」
口をきゅっと引き結んだ水元の顔が見慣れなくて、おかしい。
「水元って、せっかちだったんだな」
「長谷部君がマイペースすぎ」
上目遣いが余計に笑いを誘う。だめだ、耐え切れない。
「笑うなっ!」
腹の中でぷくぷくと弾ける笑いの泡を潰しながら、ガキみたいな浮付きが楽しい。
「何か、したいことある?」
「特にないな。江古田の駅に初めて降りたから、ぐるっと一周。知らない場所って面白い」
住んじゃってる俺には新鮮じゃないけど、水元と散歩するのは悪くない。
待ちきれなくて次々移動してしまった水元の、せっかちさが可愛い。
「待たないで、電話してくれば良かったのに」
「だって、気が向かない人に、こっちから声かけたって」
ぷくっと膨れた水元に、今ならこっちから「ばか」と言える。
「自分を過小評価してるのは、水元の方だと思うよ」
すぐにでも手を繋ぎたいけど、お互いの年齢がそれを邪魔する。
年齢なりの分別なんて、頭から抜いてしまえればいいのに。




