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仕事帰りにちょっと一杯、なんて席に水元が現れたのは、ほんの偶然だった。
何人かで飲んでいる中に山口が居て、会社に残っている野口さんを呼んだだけだ。
野口さんは野口さんで、水元と夕食の相談をしていたって話。
同じ会社から出て同じ場所に帰る山口と野口さんは、帰宅経路がけっこうバラバラらしい。
野口さんも水元も結構な中堅で、男の間に座ってても違和感が薄いから、呼ぶのに異論のあるヤツはいない。
わいわいと飲んで、営業先が煮詰まってる津田に山口がアドバイスする、いつもの風景。
一足早く帰った津田に続いて、ぞろぞろと居酒屋を出る。
俺と同じ方面なのが水元だけ、これも本当に偶然だ。
一緒に地下鉄の入口に入って、並んで歩く。
「今週も後半戦だねぇ」
俺を見上げた水元が、さっきよりも少しだけ親しげに言う。
その顔が、なんていうか、可愛いわけだ。
急激に自分の水元を見る目が、変化していくのを理解する。
もう、こうなると意思なんて関係ない。
可愛いもんは可愛い、そう思っちゃうのだ。
「やだ、なんでこっち見てるのよ」
言われて初めて、俺が水元を見続けていたことを知った。
「あまりの美しさに、見惚れた?」
「いや、そういうわけじゃなくて」
やけに慌てて否定して、水元の唇が尖るのを見た。
柔らかそうな唇……いや、それをここで連想するな。
電車のつり革を掴む手が、思いの外小さい。
今まで、ひとりで頑張ってきたんだよな。
これから俺が、少しでも支えてやれればいいけど。
「あのさ、池袋でお茶でも飲まない?」
こんな時間なんて、ファーストフード店くらいしかないけど、まだ一緒にいたい。
「遅いから、今日は止めとく」
返事にがっかりしたら、つり革から俺の腕に、水元は掴み先を代えた。
「そんな顔してくれるの、嬉しいな」
「週末が毎週楽しみなのって、いいな」
「うん」
これだけの会話で、俺と水元の立場が確定する。
乗換駅に到着するひとつ前、バッグを持つ水元の手を、上から握った。
暖かくて照れくさくて、進展とも言えない進展だけど、俺と水元は今、同じ方向を向いている。