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帰りの電車に揺られながら、何がどうなってるのか整理しようと思った。
にもかかわらず、俺の頭の中には水元の「すかたん」が繰り返しているのである。
しかも気を抜くと頬が緩むってオマケつきだ。
なんだってんだ、三十代も半ばになってるってのに。
しかもこの歳になれば、そんな話ははじめっから「結婚前提」なのである。
水元と結婚、ねえ。
想像もつかないな……って、気が早い。
要するに、浮かれているのだ。
「長谷部、なんだか調子良さそうだな」
「そうっすか?」
月曜日の朝、生田さんに声をかけられて、思わず顔を撫でる。
「色艶いいぞ、女でもできたか?」
これは普段の生田さんの挨拶で、眠り足りた月曜日なんかの常套文句なのだ。
「そうだ、早いとこ仲人やらせろ」
部長が一緒に突っ込んでくる。
三十代半ばで独身ってのは他にもいるんだけど、何故か俺にはこういう話題を振りやすいらしい。
それを横目で見ながら、水元が普通の顔で通り過ぎる。
上手いもんだな、と思う。
それとも俺が、意識しすぎか。
安全靴の靴紐を締め上げていたら、山口がロッカールームに入ってきた。
「現場ですか?」
「おう。涼しくなったから、外が気持ちいいよ」
別に話があるわけじゃなくて、山口はロッカーから黒いネクタイと喪章を出しただけだ。
「木島設計さん、葬式なんですよ。手伝い頼まれちゃって」
「あそこ、所長だけじゃなかったか?」
「そうそう、サカグチ・アーキテクツが仕切ってます」
営業だと、そんなことも仕事のうちだ。
しみじみと俺には向いてない。
「長谷部君、肩揉んでぇ」
水元のその言葉は、やけに久しぶりだ。
夕方の給湯室、定時を過ぎて派遣社員たちが華やかに帰っていく。
「前より幾分マシか?それにしてもひでえな、老眼じゃないのか」
首の付け根をつまんで、細いなと思う。
「痛いよう……私が老眼なら、長谷部君も可能性あるじゃない」
ご尤も。なんせ同い年だ。
「また長谷部さんに肩揉ませてるんですか?本当に仲良いですよね」
入ってきた萩原が、自分のカップをすすぐ。
「坂本さん、元気?」
俺の手を離させた水元が笑う。
「これから会いますよ、来ます?」
堂々と自分の女だって主張できるのって、いいよなあ。
なんか俺、すごく微妙なんだけど。