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行灯の昼  作者: 蒲公英
はじまりの実感
53/77

4

朝起きたら、十一時過ぎだった。

慌てて洗濯機をまわして、その間にカップ麺食べて、シャワーを浴びたら正午だ。

水元も気が向いたらって言ってたし、彼女だって休みの日には片付けることもあるだろう。

ベランダに洗濯物を干して、申し訳程度に片付け物をしてから、ようやっと水元に電話した。

ワンコールで繋がったけど、なんだか後ろがザワザワしている。


『おっそーい!』

え?だって、気が向いたらって言ってたじゃないか。

それに水元だって今、出先みたいだし。

「今、どこ?」

水元はチェーンのファーストフード店の名を答えた。

『江古田の』

追加の言葉に、首を傾げた。

この街に、何か用事のあるような場所があっただろうか。

「どこか行くの?」

『ばかっ!早く来なさいっ!』


今までどれくらい、「ばか」と言われたんだろう。

そう思いながら、駅までの道をぺたぺた歩く。

学生街だから、まあチープな文化は一通り揃ってるけど、わざわざ電車賃を掛けて来る場所が、あるんだろうか。

店の中を覗くと、水元は手元に文庫本を閉じたまま、入口を向いていた。

「遅いんだもん。本、読み終わっちゃったよ」

いや、電話してから三十分も待たせてない……

「十時から待ってたのに。十一時になっても電話来ないし、まだ寝てるのかって思って、こっちから電話するのもなあって思って、駅まで出ても電話来ないし、じゃあ便利な場所までって池袋に着いても電話来ないし」

ちょっと待て。ここまで来たのは、待ちきれなかった結果か。


「池袋に三十分も居たら、時間がもったいないような気がして、ここまで来てから、気が向かなかったのかなあってやっと気がついて」

口をきゅっと引き結んだ水元の顔が見慣れなくて、おかしい。

「水元って、せっかちだったんだな」

「長谷部君がマイペースすぎ」

上目遣いが余計に笑いを誘う。だめだ、耐え切れない。

「笑うなっ!」

腹の中でぷくぷくと弾ける笑いの泡を潰しながら、ガキみたいな浮付きが楽しい。


「何か、したいことある?」

「特にないな。江古田の駅に初めて降りたから、ぐるっと一周。知らない場所って面白い」

住んじゃってる俺には新鮮じゃないけど、水元と散歩するのは悪くない。

待ちきれなくて次々移動してしまった水元の、せっかちさが可愛い。

「待たないで、電話してくれば良かったのに」

「だって、気が向かない人に、こっちから声かけたって」

ぷくっと膨れた水元に、今ならこっちから「ばか」と言える。

「自分を過小評価してるのは、水元の方だと思うよ」

すぐにでも手を繋ぎたいけど、お互いの年齢がそれを邪魔する。

年齢なりの分別なんて、頭から抜いてしまえればいいのに。

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