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行灯の昼  作者: 蒲公英
いつもの風景
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5

新規の客先の資産状況を調べて、取引の前提として信用限度額を設定するのは、多分どこの会社でも経理の仕事だと思う。

まあ2桁万円ならば、資産状況の質問状に記入してもらってお終いだし、逆に大物件を扱っているような会社は、公開している。

問題は、3桁前半の取引の見込みの場合だ。

大抵の場合は興信所に情報があるのでOKなのだが、直接の契約が子会社だったりすると、わけのわからないことになる。

そして今回の場合は、ちょっと小うるさい客だった。

発行してもらった発注書に書かれた会社名は、興信所にデータがなかった。

そこで税理士が発行した決算報告書の一部をコピーしてもらうことになるのだが、それの連絡をしたのが、下田さんだ。

生田さんの物件だから、本来なら生田さんが客先に連絡するべきところだったが、面倒がって経理に丸投げしたのだ。


―会社の決まりなので、御社の決算報告書をFAXしてください。

――そんなものを何に使うの?

―御社の資産状況によって、信用限度額を決めるんです。

――契約するんだから、ちゃんと払うに決まってるでしょう。

―でも、資産を確認しないと、売れない決まりになってるんです。

――相手の財布見て、商売するの?

―だって、赤字になってる会社は払えませんよね。


どうも、こんなやりとりだったらしい。

資産状況を見せたくない会社ってのもどうかと思うけど、我儘な客は珍しくない。

これからビルを建てようってんで、すっかり殿様気分の客だって多いのだ。

それ相手に「金が払える力があるかどうかの確認だ」と言ってしまうのは、あからさまにまずい。

まして「赤字になってる会社は」なんて、言語道断な話だ。

客先はもう、発注を取り消すなんて騒いでるし、こっちはこっちで、メインの担当の生田さんが経理に怒鳴り込むしで、大騒ぎになった。


「慣れない女の子だから」

ちょうど萩原の現場に出ていた俺は、ことの顛末がわからなくて、無難な言葉で生田さんの怒りを鎮めようとした。

「そうだ。お前が余計な仕事を入れたから、こっちの時間がなくなったんだ」

生田さんに「詫びてこい」と押し付けられた俺と、経理の課長が雁首揃えて客先に菓子折り付で失言を侘びに行き、社長宅に無料でルームエアコンを1台進呈して、やっと話が収まったのだ。

経理の課長が会社に帰ったとき、下田さんは明るく「お疲れさまー」と言ったらしい。

言葉遣いに注意してくれと諭したら、「ああいう時の対応の仕方を、教えてもらっていません」と、悪びれもしなかったと、水元が愚痴交じりに言っていた。

「専門職の派遣だから、プロの事務屋として相手に気を配るっていうのは、当然できると思ってたのよねえ」

当然のように俺に肩を揉ませながら、水元は溜息をつく。

溜息をつくのは、完全とばっちりの俺の方だとは思うんだけど。

「ま、無事に物件契約まで済んだし、良かったよ」

「長谷部君は、大きいわよねえ」

いや、腹が立つことは立ってるんだけどさ。

いろいろ複合して腹を立てたから、どこから文句を言っていいのか、わからないだけだ。


それが先週の顛末で、その翌日、経理の課長にこっぴどく叱られた下田さんは、沈んだ顔で謝りに来た。

「もう済んじゃったことだから、次から気をつけてね」

そう言って、終わりにした記憶がある。

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