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「帰っちゃうの、もったいないな」
夕食が済んで送っていく電車の中、水元が言う。
それは、ええっと、何か違う意味にとっていいんだろうか。
慌ててる俺とはうらはらに、水元はごくごく普通。
「明日も会おうか」
あ、そういう意味ね、とちょっと安堵して、結構がっかり。
俺だって男だからさ、そういうところは期待してるし、お互い大人だから、それは当然といえば当然だろ。
ただ、間合いが計り難いんだな、つきあいが長すぎて。
住宅街の真ん中で、繋いでいた手に力を入れた。
「どうしたの?」
水元が俺を振り仰ぐ。
上手い言葉が見つからなくて、水元の顔を見下ろした。
しっかり者で、何でも自分で解決しちゃう水元に、俺は何ができるんだろう。
「長谷部君?」
瞬間、自分でも見えない感情に促されて、逆側の手で水元の肩を抱いた。
「ちょっ、ちょっとっ!どうしたのっ!」
慌てた水元が逃げようとするので、つい、両手を回した。
ああ、住宅街の真ん中の体勢じゃないなと、自分の中の自分がツッコミを入れる。
でも、一言だけ言いたい。
これだけは、今言いたい。
「ありがとうな」
「へ?」
ジタバタと水元が動く。
「俺なんか気に入ってくれて、ありがとう」
急に力の抜けた水元を、まだ離したくはない。
だけど場所が場所だし、ほら、また通行人。
「ばか」
ぎゅっと深く組まれる腕。
これって下田さんもよくやった行動だけど、人によって嬉しさが違い過ぎ。
下田さんみたいに胸の感触がリアルじゃないけど、水元のほうが百倍嬉しい。
水元の家まで送る、その時間も名残惜しい。
あっけなく到着しちゃったワンルームマンションの前。
「送ってくれて、ありがと。明日、気が向いたら電話して」
「水元が気が向かなかったりして」
軽く返した言葉の返事に、ちょっと箍が外れた。
「長谷部君が電話してくれるの期待して、一日中待ってるもん」
子供じみた言葉なのに、何かのスイッチだったらしい。
街灯とマンションの煌々とした灯りが漏れてくる場所で、水元にキスした。